第2部 東の果ての総督代行

第23話 旅路の半ば

 ……まさか自分たちが盗賊に襲われるとは。

 ワリヤン行商団の団長は、自身の不運に唇をかんだ。

「おとなしくしてろよ運び屋ども? 黙ってそこで昼寝でもしてろ」

 ザッフェルバルの領都を出てしばらく。夕暮れと言うにはまだ早い時間。

 ワリヤン一家と知り合い数人で構成されたこの行商団は、ザッフェルバルではありふれた小規模行商団だ。

 食料品を主に、少々の衣類と嗜好品、医薬品なども織り交ぜて、領都で手に入るものを周辺の村々に売って歩くだけの三台の馬車列。

 ささやかな商品を載せたその三台は、下衆な笑い声を上げる盗賊たちに集られていた。

 それを見ながら、団長は苦々しい表情を隠せずにいた。

 ……十分に気をつけていた、つもりだったが。

 傭兵もケチらずに腕利きを雇ったはずだったし、時間帯もまだ早い。

 判断を誤った点を挙げるならば、ここしばらく続いた大物盗賊団の壊滅の報に少し油断し、急ぎの荷物を近道で届けようとしたことか。

 運が悪かった点は、自分たちが盗賊のターゲットにされたこと、そしてその盗賊の頭が“異端者”だったことだ。

 ――盗賊たちの手管は古典的とも、稚拙とも呼ばれるレベルのものだった。

 街道沿いの丘の影から一気に飛び出し、襲う。木々の少ない平原の続くザッフェルバルでは使い古された手だったし、金のかかった手練の傭兵たちはその動きを見きったように動いていた。

 だが、傭兵たちは敗北した。盗賊の頭、たった一人を相手に。

 異端の呪法を使う敵を前に、傭兵たちはろくな抵抗もできぬままに粉々に吹き飛ばされた。

 団長たちの馬車は逃げる間もなく盗賊たちに取り囲まれ、構成員は残らず荒縄で縛り上げられて道端に放り出されていた。

 自分たちの大切な荷馬車を荒らしまわる盗賊たちからは、これはカネになるだのならないだの、楽しそうな話し声が聞こえる。

「しかしツイてるぜ。久々に大きな獲物だ」

「旅人を脅して剥ぐだけじゃ腹の足しにもならねぇからな。久々に美味いメシにありつけそうだ」

 浮ついた盗賊たちの言葉がいちいち癇に触るが、護衛も全く歯が立たなかった相手だ。素人が暴れたところで何もできずに殺されるだけだろう。

 ……万事休す、か。

 もはや打つ手はない。命があるだけ儲けものだと思うしかない。そう諦めかけた団長の頭をふと、ある出来事が頭をよぎった。

 領都を出る前に手渡された、奇妙な“お守り”のことを。

『魔物や盗賊に襲われた時は、速やかにこの紐を強く引っ張ってください。紐が取れたら、あなた方のもとに助けが向かいます』

 総督府直属の警衛隊だと名乗る役人らしい一団から渡されたお守り。

 ……ダメで元々!

 盗賊たちに気取られぬよう、団長は後に縛られていた手をズボンの後ろポケットに忍ばせ、しまいっぱなしにしていた“お守り”の紐を引いた。

 軽い手応えとともに、紐は簡単に本体から切り離される。

 期待はしていなかったけれども、しばらく待ってみてもやはり何も起こらなかった。

 行商団長にも、当然ながら盗賊の誰一人にも、何か起こったようには思えなかった。



《非常救難信号を捕捉! 座標データ受信。……位置特定――》

 空に、艦が在った。

 あの日、帝都に現れた巨艦とは形も大きさも異なるもの。だが、それが同系統の技術の産物であることは誰が見ても一目瞭然だろう。

 この帝国の大地の上を悠然と“飛ぶ”軍艦など、彼らのものしかありえないのだから。

高等法官オブザーバーより当艦“かげつ”の警察活動が承認されました。総員、第一種戦闘配置――》

 強襲揚陸艦“かげつ”。

 遥か遠き母星の衛星つきの名を冠したその艦は、あけぼしがその腹に抱えて持ち降りた三隻の艦載揚陸艦のうちの一つ。

 現在は第一歩兵大隊の母艦。そして、今は同乗する第二〇一揚陸航空隊ライトニングスの母艦でもある。

「また盗賊か。懲りないな、まったく!」

 航空隊の数少ないパイロットたる速水直哉はやみなおやもまた、かげつの上にいた。

 スクランブルを受けて、耐Gフライトジャケットを着込んで飛び出すのはかげつの格納庫。

 あけぼしの五分の一以下ほどにコンパクトにまとめられた小規模な空間に、大小の航空機とその機材が詰め込まれた中、直哉はまっすぐに目的の物へと駆け寄る。

 愛機“迅雷”。ひざまずいた姿勢のままワイヤーで固定された鋼鉄の巨人。

 その周囲で動き回るのは管制誘導用ロボットや、作業服を着込んだ装備担当員たちだ。

「中尉! いつでもいけます!」

「おう、おつかれさん!」

 火器担当者の呼びかけに片手を上げて応えると、直哉はざっと愛機の外観へと目をやる。

 機体の右手には急造品の対人警察短銃。レーザー、電磁加速機関銃レールマシンガン、大口径火薬空砲の三種が束にされた不格好なシロモノだ。

 そして左手はスーツケースを模した巨大なコンテナを握っていることを確認すると、慣れた身のこなしで直哉はその巨人の腹――コックピットへと滑り込んだ。

 立ち上げ済みであったシステムから、戦域データリンクの情報へ直哉はざっと目を通す。

「目的は小規模行商団の保護と盗賊退治、か。盗賊は今回も生け捕りできりゃいいが――」

 似たような任務はザッフェルバルに来てから五回目。そろそろ勘所がつかめてきたところだ。

 そして、今回協働する歩兵部隊は、第二中隊第二小隊。今回のコールサインは――

「こちらライトニング5。歩兵第二小隊イクスレイ・ベータ、応答を」

第二小隊長イクスレイ・ベータです。なおやん中尉殿、今回はよろしくです》

「おう。よろしくだやっちー少尉」

 神田八智少尉。直哉にとっても多少は気心のしれた相手だ。

 連携訓練でよく顔を合わせることがあり、よく目立つその人懐っこさは直哉にとってもやりやすい相手だ。

《データリンク異状なし。今回の投下指定ポイントは送信したデータの通り。“ウチの子たち”をよろしく、こうのとり先生》

 軽口とともに、データリンク経由で座標データが送信されてきた。

 それは、迅雷の左手に握られた“スーツケース”の投下指定ポイント。中身は、八智の指揮する強襲装備の機械歩兵たちだ。

 機材が痛まない限界まで“スーツケース”に詰め込まれた全三十九機の機械歩兵は、待機スリープ状態で身じろぎ一つせずに出番を待っている。

 そいつらを戦場の入り口までぶら下げていって放り出すのも、航空力学を無視した人型機械の重要な任務の一つなのだ。

「確認した。航法支援システムに反映。任せろ。今回もばっちり届けてきてやる」

《信用してますよ。あとは前回確認した手順通り……に行くことを信じていきましょう》

 そうは行かないのが常であり、事後反省会デブリーフィングが簡単に済んだことはめったにないのだが、祈るだけならタダだ。

「全くそうあってほしいもんだな。こちらこそ頼むぞ少尉。――通信終了」

 簡単な打ち合わせを済ませているうちに、格納庫での出撃準備は手早く進んでいた。

 機体は既に固定ワイヤーを外され、専用の台車に乗せられてエレベーターまで牽引されていく。

 その途中、機体主翼の基本動作の確認が行われる。担当官の指示通りにコックピットから動作を入力。重力制御装置も内蔵する主翼が正常に動いていなければ、正しく操作していても地表と激突する恐れもある重要な部位だ。

 整備員たちの誠実な仕事の成果か、チェックは問題なくクリア。そのまま機体は巨大なエレベーターの上に載せられる。

 周辺の安全が機械と人間の目で確認された後、人間の担当官がゴーサインを出す。するとエレベーターのシャッターが降り、直哉の視界は四角い筒の中に閉じ込められたようになった。

《エレベーター内、機体固定完了。シャッター閉鎖。減圧開始》

 格納庫と完全に遮断されると、警報とともにエレベーター内は一気圧からすみやかに減圧される。それが終われば、迅雷を載せた巨大なエレベーターはゆっくりと機体を持ち上げていく。

 エレベーター内部と艦外を遮断していたハッチが開放されると間もなく、直哉の迅雷は高度一万メートルの吹きさらしの中へ持ち上げられた。

 薄い青色の空が球状モニターに広がると、直哉は手早く機体の重力制御を待機出力で稼働。

 ステータスに異常がないことを確認し、小さく深呼吸。

 手を開き、操縦桿を握り直すと、航空管制へ通信を飛ばす。応答はすぐに飛んできた。

「ライトニング5、発艦準備完了。コントロール、発艦許可願う」

《こちらかげつLHS-1航空管制コントロール。確認した。ライトニング5の発艦を許可する》

「了解。ライトニング5発艦する」

 直哉は宣言と同時に、迅雷の推進器に火を入れる。同時に機体の足で甲板を蹴って飛び上がった。

 機体が宙に浮くと背部主翼を展開。重力制御を飛行出力まで上昇。人を模したその身の全てで空気抵抗を受けて風に乗るように宙に浮く。

 推力をさらに引き上げ、全ステータスに異常がないか目を通す。かげつから足を離した機体が、自力で艦と併走していることを再度確認。

「重力制御異常なし。推力、正常に上昇」

《こちらコントロール。ライトニング5、旋回して方位三、四、二へ》

「了解。三、四、二へ向かう」

 管制の言葉を受けると同時に直哉はスロットルを最大へ。

 高度を上げながら迅雷はその頭を北北東へ向け、かげつから一気に離れていった。



「こんなところか。野郎どもずらかるぞ!」

 頭領らしき男の宣言とともに、盗賊たちは慌ただしく略奪品をまとめはじめる。

 盗賊たちが乗ってきた粗末な偽装荷馬車はその場に放置し、何頭か同行させていた早馬へ乗り換えるようだった。

 そこで、頭領が拘束された団長のところへ来ると、品定めするようにざっと見回す。

「お前とお前は、一緒に来てもらう」

「や、やだ! 離せ!」「ひっ、やっ」

 団長の息子と、小柄な女性団員の二人を無造作に引っ張りあげると、手下の盗賊へ投げ渡した。

「待て、何をする!?」

 団長が抗議すると、頭領は団長の顔に無造作な蹴りを入れた後、淡々と答える。

「身代わりだよ。この辺も魔物が出るからな。いざというときの備えさ」

 それはつまり、魔物に出くわせば餌として放り出し、彼らを食べている隙に逃げるつもり、ということだ。

「待ってくれ! 身代わりならオレがなる! だから、子供は……!」

「馬鹿か。テメェみたいなガタイがデケェのは邪魔んなるんだよ。これぐらいのガキが荷物になんなくていいんだ」

「そんな……!」

 頭領から無慈悲に告げられる言葉に団長は目を見開き絶句する。

 それは、二人を人質としてすら見ていない、ただ道具としてしか考えていないことを物語っていた。

「じゃあな。お前らも生きて帰れるといいな」

 淡白な言葉を残し、足早に仲間の元へ戻る頭領。

「父ちゃん! 助けて、助けて!」

「うるせぇガキが! おとなしくしてろ!」

「ゼブル! ゼブルーッ!」

 子供の名を呼ぶも、縛られた団長たちには他に何をすることもできない。

 盗賊たちがみな馬へ向かい、二人が連れ去られるのをただ睨み続け、無力感を紛らわせるように声を上げるしかなかった――その時。


《双方、動くな!》


 バンバンバン、と大きな破裂音が続けて三度。

「なんだ!?」

 団長が音の正体を目で追うと、宙に浮いた黒い影のようなものが自分たちの背後で何かを地面に落とすのが見えた。

 それはそのまま、まっすぐ自分たちの頭上を越えると、宙で身をひねり、背負った羽のようなものを広げたまま地にその両足を着けた。

 盗賊たちの正面に立ち塞がるように現れたその姿は、

「巨人――」

 鎧のようなもので覆われた、巨大な人だった。

《こちらは、総督府直属、街道警備特務官である! この場は我々が包囲した!》

 マスクのような頭から、その巨体に見合うようなドスの利いた男の声が響き渡る。ザッフェルバル訛りの帝国語だ。

 包囲、という言葉に周囲を見回せば、いつの間に現れたのか数十人の緑色の鎧を身につけた兵士たちが整然と盗賊と自分たちの背後に迫っていた。

「くそ、何だこいつら!?」

「総督だって!? あのチビの無能がなんだって――」

「空飛ぶ巨人――噂を聞いたことがある! まさか、さっきまでどこにも……」

「あんなのホラ吹きの大嘘だろくそったれ!」

「これが冗談に見えるかよ! 正真正銘の化けもんだ!」

 うろたえ始めた盗賊たちが口走った言葉を聞いて、団長はふとその噂を思い出す。

 いわく、最近、総督代行の座に就いた元献身の巫女の背後には、本物の天の御遣いがいるのだとか。

 総督府が雇った異形の兵隊に気をつけろ、だとか。

 千年の大樹をすら悠々超すほどの巨人が、空を飛び盗賊たちを捕らえて回っている、とか。

 実際に目にして団長は納得した。少なくとも最後の噂には、誇張の入る隙間などない、と。

 それは、まったく違わず現実なのだから。

《武装を解除し、両手を頭の裏に回してその場に伏せろ!》

 再度、警告とともに巨人が手にした筒らしきものから爆音が響く。

 団長たちが縛られたまま地面に伏して見れば、盗賊たちはその異様におじけづいたのか、巨人を仰ぎ見たまま動きを止めている。やがて何人かはうなだれ、武器を取り落とすものも現れた。

 だがそこで突然、盗賊の頭領が大声を張り上げた。

「ビビってんじゃねェぞテメェら! ここで捕まったらどうなるか知ってんだろうが!?」

 どよめいた集団に喝を入れるかのように、頭領は半ば喚くように叱咤する。

「総督府前で三日三晩吊るしあげられて投石死刑だ。テメェらもそうなりてぇか!?」

 ざわつき、そして盗賊たちの目に生気が戻る。

 確かに、頭領の言うとおりザッフェルバルの法官は昔から特に容赦がない。

 先代の総督よりも以前から、捕まった盗賊たちは、どれもロクな末路を迎えなかった。

 最近の例は、まさに頭領が言うとおり。行商団長もその現場を見たことがある。ひどいものだった。

 だが、あの盗賊たちにこそ、そんな末路がふさわしいと、今の団長は感じていた。

「死んでも逃げ切んぞ! 全員乗馬!」

 頭領の宣言とともに、盗賊たちは青い顔で一斉に動き出した。

 ……逃げられるものか。

 団長は憎しみと呪いを込めて彼らの姿を睨み、それから総督府の兵だと名乗った巨人を見上げた。

 表情も見えぬその顔を仰ぎながら、団長は心中で祈りを捧げた。

 ……頼みます。どうか。

 どうか息子を助け、盗賊どもに天罰を下さいますよう。



《もう一度告げる! 武装を解除し投降せよ!》

 直哉が選択した文章が、帝国語のドスの利いた声で外部スピーカーから流れる。

 大音量で響くこの声は直哉のものではない。総督府の兵の中でそれらしい声の出せる男からあらかじめ録音した音声データだ。

 直哉が聞いてみても結構な迫力があったものだが、盗賊たちの動きに大きな変化はなく、次々と馬――に似た動物、ゲフォンにまたがっていく。

「こちらライトニング5。警告中なれど盗賊は投降の意思なし。逃げる気だ!」

 いよいよ集団が走りだすか、と思われたその時。盗賊のリーダーらしき男が直哉の迅雷に向いて怪しげな動きをした。

 何だ、という疑問を抱くまもなく、モニターの前面が一瞬乱れ、機体に小さな振動が伝わる。

「ッ……!?」

 攻撃を受けた、という認識に、直哉は反射的に機体を上昇させた。

 回避のための変則軌道を取りながら、ダメージチェックを走らせる。結果は、迅雷のメインカメラを保護する耐弾バイザーが破損したという表示。

 だが、カメラ自体は無事、センサー類も一部が死んだが予備は動くので不便はない。

「くそ――こちらライトニング5。攻撃を受けた。損傷は軽微。……敵の攻撃手段は不明!」

 爆発だ、ということだけは直哉にも理解できた。復調したモニター映像に残煙が引いていたからだ。

 しかし、頭部近接防御レーザーCILSが反応しなかったということは、火矢や爆弾のような投擲物などではない。

 この攻撃は何だ、という直哉の疑問に答えるようにかげつ管制から通信が飛んできた。

《こちらLHS-1コントロール。高等法官オブザーバーより確定情報。敵集団の中に魔法使いあり》

「ライトニング5了解――くそ、魔法使いが盗賊!? 法官の裏切りもんか!?」

《こちらイクスレイ・ベータ! 高等法官さんが異端がどうのこうのって叫んでます。野良魔法使いかなんかだって!》

「野良ってな、イヌやネコじゃあるまいし――」

 直哉が愚痴る間に盗賊たちはゲフォンに乗ったまま走りだした。迅雷が離れた隙に逃げ出そうという算段だろう。

 八智もそれを見たようで、機械兵士たちは一斉に動いた。

《ッ!――こちらイクスレイ・ベータ! 敵は投降の意志なしと判断。これより実力での身柄確保を試みます。ライトニング5は指定座標にレーザー射撃を願います!》

「了解。座標確認、援護する!」

 直哉は操縦桿のボタンで兵装の切り替えを選択。攻撃方法を威嚇用大口径空砲から、レーザーに切り替える。

 機体の銃を地面に向け、集団の前方へ回りこみながら、上げていた高度を一気に下げる。

「そっから動くな、よ!」

 ある程度の降下速度に乗ると、スラスターを地面に向け逆噴射で減速。

 同時に盗賊たちの前面の原っぱを薙ぐようにレーザーを照射。

 突然、横一線に上がった炎と、そこへ着地し立ち塞がった巨人の姿に、盗賊たちの乗った馬は一斉に驚き暴れ出す。

《小隊全機、攻撃開始!》

 それを好機と、背後から迫っていた八智の機械歩兵たちは盗賊の背後から一斉に発砲。

 実体弾とレーザーの集中砲火に馬は次々に倒れ、盗賊たちは落馬。

 馬がなくてはこの街道のど真ん中から逃げられる術はない。これで降伏するかと思いきや、

《男の子――まさか人質……!?》

 盗賊の部下たちが興奮した様子で機械歩兵に向けて子供と女性を盾にしてみせた。

 おそらく行商団の構成員なのだろう。首筋に長剣を当て、動けば殺すと言うところだろうか。

《でも、だからどうしたって話!》

 それに動じた様子もなく言い放った八智。

 言葉から数秒も経たずに、人質を抱えた盗賊二人は力なく大地に倒れ伏した。

 銃を構えたままだった機械歩兵のうち、複数の光学銃手レーザーガナーがミリ単位の補正で照準。同時に頭と腕を撃ち抜いたのだ。

 それでもなんとか二人を人質に使おうと近寄った盗賊も、次々と狙撃され倒されていく。

 ……さっさと捕まりやがれ。

 慌てふためく盗賊たちを見ながら、もどかしい思いで直哉は多機能パネルに呼び出していた録音音声の一覧を繰り、外部スピーカーでの再生を選択する。

《貴様らは完全に包囲されている! 武装を解除し、投降せよ!》

 機体からまたも帝国語で警告が発されたが、もはや興奮しきった盗賊たちには届いていないようだった。

 数人が狙撃に倒れたところで人質を諦めたのか、盗賊たちは二人を置いてやけくそになったように走りだした。

 馬は全て射殺されている。当然ながら徒歩だ。

「くっそ、諦めの悪い……!」

《こちらイクスレイ・ベータ。人質二名を保護。追跡を継続します》

 彼らが全力で走る先は、馬で向かっていたのと同じく丘の方角。ある程度木の立ち並ぶそこへ逃げ込めれば、と考えたのだろう。

 だがそこまでは見通しのいい平原だ。全力で走っても間に合わないと理解できているものも居るだろうに、なおも抵抗するということは、それだけ捕まりたくないということだろうか。

 もはや人質を誤射する心配はない。ならば、と直哉は八智へ通信を飛ばす。

「ライトニング5よりイクスレイ・ベータ! こちらから攻撃を行うか!?」

《了解。……集団中央、魔法使いへ攻撃願います!》

 躊躇するような僅かな間があったが、八智は決断。

「了解した。二十ミリで掃射する!」

 集団の中心の魔法使い。データリンクで高脅威目標として設定された彼を、照準。

 機体右腕の対人警察短銃を向ける。選択兵装はレーザーから電磁加速機関銃へ変更。

 その間にも仲間とともに鬼気迫った表情で走る魔法使いは、背後から追いすがる機械兵士に魔法を発動。機械歩兵二機が一度に爆発で吹き飛んだ。

「ライトニング5、攻撃を開始する!」

 友軍への通告し、直哉は操縦桿のトリガーを引いた。

 コックピットに響く鈍い振動とともに、銃身レールから連続して吐き出された小口径対人実体弾は音速で魔法使いに到達。

 発動すると思われた防御魔法の光はなかった。殺到した曳光弾混じりの弾丸の群れは、土煙を上げながら周囲の二、三人を巻き込んで瞬く間に目標をズタズタに叩きのめした。

「攻撃命中、敵魔法使いの撃破を確認。イクスレイ・ベータへ、残りはどうする?」

 報告とともに問いを投げたが、状況はもはや明らかだった。

《了解。後はこちらで制圧します。もうちょいで――》

 八智の返答からすぐ。最後まで立っていた盗賊が足を抱えてうずくまり、走るものはいなくなった。

 間もなく追いついた機械歩兵たちがその場を包囲。足を撃たれて倒れた盗賊たちの拘束と死体の処理を開始した。

《イクスレイ・ベータより全ユニット。被疑者の拘束と被害者の保護を完了。繰り返す、全作戦目標の確保を完了! 周辺の安全を確認。小隊の回収と高等法官オブザーバーの派遣を願います》



 帝国の北東の果てにある、領国ザッフェルバル。

 先代の総督が魔竜との戦いで討ち死にした後、空位になっていた座に、代行として任命された人物が現れた。

 ティルヴィシェーナ・カンネ・ユーディアリア。

 捧げられし祝詞うたうたい。いくら帝国が広くとも、国法の恩寵を受けて生きている人間ならば知らぬものはいない、献身の巫女。

 特例としてザッフェルバルの総督代行を任された彼女のことは、瞬く間に世間の噂の的となった。

 先代の嫡男が十五の帯剣を迎えるまでの特例の時限措置であっても、総督という座は多くの人間の目を引く座だ。

 そこに十六の、帝国において成人したばかりとされる少女が就いたのだから、噂に大小様々な尾ひれがついて泳ぎまわるのは仕方のない話だろう。

 しかも着任直後から、その少女――ティルは噂に燃料をくべていくかのごとく、次々と“奇特”な施策を始めていった。

 天の御遣い。帝都でその伝承をなぞるように現れた一団の力を借りた彼女は、まずは治安維持に大きく力を割いた。

 領国内に根を張っていた大物盗賊団は数度の現行犯から芋づる式にアジトごと壊滅。

 並行して治安維持に必要という名目で領都と、それより東に位置する第二の都市ルタン近郊に大小の空港を建設した。

 その後、街道の治安がある程度改善されたことを弾みに、上下水道の導入を謳って浄水場の建設を開始。

 さらには農業においても、化学肥料の試験導入や品種の改良調査を開始した。

 ――と。ティルが頭の硬い古株たちを説得し終え、以上の事業に着手した頃には既に一ヶ月の月日が経っていた。



「……以上が、昨日の治安維持案件になります。資料は全てこちらに置いておきますので」

「はい。ありがとうございました」

 I.D.E.A.降下軍と総督府の連絡役を務める駐在武官が「失礼します」と一礼し、執務室から退室すると、ティルは一つ小さなため息をつく。

 ……また盗賊さん、か。

 領都と石塔都市ルタンを結ぶ二本の主要街道のうち“裏街道”と呼ばれる街道上にて起こった、強盗及び殺人、傷害事件。

 駐在武官の報告によれば、被疑者二十五名のうち、十六名を現行犯で確保。首謀者を含む九名は逃走中に抵抗し死亡。

 被害にあった行商団の八名は無事に保護され、彼らは機械兵士たちに護衛され無事に目的地へと到着した。

 なお、行商団に同行していた傭兵は三名とも部隊の到着前に殺害されていた、ということだった。

 ……そういえば。

 思い出したように手元を見れば、“かげつ”に同乗していた総督府の治安維持組織、警衛隊の責任者からも同じ件での報告書があった。

 目を通せば、そこで重視されていたのはもう一つの点。

 犯人たち、自称では“炎の開拓団”と名乗る新興盗賊集団の頭領が“異端者”だったということだ。

 ……国法庁の手によらず奇跡の業に目覚めた能力者、ですね。

 通常、自然覚醒者であっても、しかるべき手続きと教育を経れば、国法庁の法官として正式に採用されることは容易なようになっている。

 給金は程々に出ると聞いているし、家族程度なら養うこともできたはず。

 ……けれども彼は帝国への抵抗を選択し、結果として砲弾に吹き飛ばされる運命を選んだ。

 どうすればよかったのだろう、とティルは思う。

 犯罪者は本質的には臣民であり、敵ではないはずだ。

 法官となれば、貴重な対魔族戦力として役立ったかもしれない人材であったのに。

 そうでなくとも、残る構成員たちも同様だ。

 I.D.E.A.の皆さんが危険を犯して生きたまま捕らえてくれたというのに、その場で立ち会った高等法官の裁決により処刑が決定。

 おそらく総督府前では、また今朝から逆さ吊りにされた盗賊たちが領都の市民から石を投げられているのだろう。

 貴重な労働力になったかもしれない十六人が、そうしてまた命を失った。

 ……これも、なんとかしないと。

 過剰な刑罰の修正も、ティルの懸案事項の一つだ。帝都では、牢に入れて強制労働が関の山であるというのに、ここの法官たちはどうしてか過剰な刑罰に走りたがる。

 I.D.E.A.からも修正を推奨する助言が来ているが、残念ながら必須案件とまでは言えないため後回しになっているのが現状だ。

 雁首揃えて抵抗する老人たちを説得しなければならない案件はまだまだ山積している。

 大規模な“実験農場”設置の提案、“核融合発電所”の建設計画……

 I.D.E.A.からの提案は、常にティルの常識を遥かに超えたところから飛んで来る。

 なぜそれが必要なのか、どうしてそんなことをしなければならないのか。彼らの提案は、科学は、肌感覚から数段階すっ飛ばした上にあることが常なのだ。

 まるまる信用して鵜呑みにすれば楽だろうけれど、そうすれば自分がこの場に立った意味がない。

 帝国の人間として、それらの未知の技術を理解し、多くの人間に噛み砕いて伝えるのが今のティルに任された役目なのだから。

 ……気が重いですけれど。

 ここ一ヶ月間は、表では怪しげな噂と貴族たちの好奇の視線に晒され、総督府内では実務官たちの説得と未知の技術に翻弄され続けたティルだ。

 I.D.E.A.からのバックアップは十分に得られているが、さすがのティルも、心身に疲労が溜まってきていると言わざるをえない。

 ……ううん。弱音を吐くな、私。

 望んでこの場所に来たのだから、負けてはいられない。

 次の公務まではどれだけの時間があっただろうか。ちょっとだけレファに泣きついてから、がんばろう。

 そう思ってレファを呼ぶべく執政室の椅子から立ち上がった時だった。

「失礼します。ティル様。まもなく次の公務のお時間です」

 秘書としての役割を任されたレファが、ティルの思考を読みきったかのように入室してきた。

「……あう」

 嬉しいような悲しいような、そんな微妙な表情で固まったティルを訝しげに見ながら、レファは報告を続ける。

「I.D.E.A.外交部からの依頼があった領国内の視察公務です。今日丸一日を使った仕事になるということで、後の予定はありません。仕事後は、自室に直帰していただいて問題ありません」

「そういえばそんな話もありましたね。……一日視察っていうのも、珍しい」

 ……だから、昨日は予定を限界まで詰め込んで倍以上働かされたのだけれど。

「ふふ。今日の“公務”は少しだけ特別みたいですからね」

「特別って、レファは何か知っているのですか?」

 意味ありげな笑みを浮かべるレファに、何らかの小細工の陰を感じるも、それ以上追求してもしかたがないとティルは経験から知っていた。

 レファが分かって隠していることなのだから悪いようにはならないだろう。そう信用して、机の上に散らかしていた書類を一箇所にまとめる。

 何が待っているのか、不安半分、楽しみ半分で外出の用意を始めていると、

「行けばわかると思います。アカリさんたちがお迎えに来ておられるそうですから」

「アカリさんが……!」

 何気なくレファに告げられた言葉。そこに知った名を聞いて、ティルは自分の心が小さく跳ねるのを感じた。

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