#21 灰降る園には冬しかない


灰降る園には春が無い

何故ならいつも雪が降る

灰降る園には夏は無い

何故なら皆帰っちゃう

灰降る園には秋は無い

何故ならその時臭くなる

灰降る園には冬しかない

みんなビクビクしてるから




 ・・・それはアリュヌフ学院に上る山の入り口で、山に向かって歌うわらべたちの歌であった。学院の制服であるフードのついたジャケット姿の僕をみて童たちは驚いて一目散に逃げ出した。アリュヌフ学院は灰ばかり降ってるから冬しかない、か。散々ここの街では悪口を言われているんだな、と思って僕はフ、と笑った。秋が臭くなるというのは香壇を大量に焚く祭典の事だろう。もう今はそんな秋だ。ここは課外授業の時に下りた場所だ。今までは入学時も学期初めも両親が車で学院まで送ってくれたのだが、どうやら声を奪われた時以来、両親は全く僕に関わろうとしなかったから、結局自力でアリュヌフ学院に向かう事になったのだ。夏休みは終わっている。アリュヌフの神を否定しながら僕は学院に行く。まだ去ってはいけない気はする。それだけは確かだ。

 山奥の学院入り口付近に辿りつく。ここから右に曲がって門を行けばアリュヌフ学院、真っ直ぐ道を歩けば特別寮だ。僕は特別寮に行かずに学校を行ってみた。何だかそっちの方がわくわくする。面白いことがありそうな気がする。

 門を潜ると懐かしいセリウミャの甘ったるい香り。それは単に脳をとろかすだけの麻薬の香り。しばらく歩くと、もう前よりも大人びているクラスメートたちを何人か見かけた。勿論の事僕の事は始めから目に入らず、気にもとめなかった。校庭をしばらく歩く。途中アリス・マクガナータが僕の顔をみて、名前も特に覚えていないある友達に「ちょっと・・・」と話しかけて去ったりもする。僕はもう忌むべき『無言者』 ではないのにね。どんな気持ちなのだろう。知りたい。興味。愛。ためしにアリスの心をありのまま受け入れてみる。アリスたちにとって、もう、あるべきことと分かりやすい事は同じなようだ。短絡的な事について絶対に疑わない。それ以上理解を広げると、自分の受けた傷が、永遠に理解できないものとなり、何をしていいのか分からなくなるから怖いのだ。(怖い。)何が怖い?サリアが怖い。(サリアが怖い。)脅かさないで欲しい。(脅かさないで欲しい。)

 もしも彼らに声が出せる事た、念話などの奇妙な能力が出来る事を見せたらどれだけ腰を抜かすだろうな、と意地悪な事を考えつつ、校庭の太陽と久しぶりの舞い散る灰を眺めながら歩いていた。

(うそ、あいつ?)

 心の声が聞こえた。もう意識せずとも、自分にアクセスする者の声は聞こえる。それはランチャ・マルカナ。彼女は僕をみて引きつった表情を見た。一年前はあんなに僕に対して接近してきたのに、今や地面を這う虫でも見るかのよう蔑んだ眼差しだ。ランチャのぱらぱらとした思考がこちらに流れてくる。

(何してるの。)(落ちこぼれ。)(裏切り者。)(罪人。)(宿題やらなきゃ。)(もう来ないで欲しい。)(風が強い)(悲しい。)(本当はあなたをそんな目で観たくないのに。)(汚らわしい。)

 そして、またしばらく歩いていると、(あ、いた!)と期待に満ちた少年の気配がする。振り返るとリンドン・ロンパディオであった。

「サリア?サリアでしょ?ちょっと一緒についてきてくれるかな?」

 リンドンはそういって僕の腕を掴んで引っ張った。なるほどどうせそういう事だな、と僕は思った。案内されるままに、廊下を歩くと案の定リンドンはナーディア先生のいる教官室に扉を叩く。「何?」ドアを開けると当然の事ながらドーファから受けた傷など全く無いナーディアが現れる。リンドンは誇らしげに言う。「ナーディ アせんせーい!僕、お友達を連れてきました!」するとナーディアは今までに見た事の無い、巨体に似つかわしくない潤んだ可愛らしい瞳をリンドンに向けて、「リンドン、御業で穢れた人と友達になっちゃいけないでしょう?」と言ったが、その声は、注意の割に甘ったるいようなもどかしいような・・・言葉はいいから早くその先の事をしたくて焦るような気持ちが声の震えの中に妙実に表れていた。それに対してリンドンは「はい!」とキラキラ嬉しいような、犠牲の子羊のような死んだ目の笑顔で答えて、「さあ、懲罰の時間ですよ。」とナーディア先生は言うと、二人と も僕をそっちのけでリンドンと懲罰室に向かって行った。その、あまりに異様な愛の光景に、むしろこっちが痙攣するほど背筋が寒くなると同時に、いつのまにそんな関係になっていたのか、と驚きもした。おそらくリンドンの方が何度もアタックしたのだろう。その想いがナーディア先生に伝わった。二人は鞭で打って打たれる事にこの上ない幸せを感じているのであろう。

 これ以上彼らの異常な愛の波動に影響されるのは堪えがたかったので教官室を観ると、いつのまにかデリンジ先生が僕を見下ろしていた。そして扉を目の前で閉めた。


(裏切り者・・・)


 デリンジ先生からそんな声が聞こえた。少なくとも、僕の声変わりはデリンジ先生にとっても不本意だったようである。じゃあなんであの聖歌隊試験で僕が失敗したのかあまり理解できてないのか。悟者って名前の割には、分からず屋なのだな。

 そしてリンドンに連れ込まれたこの廊下からいったん外に出ようと歩いたその時。

「そこでウロチョロ何をしている?」

 案の定、アルバントが呼びかけてきた。アルバントは前よりも顔が骨ばってきている。「民と認められぬ者がここの学院をうろうろ歩き回る必要は無い。一体何の目的だ。言え。」

 アルバントの後ろには取り巻きが数人いた。ケレボルン・マインタッカーという聖歌隊試験で一緒だった大柄の男子、そしてびくびく怯えるネイスンがいたので驚く。ネイスンは半ば強制的にアルバントの取り巻きにされていた様子である。僕は首に提げていた会話板を持って文字を書いてアルバントに見せた。

[久しぶりに学校に来たので、懐かしくなってここに来たのです。]

 アルバントは会話板を持って文字をまじまじと眺めながら、「ふーん、そうか。」と言って会話板を丁寧に返しながら言った。「だが、何かよからぬ事を思ってたら、大いなる裁きが来る。」

 その言葉を聞いてなんだかネイスンが怯えていたので、僕はネイスンに(大丈夫。僕は君を守る。)と伝えたらネイスンはヒッと怯え、そのまま後ずさりしてしまった。あ、また、やらかしてしまった・・・。

「君の聖歌隊の大親友はあまり君を快く思ってないそうだな。」アルバントは笑っ た。するとネイスン以外の取り巻きが一斉にハハハハハと笑い始める。

「お前は無言者だ。」「死人だ。」「死人に口なしだ。」「死ね。」

 愚かだな。僕はニヤリとわらう。すると取り巻きはますます僕を嘲る。

「何ニヤついてるんだよ。」「嘲られて嬉しいのか?」「リンドンか?」

 だがだんだんとその嘲る調子も静まってくる。

「おい、どうなってるんだよ。」「なんか変だぞ。あいつ。」「言葉が喋れなくなっておかしくなったか。」空間がどんどん沈んでくる。「サリア・・・」ネイスンが不安げに言う。僕は会話板のノズルを回す。そして新たに文字を書いて、アルバント側に見せる。

[人をそんな馬鹿にして、何て不調和な光景だ。もっと教典を勉強したらどうだ。]

取り巻き達は一瞬強いものにぶつけられたかのように眼を見開いて固まるが、いやしかしすぐに、「お前が不協和音だからいけないんだよ。」「さっさと消えろ。」「お前が 俺達を乱したんだ。」と口々に言った。どうしようもないな、と面倒になってきたので僕は踵を返してそのまま去る。

「ずいぶんやんちゃになったじゃない、サリア。」廊下を出る時クルスが戸口でそう声をかけてきた。「それと・・・ほーう。声が出るようになったのかい?」僕はクルスの方を振り返ってこくりと頷いた。クルスが人気の無い校舎裏に行くので僕は後を追う。そして非常にひそひそと話す。

「・・・神はいないと思ったら、声が出るようになった・・・」

「なんでそんなひそひそと話すのよ。」クルスは訝しげに言った。「もっと声を聞かせておくれ。」

「だって・・・。」僕は低くなった声で言った。「こんな醜い声になってしまった んですもの・・・。」

「いい声じゃない。」クルスは微笑んだ。「かっこいいよ。」

 不意打ちに胸を打たれ僕はどぎまぎとしてしまった。 「かっ・・・・かっこいいですか・・・・」だめだ、さっきのさっきまで堂々としてて落ちついていたのに、今になってひどく慌てている。うろたえているのが声で伝わっている。クルスはクックックとわらう。

「鍛えればいい歌が歌えるとおもうわ。まあアリュヌフの神の望む声じゃないけど ね。」

 そしてクルスは僕の元を去る。「それと、」背中を向けながら言う。「神を否定したら声が出たって言ったわね。やっと、ご卒業おめでとう御座います。」そして今度こそ校庭の中へと去って行く。


 特別寮に着いた時、数時間遅れた理由についてマルデナは特に問いつめようともしなかった。特別寮に入った人は何事も多目に見るというのがマルデナの基本方針だからだ。彼女は悟者の中では珍しく、悪い人間ではなかった。が、特別寮に入った人にあまり将来性を感じていないフシもあり、それで基本的に放任していた。むしろ僕はその方が有難がったが、他の人はどうなのか分からない。もし特別寮生だろうが厳しく悟りに至らせるよう指導する熱血な先生だったら、自分はこのような人生を歩んでいないだろうな、とは漠然と思っていた。


[ぶっちゃけていいか?]

 ケイブ・サルベンダがある時会話板で僕に自分の言葉を見せた。僕が何だろうと首を傾げるとケイブは二行目に書いた。

[おまえ、声戻ってるだろう。]

 驚いた。そして肯定すべきか否定すべきか迷った。ケイブはすかさずノズルを回して書き直す。

[お前はよく見ると『無言者』の顔をしていない。さてはなぜか声が戻ってしまったクチだな。]

 さすがに否定のしようが無いので僕はコクリと頷く。 [気を使って喋らんでくれてありがとよ。俺はいわねえけど、迂闊に外に出るんじゃないぞ。分かるやつは分かるかもしれんしな。] 僕は青ざめた。迂闊であった。まだ自分の精神感応は十分ではなかったからだ。つまり気づかずに誰かに伝えているかもしれないし、あるいは声を取り戻している事がもしかしたら実はばれていたのに、気づいていなかったかもしれない。




「ネイスンから面会ですよ。」

 マルデナからそう言われて、あれ、妙だな?と僕は思った。でも何が妙なのかが分からない。僕は頷いて面会室に行く。マルデナが何か不安そうな気持ち隠しているのが伝わった。

「サリア・・・」面会に来たネイスンが呟くようにいう。「正直に言うと、君が怖い。どこにいくのかわからない。その頭に語りかけるのもやめてくれ。」

[どうしてだい?] 僕は仕方ないので会話板で見せる。

「君は、危険な事を研究しているよ。」ネイスンはかぶりを振る。「まともじゃない。どんどん道を外してる気がする。眼を覚まして、教典が教えてくれる道に従うべきだ。」

[ネイスン、別に誰かに害を与えるつもりはない。分かり合えないのならば、この話をするのはやめよう。僕ももう二度と君に変な事はしないから。]

「そうじゃないんだ、そうじゃないんだ。」ネイスンはまたかぶりを振る。「あの さ、声を出す方法を探してたんだけど、まだ見つからなくて。」

 僕はもう声を取り戻したのでそれをする必要が無かったため、申し訳無い事をさせたな、と思ったが、まだ声を取り戻した事を打ち明けるのは早いな、とも考えた。そこで実際とは異なる文章を書き綴っている。ネイスンは文字を書いてる事に気づいて黙り、やがて会話板に書き終えた僕はネイスンにその文字を見せる。

[ごめんね。実は、声の事はもう大丈夫なんだ。僕の中で整理がついた。ごめん、 苦労かけたね。ありがとうね。]

「そうだよね・・・」ネイスンは考えながらボソリと言う。「もう喋れるからね。」僕は会話版に返答しようと待機していたその腕が止まる。「アルバントが言ってた・・・。やつは声をすでに取り戻している可能性が高い、そしてアリュヌフの神に反逆の意思があるだろう、と。」

 なぜ。なぜバレた。

「僕をこんなにも愛情を傾けてくれた君を裏切るのは本当に嫌なんだけど、仕方ない。単刀直入にいう。僕はアルバントに頼まれてここに来た。」 え、ネイスン・・・。「そうでもしないと、僕も君もアリュヌフの神の裁きが来るって言われて・・・。あのね、もう一度、香壇に行ってほしいんだ。」

(え?サリア、今何してるの?馬鹿なの?) クルスの声が入ってきた。(逃げる準備をして、あなたは間違いなくハメられてるわ。)

「香壇に行って、アリュヌフの神に声を取って頂く。」

「ふざけるな!」僕は叫んだ。否、叫んでしまった。ネイスンのひどく驚く顔。僕は思わず口を押さえる。面会室の前後から扉が開く。アルバント、そして後ろにケレボルン・マインタッカーなどの取り巻きが入ってくる。

「やっぱり君は声が出せた。」アルバントは冷たくいう。「しかも神に従わないとな。見事に予想通りだったな、ケレボルン。」

「はい! 神に与えられたこの感性、生かさせて頂きます!ケレボルン・マインタッカー!」ケレボルンは元気に返事しながら語尾に自分の名前を叫ぶ。なんだこいつ。今まで話した事は無かったが、こんなに変な奴だったのか。 「ネイスンの事も、おまえの事も、アリュヌフの神の力でお見通し!ケレボルン・マインタッカー!」 また語尾に自分の名前を叫ぶ。なるほど、彼も僕と同じように、人の心が読める人なのだな。

「さて、このまま香壇に連れて行ってやりたいが、」アルバントは言った。「その前に尋問といくか。おい、ネイスン、ケレボルン、尋問室に連れて行け。」

 ネイスンは無表情で僕の右肩を、ケレボルンは左肩をがしっとつかみ、そのまま寮の外へと連れて行く。へたに反抗しない方が良さそうだが、今アリュヌフの神と対面するのは避けたい・・・しかしどうすればいいのか分からない。そのまま僕は、また学院の中へと連れていかれる。

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