吉乃の部屋にて

妻吉乃の部屋に、時久はやってきた。小さなベッドに、吉乃を寝かせる。枕頭から吉乃が、

「ご迷惑をおかけしてしまい、すみません、時久様……」

 少しだけ目を伏せ、吉乃が呟いた。時久はゆっくりと首を横に振り、

「いいんだ、吉乃。お前は最近無理をしていたようだからな。それで、体を悪くしたのだろう」

「そ、そんな、無理はしていませんよ? 私は時久様の母上様から料理を習っていただけで……」

 そう言い、吉乃は黙ってしまった。

「料理? まだ吉乃には早いんじゃないか?」

 うーん、と呻く時久に吉乃は、

「何を言っているんですか、時久様。私は時久様のですよ? そのくらいできて当たり前です。ですが、今の私にはほとんどできません」

 若干、吉乃の瞳が潤んだ。そんな吉乃の頭を時久はなでてやった。

「そう言ってくれるのはありがたいが、あまり無理をするな、吉乃。お前はあまり体が丈夫なほうではないんだぞ」

 叱りつけるように時久は言ったが、吉乃は時久と目を合わせようとはしなかった。

「私はちゃんとした時久様のになりたいんです!」

「そう固くなるな、吉乃……」

 時久にはこれ以上、言葉が出なかった。だが、無理矢理にも言葉を紡ぐ。

「とりあえず、体を休めろ。俺は邪魔になるから出ていくよ」

 ひらひらと手を振ると、時久は吉乃の部屋を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る