来たのは誰だ

「行っくぞーーーー! バケモノ!」


 ビュン!

 赤金色の装甲に覆われた四肢の末端から眩しいジェットを噴き上げて、コータはトライポッドに飛びかかっていった。


「ぶおーーーーーん!」

 食事を邪魔されて怒り狂ったトライポッドが、恐ろしい唸りを上げて目玉のようなサーチライトをコータに向けた。

 そして、ブンッ! ブンッ!

 リュウジをつかんだ触手を、無茶苦茶に振り回しながら、コータに襲いかかってきた。


「のわ~~~!!」

 リュウジが、絶叫した。

 彼の頭の中に、赤や黄色の、色とりどりの綺麗なお花畑が広がりはじめた。


「ばかなー! 何をやってるんだ! あいつは!!」

 理事長は激昂する。


「……出るぞ!」

 校舎の陰の物部老人が、タニタさんに、静かにそう合図した。


 戦いが始まった。

 宇宙戦車が振り回す金属製の触手をかいくぐりながら、


 ピュン! ピュン! ピュン!

 両手の掌底に備わった熱線砲から、眩い光線パルスレイを連射するコータ。

 だが、ロケット弾の時と同様だった。

 光線は宇宙戦車を覆った青白い光の被膜に阻まれて、トライポッドの黒金の胴体を傷つけることはかなわない。


 シュバッ!

 

 そして見ろ。次の瞬間、トライポッドの両腕から青白い閃光が迸ると、コータの脇を掠めて……

 放たれた破壊光線が、彼の背後、なみなみと水を張ったプールに命中した。そして、


 ドカーーーン!

 瞬時にしてプールが水柱と化した。

 水蒸気爆発が起きたのだ。

 校庭全体を、濛々とした白い濃霧が覆っていく。


「なんだ!?」

 轟音に気をとられて敵から一瞬目をそらしたコータ。

 だが、それを見過ごすトライポッドではなかった。


 バチンッ!

 触手の強烈な一撃が彼を見舞った。

 戦車が、空中のコータを叩き落としたのだ。


「しまった!」

 ズドン!

 コータの身体が凄い勢いで地面に激突する。

 だが幸いにもスーツのおかげで怪我はない。

 しかし、それがスーツの限界だった。


 ガチャーン!

 ただでさえパツンパツンだったメタルマンスーツが、落下の衝撃ではち切れて、地面に四散したのだ。


「ぶおーーーーーん!」

 勝ち誇ったトライポッドが、触手を撓らすと、リュウジを空中にポイッと放り投げた。

 もやしっこのリュウジよりも、体重100キロで食べ応えのありそうなコータを餌に選んだのだろう。


「素敵な匂いの……綺麗なお花が……いっぱい……」

 なにかブツクサ呟きながら、放物線を描いて落下していく死んだ目のリュウジだったが……


 ボフッ!

 だが見ろ。危機一髪!

 落下する彼を受け止めたのは、『てば九郎』の抱えた救命マットだった。

 鳳乱流が、間に合ったのだ。


  #


「気がつきましたか、如月食糧相!」

「ああ、すまん鳳くん。あいつは? コータは!?」

 どうにか我に返ったリュウジが校庭に立って乱流にそう尋ね、


「あそこです! 急がないと!」

 乱流の指さす先を、リュウジが振り向けば、


 ズルズルズルズル……

 トライポッドが、今度はコータの脚を掴んで、校庭でノビている彼を空中に引きずり上げようとしているのだ。


「いかん助けないと! 鳳くん、こいつを借りるぞ!」

「あ~。ちょっともおー!」

 がちゃん、がちゃん、がちゃん。

 『てば九郎』に乗り込んだリュウジが、コータのもとに突進した。そして、


「コーターーーー!」

 ローダーの剛腕でコータの両手をガッシと掴んで、


「コータ、絶対手を離すなよ! あきらめるな! がんばれ!」

「やめろ~リュウジ! 体がちぎれる~~!」

 トライポッドと、パワーローダーの綱引き合戦が始まった。

 だが両者のサイズとパワーは比較にならない。

 ずるずると空中に引きずり上げられるコータと、彼を掴んだリュウジ。


「ぶおっ!」

 トライポッドが、よだれを垂らしながら下腹部の口腔を展開した。

 絶体絶命! リュウジの脳裏を死の予感が駆けた。


 おお。だがまさにその時だった。

 見ろ、地上を。濃霧に包まれたトライポッドの足元を。

 何時の間にか宇宙戦車の鉄脚の足元には、霧に紛れて校舎の陰から発車していたエア・バイクが停まっているのだ。


「タニタ、でかした!」

 エア・バイクを駆るタニタさんの後部から降り立ったのは、隻眼を不敵に煌めかせた物部老人だ。


木偶デク人形め、足元がお留守だぜ!」

 老人が、ニマリと笑ってトライポッドにロケット砲を構えた。


「やめろ物部さん! 校舎に近寄りすぎている!」

 理事長が老人に叫んだ。


 だが、既に時は遅かった。

 この矍鑠とした老人の距離感覚もまた、校庭を覆った霧のせいで狂ってしまっていたのだ。


 バシュッツ!


 宇宙戦車の口腔に狙いを定め、老人は今まさにロケット弾を撃ち放った。

 物部老人の狙いは正確だった。

 老人の放ったRPGの一弾が煙を引き、濃霧を切り裂いて、トライポッドの口中に吸い込まれるように飛んで行く。


 そして、


 ドカーン!

 ロケット弾は宇宙戦車の体内に見事着弾、爆発した。


「ぐもーーーん!」

 さしものトライポッドも、体内を内側から爆破されては、そのダメージも甚大。

 宇宙戦車は体中から爆炎を噴き上げながら、苦悶の咆哮を上げた。だが、


 ギシギシギシギシ……


 なんということだ。

 三脚のバランスを失いトライポッドが倒れる先には在るのは……聖痕十文字学園の校舎だった。


「しまったあ!」

 晴れ行く霧のむこうに在った校舎を見上げて、今ようやく自分の過ちに気づいた物部老人は悔恨の叫びを上げた。

 

 ドガガガガガガガガガガガ!


 生徒と避難者が身を潜めていた教室に、炎に包まれた宇宙戦車の胴体が突っ込んで行く。


「うぎゃー」

「逃げろー!」

 校内は阿鼻叫喚だった。

 教室から逃げ出し、我先にと校庭へ躍り出る人々。


「雨くん、離れちゃだめ!」

「お姉ちゃん!」

 茉莉歌と雨も、もみくしゃにされながら、崩れゆく校舎からどうにか脱出する。


「迂闊! 迂闊……! 校舎に近寄りすぎとったか!」

 校庭の物部老人は、逃げ去る人々を茫然と眺めながら、肩を震わせていた。


 その時だ。


 ブンッ!

 激突の反動で、コータを掴んだトライポッドの触手が大きく跳ね上がった。


「どわー!」

 空中高く跳ね上がるコータと、彼につかまったリュウジ。


 フワン。

 一回転して力を失った触手がほどけ、二人はそのまま、空中に放りだされた。


「でぇーーーー!」

 リュウジとコータの悲鳴が辺りにこだます。

 だが、ドサリッ!

 何たる幸運か。彼らが放りだされた先は、校舎の屋上だったのだ。


「あつつつ……」

 どうにか屋上の床から身を起したリュウジとコータ。

 怪我も、擦り傷程度だった。


  #


「なんてことだー! 避難誘導を急げ! 消火もだ!」

 校庭では、怒髪天を衝く憤怒の火の玉と化した理事長が、隊員たちに檄を飛ばしていた。

 トライポッドの激突で、校舎は半壊、建物の四分の一を失っている。

 死傷者がどれくらいになるか、まだ見当もつかない。


「あいつが……! 余計な事をしなければ!」

 彼は怒りに燃える目で、校舎の屋上を見上げた。


「すまなかった、子供ら! 早く、安全なところに隠れてくれ……!」

 校庭に逃げだした茉莉歌を、雨を、学園に身を寄せていた子供たちを、憔悴しきった表情の物部老人が誘導していた。

 雨を見る彼の眼には、涙があった。


 だが、その時だ。


 ギシリ。

 校舎にめり込んでいた宇宙戦車の胴体が不気味な音を軋らせて、グラリとよろめくと、


「ぐもーーーーん!」

 三脚から、もげて落ちたトライポッドの胴体が、地上にむかって落下してきた。


「いかん、はやく逃げろ!」

 そう叫んで、茉莉歌たちを先導する老人だったが、


 ドシーン!


 彼らのすぐ目の前に落下してきた、宇宙戦車の鋼の胴体。


 そして、


 ……ズル……ズルズルズルズル……

 なんということだ。

 物部老人の背中に隠れた茉莉歌と雨は、恐怖に息をのんだ。

 内側から胴体を爆破されたというのに、驚くべきことに宇宙戦車は、まだ生きていた。


「ぐももももももももも……!」

 そして、地上に撒き餌のように散った人間を食べようとして、その触手を地面にのたくらせてながら、茉莉歌たちに這い寄ってきたのだ。


「おのれ、迷って出たか! 往生せいや!」

 茉莉歌たちを庇いながら、物部老人は、宇宙戦車にむかって何度も何度もライフル銃を撃ち放った。

 ドガン! ドガン! ドガン!


「はやく! はやく逃げるんじゃ、子供ら!」

 茉莉歌たちにそう叫びながら、必死の形相でトライポッドを押し止めようとする物部老人。

 今やバリヤーの機能しないトライポッドの胴体は、老人の射撃で瞬く間にハチの巣となっていった。


「ぐ、ぐもももも……」

 だが、トライポッドが力尽き、機能を停止し、その巨大の目玉のようなサーチライトから生命いのちの光が消えようとする、まさにその直前だった。


 ジュッ!

 断末魔のトライポッドがその両腕から放った青白い光の奔流が、物部老人を直撃した。


 そして、


 破壊光線に全身に浴びた老人の肉体は、一瞬で灰と化して、空中に、散乱した。

 茉莉歌の顔が、白い灰にまみれた。


「ひっ……! ひぐっ!」

 雨を抱き締め、声にならない悲鳴を上げる茉莉歌。


「うわーー! もういやだ! お母さんに会いたい! お母さあああああん!!」

 雨が悲痛な叫びを上げた。


 そして、


 シュン


「え?」

 茉莉歌は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 彼女が、無我夢中で抱きしめていたはずの、雨の体温が、量感が、唐突に『なくなった』。

 気が付けば、茉莉歌の腕は、空を掻き抱いていた。

 少年は茉莉歌の腕の中で、忽然と消えた。

 恐怖に追いつめられた雨は、現実から目をそらして、母親との再会を願ったのだ。

 そして雨は、この世界の者ではなくなった。

 どこか別の空間、母親の『生存』する世界に『移動』したのかもしれない。


「だめ……! 雨くん……そんな……! いやぁぁあああああああああ!!」

 茉莉歌が自分の肩を抱いて、絶叫していた。


  #


 校舎の屋上では、リュウジとコータがどうにか立ちあがっていた。


「リュウジ、怪我はないか?」

 おずおずとリュウジに声をかけるコータに、


「ああ、だがコータ! なんだって、あんな事を!!!」

 リュウジはやるせない顔で、コータに詰め寄った。


「悪かったよ……! お前が食べられそうになってるのを見て、いてもたってもいられなくて……」

 今度ばかりはコータも、自分の行動の招いた状況の重大さに恐れをなし、彼の巨体は後悔で打ち震えていた。

 その時だった。


「時城! きさまか!」

 屋上に、理事長が駆け上がってきた。

 その肩は、怒りでわななき、目には憤怒の炎が燃え盛っていた。


「おまえ! おまえ! おまえ! 何ということを!」

 怯えるコータをキッと見据えながら彼に詰め寄った理事長が、


 パンッ


 コータの顔を平手で張り倒した。


「この穀潰しの唐変朴とうへんぼくが! 考えなしの頓珍漢がとんちんかん! 自分のしたことが、分かっているのか!!!」

 普段の冷静さはどこに消えたてしまったのか、理事長は罵詈雑言を並べてきつくコータを詰った。


「貴様のような者がいるから、学園が! 妻が! あんなことになったんだ!」

 倒れたコータを、なおも罵る理事長に、


「す……すみません! すみません!」

 コータは涙を流しながら、彼に土下座する。


「ゆるさん……! くまがや!」

 怒りの収まらない理事長が、コータを見おろし、コータに己が掌底を向けた。

 彼を、煉獄くまがやに消し去らんというのだ。


「まって! それだけは! だめです!」


 ドンッ!

 咄嗟に理事長に体当たりして、彼を制するリュウジ。

 リュウジと理事長は、縺れ合って屋上の床に転がった。


「ぐぅううう!」

 ようやく我に返った理事長が、悲痛な呻きを上げる。

 理事長の顔から自信と誇りが消えうせていた 彼の顔は失意と憤懣でやつれ果てていた。


「コータ! 願い事はするなって、あれだけ言っただろう! 俺との約束なんか、どうでもよかったんだな!」

 今度は理事長に代わって、リュウジがコータを問いただした。

 彼も、コータに裏切られた気がして、たまらなく悔しくて、悲しかったのだ。


「ち、違うよ! 願い事はしてないよ! 本当だ!」

 必死の表情でリュウジによくわからない弁解をするコータに、


「願い事はしていない願い事は……!?」

 リュウジの顔が、これまでよりも更に険しくなった。


「嘘つけ! じゃあさっきの『アレ』はいったい、何だったんだよ!」

 リュウジが屋上の縁から、地上に散らかったメタルマンスーツを指差して怒鳴った。


「……も、貰ったんだよ」

「貰った? ふざけるな! ……あんなものを、わざわざ他人によこすような奴が、どこにいるんだよ!」

 コータのしょうもない嘘に、リョウジも本気で怒りだした、その時だった。


「……嘘じゃない、本当よ。私が彼に『アレ』をあげたの。みんなから仲間外れだし、退屈そうにしていたから……」

 三人の背中から、鈴を振るような声が響いた。


「え……?」

 いったい、何時からそこにいたのか?

 振り向いた彼らの前には、浅黄のワンピースに身を包んで、長い黒髪をなびかせた、整った貌立ちの一人の少女が立っていたのだ。

 茉莉歌が先日渡り廊下で出会った、紅い髪留めをした少女だった。


「君は、一体……?」

 突如姿を現した見知らぬ少女の姿に、呆気にとられるリュウジと、


「あの子だよ……! あの子が俺に『アレ』をくれたんだ」

 コータは少女を指さしながら、リュウジの肩を揺さぶる。


 そして……


「おおおお……! まさか! そんな、馬鹿な!」

 理事長が愕然として、掠れた声を上げた。

 彼の顔が、恐怖に歪んでいた。少女の貌には覚えがあった。いや、忘れられるはずがなかった。


 彼女の名は慧那エナ

 三年前に不慮の事故で命を落とした、理事長の娘。


 享年、十七歳だった。

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