第17話 飛び降りやしないわよ姉さんが

紗季から握っていた手を放された又吉は慌てて

吊り橋の綱を握った。

 その拍子にまた吊り橋は大きく揺れた。


「ひゃっ!」


小さく叫びながら又吉は思わず腰を落とした。

気づけばいつの間にか、橋の中央付近に立っ

ている。


「姉さんも確か高いところ苦手だったはずだわ」


紗季は平然と、吊り橋から遠くの景色を眺めて

いる。


「姉さんも渡ったのかしら、この吊り橋」


何を思っているのか、紗季は口元をほころば

せた。

強い風に煽られる紗季の髪が、及び腰の又吉

の頬を優しく撫でてくる。


「マリアのしずくを調べるために来たんだとした

 ら当然渡ったでしょうね」


しっかりと綱を握った又吉は、ピタリ紗季に張り

ついている。


「ビビリのシンリさんでもここまで来たんだから、

 姉さんも来たんでしょうね」


「僕はビビりじゃありません。ジェットコース

 ターだって乗れますから」


又吉を無視すると、紗季は大きく息を吸い込んだ。


「綺麗ね、とっても」


つられるように又吉も遠くの景色を見ると小さく

「あっ」と叫んだ。

 吊り橋を渡る恐怖で周りの景色を見る余裕など

なかったのだ。


 景色は雄大だった。

茜色に彩を変えた景観はまさに息をのむ絶景だ

った。

紗季が思わず「綺麗ね」とつぶやくはずだ。


「凄いですね、この景色」


まさに空中に浮かんでいる感覚だ。

遠くには茜色に染まった湖が見える。


「あれが真理蛙湖なんでしょうね」


楕円形をした真理蛙湖は、宝石のように輝いて

いる。

うっとりする景色に又吉の恐怖は吹き飛んでし

まった。


「姉さんもこの景色を見たのよね」


言いながら紗季は吊り橋の下を覗き込んだ。

橋の下は、そこだけ手入れしたかのように、緑

の絨毯を割り、岩で覆われている。

 又吉も下を覗き込みながら


「何もないですよね」


思わずつぶやき、慌てて口を押えた。


「飛び降りやしないわよ。姉さんが」


言いながらも、紗季は吊り橋の下から視線

を外そうとはしない。


「何考えていたんだろうな、姉さんは」


沙希の声は吹き抜ける風に運ばれれ又吉の

耳をくすぐった。

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