最終話 後日譚

 一夜明けて。唯一人生き残った巫女以外は社に誰もいないことをつぶさに検分した後、直義は囲みを解いた。


 直義は、禁所に入り込んだ者が誰一人として戻らぬことを村人から聞き知ってはいたが、じつとして中で何が起こるかまでは知らなかった。それゆえ直義は、禁所に入った夜盗たちの行く末を自らの目で確かめ、村に伝わる口伝の虚実を明かしておきたかった。だからこそ夜盗をすぐに討ち果たさず、じわりと囲んで禁所に追いやったのだ。もし禁所の所以ゆえんが噂の域を出ない単なる虚仮威こけおどしであれば、地味のいい禁所を開拓し、領地を広げる腹積りもあった。


 直義は夜盗を禁所に追いやった後、禁所のぐるりに隙間なく兵を展開して一晩中見張らせたが、夜盗が禁所を抜けて山に逃れた形跡はなかった。また、配した兵に恐ろしい叫び声と無数の烏の鳴き声が禁所の中で響き渡っていていたことを聞き知らされ、村に語り継がれて来た口伝がたがわず真実であることを確信した。


「踏み入ることの能わぬ地所、か」


 幕を畳んだ後、直義は兼親を伴い、念の為に太刀を構えたままゆっくり禁所の周囲を検分した。


「おおっ!!」

「うぬ」


 粉々に砕けた人骨が、引き裂かれた着衣や折れた武具とともに、禁所に接した川岸や道端のあちこちに散乱していた。まるで不浄なものとして、禁所から吐き出されたかのように。


「身の一つもない。骨だけじゃな。しかも、硬いされこうべですら形を残しておらぬ」

にわかには信じられませぬ」

「喰らわれたか。中に鬼がおるな」


 直義と同じように、怖々骨片を見下ろしていた兼親が頷いた。


「神罰でありましょうか?」

「さあな。それは知れぬ」


 直義は振り返って、無人となった稲荷社を見上げた。


「のう兼親。稲荷社は民のための社じゃが、ここでは禁所の抑えも兼ねておる。白狐に鬼の抑えは荷が重かろうな」

それがしもそう思いまする」

「うむ」


 巡視を終えた直義は、屋敷に戻ると矢継ぎ早に手を打った。


 まず神官の絶えた小野塚の稲荷社を、禁所抑えの任から外した。その後、久保家の菩提寺に所領として禁所を与え、寺の高僧を招いて禁所の鎮護に当たらせた。小野塚稲荷は大役を終えて静かな田舎の社に戻り、村人たちがそれをささやかに支え続けた。


 社の神職として唯一人生き残った巫女は、巫女を見初めた兼親に乞われてその妻となり、たくさんの子を生した。古妖の言いつけ通りに子らに神事を担わせることは叶わなかったが、幸せな余生を送ったと言えるだろう。


 夜盗の巣窟となっていた茗荷山には、直義が討伐の兵を入れた。徹底的な山狩りによって残党を駆逐した後、その根城の跡に平定ひょうじょうの証として、寺を置いた。さらに茗荷山の呼び名を稲荷山いなりやまと改め、村人の出入りを繁く促して、悪党が棲み着く芽を摘んだ。


 ただ……。直義は、禁所そのものには何らの手も打てなかった。


「のう兼親、彼の地は人の力の能わぬところよの」

「然様でございまするな」


 僧による禁所鎮護の祈祷に列席した折、二人はそう語り合ったと言う。



【 了 】

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