春の襲撃編4

 ●●●

 校舎に入ってすぐに生徒会に話しかけられた。蒼翔ではなく緋里に。

 新入生代表としてどうやら挨拶をするようだ。

 本当ならば蒼翔がやることだった。だが、嫉妬する気はない。これは自分が選んだ道なのだから。

 入って早々別行動になり、蒼翔は一人ぼっちとなってしまった。うろうろしていても仕方が無いので、とりあえずクラスに向かうことにした。


 蒼翔のクラスは1-Fだ。どうやら合併したことにより、クラスもきちんと振り分けられていた。

 AからEが《優等生》組。FからIが《劣等生》組となっている。

 蒼翔はさすがに《劣等生》中の《劣等生》にはなりたくなかったので、《劣等生》の中では1位をとっている。このギリギリの調節が難しかったのだが。どうやら成功してくれたようでよかった。

 廊下は嫌味なのか、《優等生》組の前を通って奥まで行かないといけない。

 周りの目線を気にしている場合ではない。

 蒼翔は堂々と《優等生》組の前を通る。どうせ蒼翔よりは弱い奴らだ。本気でやれば一瞬で殺れる。

 教室に入り、自分の席に座る。意外と席は埋まっていて仲良くお喋りをしている。


(なぜ《劣等生》組に入ったのにそこまではしゃいでいられるのか?)


 蒼翔はそう思いながら机についている『情報画面ネットモニター』を広げる。

 机についているボタンを押すと、目の前に小型の『情報画面』が現れる。通常の『情報画面』より情報量は少ないが、暇潰しには最高のものだ。累計5年くらいはもつだろう。

 蒼翔は『情報画面』で『想力分子の体内挿入』について調べていた。調べて10秒ぐらいだろう。

 後ろからトントンと肩を叩かれた。無視する理由もないので、とりあえず振り向いてみると。


「君、刈星蒼翔君だよね?」


 金髪のロングに緑色の瞳。その笑顔はまさしく『天使』。その抱いたらすぐに砕けそうなスラリとした体格。制服が似合わなく、逆に『堕天使』を想像してしまう。

 蒼翔はこの女に見覚えはない。

 そのはずなのに、この女は蒼翔のことを知っている。どこかで会ったことがあるのだろうか?


「あ、あぁそうだが?どこかで?」


 どこかで?とは、どこかで会ったことはあるのか?という言葉を省略したものだ。あまりよろしくはないのだが、同級生ならば問題ないだろう。初対面の人に対しては失礼だと思うが。そんなことは蒼翔は考えてもいなかった。

 どうやら相手も理解してくれたようで。


「突然ごめんね。……小学校から同じなんだけどなぁー」

(おいマジか……)


 覚えていない。こんな『天使』――と、蒼翔に1つの情景が浮かんできた。

 中学校2年生の時。

 ――それは初恋だった。

 きっかけは自分にバレンタインチョコを持ってきた時だ。

 当時もこんな感じの性格だから、あまり女子からは好かれはしなかった。まぁ嫌われてもいなかったが。

 そんな時、唯一持ってきてくれたのがこの――二刀流綺瞳にとうりゅうあやめという女だった(二刀流の発音は『と』の部分を少し下げるとしっくりくる)。

 その時はものすごく嬉しかった。初めてのバレンタインチョコ。

 蒼翔は半分食べてから、金庫に保管した。勿論今もだ。時々その金庫から腐った臭いがするが、気にすることはないだろう。


 すっかり忘れてしまっていた。

 蒼翔は自分を責めた。


「あぁすまない。覚えているよ。二刀流綺瞳だろ?」

「あぁよかったぁー覚えてくれてたんだねー」


 当たり前だろ、と言いたかったが恥ずかしさと罪の意識が大きく言えなかった。

 やはり可愛い。緋里もなかなかのものだが、綺瞳もそこそこ可愛い。まぁだから『天使』というイメージが浮かんでくるのだが。


「それで?俺に何の用だ?」


 普通ならば、新生活が始まるのでメンバーを作ることが第一優先だ。女子なら尚更のこと。今ここで蒼翔と話していてもなんの得もない。むしろ損ばかりだろう。

 蒼翔はメンバーなんてつくる気はないのでどうでもいいんだが。


「いやーどうしちゃったのかなー?って。中学校で成績1位だった蒼翔君がなんで《劣等生》にいるのかなーって」


 正直に話す事はできない。緋里にも許されていないことなのだから一般市民に話すのもダメである。

 だから適当な嘘をつくことにした。


「たまたまだ。『優劣試験』のときに体調が悪かっただけだ。本来ならば《優等生》組だったはずなのだが」

「えぇー!それ先生に言った方がいいよ?勿体無いじゃん」

「もう決まったことをああだこうだ言うつもりは無い。……それが俺の実力というわけだ。今後の試験に活かすことにする」

「すごいねぇ」


 何がすごいのだろうか。

 これが《優等生》と《劣等生》の違いなのだろうか。

 蒼翔も本当の事を言っているわけではないが。


「……用はそれだけか?」


 初恋はすぐに終わったものである。今はもうなんとも思ってはいない。


「メアド!交換しよっ!」

(また死語を……)


 メアドとは昔の言葉だ。今はそんな言葉は言わない。

 とりあえず端末を出してメールや電話ができるようにする。

 名前は『綺瞳』と、至って普通だった。もっとギャルっぽい名前かと思っていたが。

 どうやら目的は達成したようで。


「これからよろしくねっ!じゃあね!」

「お、おう……」


 スタスタと他の女子のグループに行ってしまった。

 本当にクラスは賑やかである。皆には《劣等感》というものがないのだろうか。いや、あるはずだ。でも、何故か皆はそれを表に出さない。その理由が蒼翔にはわからなかった。


 そして入学式まで残り30分となり、席を立って講堂へ向かおうとした時。

 クラスメートの男と肩をぶつけてしまった。いや、ぶつけたのではなくぶつかってきたのだが。

 男は5、6人連れて同じく講堂へ向かおうとしていたらしい。

 ぶつかった男は、金髪のモヒカンにサングラスをかけている。いかにも『ヤンキー』です感を出してきている。ちなみに制服のボタンをあけて、ポケットに手を突っ込んで歩いている。いつの時代のヤンキーだよ、とツッコミたくなる。


「すまない。こちらの不注意だ。今後気をつける」


 とにかく、問題にはなりたくなかったのでこちらが悪いわけではないが、こちらが悪いということにして謝っておく。ついでに頭も下げるのがポイントだ。


「あんだと?そんだけかあん?」

(……だからいつの時代のヤンキーだよ)

「いや、肩がぶつかっただけだ。これ以上やることはないと思うが」


 それはそうだろう。これ以上求めて何の意味があるのだろうか。


「喧嘩売ってんのかあん!?」

(逆ギレですか……)

「別に喧嘩は売っていないが……」

「こうなったらどっちが強いかで勝負だ!」


(な、なぜそうなった……)


 ●●●

 ということで、現在『模擬戦闘室』に来ているわけだが。

 模擬戦闘室は学校にある、申請すれば誰でも使える場所だ。今回、肩がぶつかっただけなのにわざわざ申請をして借りたわけだが。入学式まではあと15分。普通ならばもう座っているべきなのだが。どうやらこの男達は入学式よりも、こちらの方が優先らしい。

 今回は特別にリーダーの俺を倒したら勝ちにしてやる、とかほざいていたが。


 男の名前は松田光喜まつだこうき。あの有名な松田家の息子がこんなんだとは……思ってもいなかった。

 光喜と向かい合って対峙する。

 先に戦闘不能にした方が勝ちとなるらしい。

 本来ならば、本当の力を使って一瞬で終わらせれるのだが。生憎、今は本当の力を発揮できない。つまり、早く決着をつけるならば、本当の力を使わずに、それと似た攻撃をしなければならないということになる。面倒臭いものだな、と心の中で蒼翔はボヤいていた。

 スタートの合図は端にいる男が言うらしい。


「スタート!」


 瞬間、蒼翔の目に『想力分子』の兆候が視えた。

 作られるものは、剣と魔法陣。

 剣は右手に。魔法陣は足下に。

 どうやら魔法陣で動きを加速し、剣で攻撃してくるようだ。

 魔法陣とは言っても目に視えるものではない。蒼翔だからこそ視えるだけである。

 その魔法陣がものすごいスピードで向かうのに乗りかかればいいだけだ。それだけで移動スピードは格段と上がる。

 剣の威力はそこまでないもの。だが、長さが長身で距離を取らなければならない。


 蒼翔は『想力分子』の兆候が視えた一瞬で、そう判断した。

 予測した通り、右手に長身の剣が現れ、スピードが倍に上がった。

 本来ならば距離を取るために下がるが、蒼翔は逆に前に出た。

 光喜が剣を振り上げたのと同時に、蒼翔は光喜の足下を右足で止めた。

 魔法陣は視えないが、物体としてはそこにある。

 蒼翔はその魔法陣を足でかき消したのだ。


 魔法陣がただの『想力分子』として空中に弾ける。

 その魔法陣に身を任せていたためか、光喜の体がグラりと揺れる。

 蒼翔は反射的にしゃがみ込むと、頭上を剣が通り過ぎた。

 揺れたのと同時に、光喜の体が後ろかがみになる。

 剣が頭上を通り過ぎたのを確認すると、蒼翔も『想力分子』で突風を作り、それを光喜にぶつけた。

 光喜は後方に大きく吹き飛び、そのまま壁にぶつかる。

 光喜もさすがに冷静な判断力を持っているのか、壁にぶつかるのと同時に背中にクッションを作って、衝撃を和らげた。

 これでも《劣等生》なのか、と思ったがそんな思っている暇はなかった。


 光喜の手に剣が無いのがわかると、後方から『想力分子』の兆候が視られた。

 作られるのは、数十本の短剣。

 さすが松田家の息子だ。松田家はこういう戦法に優れている。大量の物を一気に相手にぶつけること。欠点は、それ以外に殺傷能力のある攻撃手段が無いということ。

 だから、この攻撃さえかわせばあとは簡単だ。

 蒼翔は小さく「フッ」と笑うと、後方を気にせずそのまま前に駆け出した。足下に加速魔法陣を置いて。

 加速したのと同時に後方に大量の短剣が現れる。

 現れて1秒後に短剣が発射される。

 だが、もうその時には蒼翔は起き上がった光喜の目の前にいた。


 このままでは巻き添えを食らってしまう。そう思った光喜は慌てて、横に移動しようとするが。

 謎の壁に阻まれて横に動けなかった。

 目の前には不気味に笑う蒼翔。

 その後方には自分が作った、大量の短剣が一斉にこちらに向かって飛んできている。

 だが、光喜は少し余裕をもった。なぜなら、目の前には無防備の蒼翔がいるのだから。

 このままだと、蒼翔が盾になってくれて自分は少しの傷で大丈夫だろう。


 大量の短剣が向かってきてすぐに。

 その短剣達は動きを止めた。

 突如現れた壁によって。


 瞬間、光喜の鳩尾に蒼翔の強烈な右膝が、顔面には拳がめり込む。

 光喜は壁を凹ませて地面に倒れ伏せた。動く事は無い。

 骨は数本折れていると思う。顔は見事に歪んでおり、少量だが血を吹き出している。

 鳩尾は人間の急所。しかもそこは心臓と近い。

 蒼翔が感じたのは、右膝をめり込ませたときに心臓が止まり、壁に衝突した際にまた動き出したという鼓動。

 蒼翔は格闘術の先生に習っているため、その威力の出し方がとても上手い。

 蒼翔は綺麗に着地すると「フゥ……」と溜息を吐いた。

 先程のはただ単に壁を作っただけである。そこに短剣を刺すことで、そちらの方は問題ない。あとは直接攻撃をして気絶させるだけだ。


 端にいた男達の口が開きっぱなしだ。それほどまで、この男が強いと思っていたのだろうか。

 まぁ光喜という男は意外と強かった。さすがは松田家だ。

 彼らの方に向くと、彼らはビクッと震えた。


「こいつを保健室まで運んでやってくれ」

「「「「はいっ!」」」」


 と、サササと光喜の近くに寄った時。

 光喜が起き上がった。まだそこまで力が残っていたのか。だが、足下はフラフラしていて怪しい。


「お前……名前は……」


 名前を聞かれたならば答えるのが礼儀だ。

 対戦相手の名前を知らないのは何かと後々めんどくさくなる。


「――刈星蒼翔だ」


 蒼翔はそう言って、模擬戦闘室を後にした。

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