第5話 ライトニング・ストライク

「ライトニングス、雷撃を開始しました!」

「対象、深度一〇〇! 距離五〇〇! ――対潜誘導弾、有効射程内です!」

 ……来たか!

 あけぼし艦橋で村瀬は待ちに待った報告を聞いた。 

「よし、“ミュール”攻撃開始! オートでありったけ撃ちこめ!」

「了解! 垂直ミサイル発射管VLS、対潜自動攻撃、フルファイア!」

 言葉とともに開いていくのは、あけぼし艦橋の前方、主砲との間に設けられた百六十ある蓋のうちの八つ。

 八つの発射口を持つユニットが二十基、艦前方にかけて長方形に並んだそれらは、垂直にミサイルを発射する兵装コンテナの群れだ。

 VLSと呼ばれる、いわゆるミサイルランチャー。

 それが、次々と火を噴き、ミサイルを吐き出していく。

 放たれたミサイルは宵闇にロケットの光を引きながら、弧を描き宙で反転。魔竜が潜む真上でロケット推進器を切り離し、弾頭に備えた魚雷を次々と海中に投入していく。

 降り注ぐように投下された魚雷は、着水と同時に猛然と獲物を追い、

『――――――!!!!』

 立て続けに着弾。

 迅雷の持つ航空機用魚雷よりも強力な炸薬が魔竜の胴の直近で爆発。

「……初弾命中! 次弾、続いて弾着!」

 炸裂とともにあぶくが上がり、海面が大きく揺れる。

 立て続けに飛び立つ海鴉ミュールの群れ。

 それらが間断なく海面に魚雷を放り込み、海中で着弾。暗い海が気泡でわずかに白く染まる。

 だが、

「鳴き声……? ――対象、未だ健在!」

「ダメージは確認できるか?」

「パッシブソナーでは――待ってください! ……対象、さらに潜行!? 魚雷を振り切り、速度を上げてこちらへ向かってきます!」

 艦長の問いを上書きするように、ソナー員が報告を飛ばした。

 同時にアクティブソナーで観測され、表示されるデータは、その速度が三十ノットを超えて突っ込んできていることを示す。

「――このままでは射程の内側に入り込まれます!」

 射程の内側に入り込まれれば、オートモードのVLSは攻撃を停止する。

 さらに接近を許せば、誤爆防止の安全装置が作動し、先行した魚雷群も起爆を停止してしまう。

「くそ――雷撃を迂回してこちらに食いつく気か――」

 一方的にやられるぐらいなら刺し違える、という意図なのだろう、と村瀬は推測する。

 このまま海面に顔を出して先ほどのジェット水流ブレスを撃ちに来るか――村瀬はそう考え、即座に否定する。違う、もっと有効な手をさきほど奴は学習したではないか、と。

 海中からの――おそらく想定されたした使い方ではないのだろう。まっさきにそうしなかったところから見て、破れかぶれの一撃。

 だが、ライトニング12を撃墜したことで有効と学習したはずの、あの攻撃。

「……まさか、艦の真下からアレを撃つ気か!?」

 飛行甲板から炉心区画まで貫通するようなジェット水流を真下から喰らえば――

 その結果が頭によぎり、いよいよ村瀬はその背筋に冷たいものが走るのを感じた。



 ……させません!

 村瀬弓香は理解すると同時に動いていた。

 艦とのデータリンクで得た情報から、艦長と同様の結論に至った弓香は即座に機体を反転。

 手にしたライフルを躊躇なく投棄し、僚機であるAI機ライトニング4から半ば引ったくるように魚雷発射機トーピードランチャーを受け取るやいなや、最大出力であけぼしへ向かって飛び出した。

《隊長!?》

 驚き上がるのは直哉の声。だが、今ばかりは弓香も応答の余裕はない。

 極限まで時間が引き伸ばされた感覚に、久々に自身が危険に直面したと感じ、

 ……残弾四! 敵があけぼしに到達するまで約二十秒!

 魚雷発射機が右手のひらのコネクターに接続され、使用が可能になったのを確認。

 さらにメインモニターにCGで映しだされた竜影を目で追いながら、距離を稼ぎつつ一気に高度を下げていく。

 並行して、

 ……敵、深度一二〇!

 魚雷の起爆深度をマニュアルで設定。追尾機能も無効にする。操縦桿から手は離さず、スロットルの選択ボタンでの瞬間の操作だ。

 その間にも加速のまま迅雷はかっ飛ぶ。空力をある程度無視した人型にもかかわらず、迅雷の速度は時速百キロを優に越え、高度も海面十五メートルとない高さまで下がっている。

 ……間に合え、間に合え……ッ!

 現在の魔竜の速度は三五ノット前後。時速にして六十五キロ近い速度は、あけぼしまでの距離を瞬く間に詰めていく。

 瞬発的にそれだけの速度を叩き出せる化け物相手だが、迅雷とて負けてはいない。重力を無視した機体は、最大で音速直前まで叩き出せる。

 ……敵到達まであと十秒!

 そこで迅雷が魔竜を追い抜いた。

 二秒でさらにその間は開き、

「…………ここ!」

 もう一秒弱。感覚的に、しかし限りなく正確に読み切られた秒間。

そこで、弓香はトリガーを引いた。

 コンマの遅延ラグの後、迅雷が携えた魚雷、その四本全てが発射された。

 進行方向前方やや斜めに射出され、加速のまま海に飛び込んだ四本の魚雷は誘導を受けずにまっすぐに海底に向かって突き進む。

 そして、深度百二十メートル。

 常人離れした正確さで叩きこまれた魚雷は――まさにその瞬間、魔竜の眼前にあった。

『――!?』

 炸裂。

 起爆した魚雷は、全力で泳いでいた魔竜の顔面に痛烈な一撃を与えた。



 痛い、痛い、痛い――


 魚雷の発した衝撃波に顔面を叩きのめされ“彼”はうめきのたうち回る。


 ……ここにこんな痛いものがあるだなんて。


 ここは美味しい獲物がばら撒かれているだけの場所。


 ちょっと抵抗する奴らは居たけれど、いままでは一口で食べてしまえていた。


 ……なのに、こいつらは、硬いし、痛い――


 こんなのは反則だ、意地悪だ、と自らに降りかかった理不尽を一方的に呪う。


 こんなのはまるで――


 ……まるで羽虫達みたいじゃないか。


 とある沿岸、“空を飛ぶ小さいもの共”を食べようとして、手痛く追い払われたことを思い出して、“彼”はふと思い当たる。


 ここにも、何かが空を飛んでいたことに。


 ……まさか、あいつらがここにも――



「……ま、魔竜、反転! 大きく蛇行しながら本艦から離れていきます!」

 二十秒に満たない危機と、それを見事にひっくり返してみせた弓香の曲芸。

 急転直下の事態に動揺を浮かべながらも、ソナー員が報告の声を上げる。

 それを聞きながら、村瀬は引きつった笑みを浮かべていた。

 ……まったく、お前は!

 大気圏内でも“魔女”は健在か――そう、身震いするような興奮を覚える所業に、通信の一つでも入れて褒めてやりたかったが、しかし今はそんな時ではない。

 艦長としての村瀬孝久は同時に判断を下し、叫んでいた。

「機を逃すな! 手動でいい、ミュール攻撃再開!」

「了解! ミュール――ッてぇ!」

 砲雷長の号令とともに、再びあけぼしの甲板が火を噴く。

 噴煙とともに鋼鉄のウミガラスが飛び立ち、先に放たれていた残りの魚雷も動作を再開する。

 魚雷の群れは、探針音を放ちながらもんどり打って逃走する巨体にめがけて突進し、

『――――――!!!!』

 接触と同時に起爆。爆発の衝撃波で魔竜の体表面が裂かれていく。

 深々と肉を裂いた傷は、血液を海中へ流し始め、 

《こちらライトニング1――光る体液らしきものが海面に浮かんできています!》

 それを艦の側に滞空した弓香が視認。

 伝えられた言葉に村瀬がわずかに頬を緩める。

 それは、魚雷が敵の体組織に有効打を与えたということに他ならないのだから。

「よし、ミュールの攻撃を継続! 単装レールカノン、改七式誘導砲弾を装填、次は確実に叩きこむぞ!」

「了解!」

 

* 

 

 魔竜は大きく蛇行しながら、ゆるやかにあけぼしから距離を取り始めていた。

 直哉たち第二〇一揚陸飛行隊ライトニングスはその魔竜を追うように、連携した雷撃によりさらにあけぼしから引き離すように追撃を続ける。

「そらそら、上がってこいよ!!」

 速水直哉は逃げる魔竜を右サイドの背後から魚雷を投下、連携して僚機の無人機たちに爆雷や魚雷をぶちまけさせる。

《いい加減に……ッ!》

 それを支えるように結城が砲撃と爆雷で左サイドの背後を抑え、追い立てるように雷撃を撃ち込んでいく。

 さらにあけぼしから放たれた艦対潜ミサイル“ミュール”の群れが水面に飛び込み、遅れて水柱を上げる。

 濃い青緑の――わずかに発光しているようにも見える――魔竜の体液らしきが夜の海を染めるが、その動きはまだ止まらない。

 ローテーションを組んだ補給を行い、艦砲も含めた間断ない飽和攻撃を続けていたが、魔竜は弱る様子も、浮上する様子もなく――

「やっぱ、どうにかして海面に誘導するしかないか……!」

 攻撃と並行して、魚雷を撃ち終わったAI機、ライトニング6にサーチライトを点滅させて、魔竜の頭の上でふらふらと飛行させている。

 点灯する間隔は、モールスの符丁で『ついてきやがれウスノロ野郎』と流れ続けている。まさか魔竜に解りはしないだろうが、意味ありげな様を装って、挑発らしくするのが狙いだ。

 案の定魔竜も気になるようではあり、時折ジェット水流ブレスを撃ち上げてライトニング6を落とそうとしている。

 その度に直哉が予兆を読んで――解りやすくも数秒前に海が光るのだ――回避の指示を出しているので、機体は未だ健在であるが、

 ……だが、海面近くまでは誘導できていない。

 引き上げるには、おそらくもう一押しが必要――

「いっそ釣り竿でも欲しいとこだな……」

 直哉はふと、仮想現実空間でのゲームを思い出す。

 本物の魚や釣りを知っているわけではない。だが、地球で取られたデータを元に精緻に再現されたVR空間でその手シミュレーターを経験したことはある。

 ……だが、さすがにあんなデカイのを相手に、しかも迅雷で釣り上げるってのは――

《それは素敵ですね。――やってみましょうか?》

 不意をついたように、直哉の独り言に応える声がした。

 隊長、村瀬弓香少佐の声だ。

「……へ?」

 でたらめな独り言にまさか同意があるとは思わず、思わず間抜けな声を出す。

 だが、隊長は全く変わらぬ調子で、

《これでも私、“VR釣り名人”では名人の称号を手にしてるんです》

「……そりゃ心強い。あのゲーム、俺はランク凡人のまんまで……」

 互いに言い合うのは、やはり仮想現実空間でのゲームの話。

 直哉も、隊長である弓香だって本物の魚など見たことはない。家畜以外の生き物を見るのだって初めてだ。

 しかし、

 ……隊長なら?

《普通に一本釣り……とは行かない感じですが――ちょっと工夫すれば、行けるかもしれませんね》

 なんてことないように、いたずらっぽく言う彼女なら、

《ちょっと、やってみません?》

 隊長なら、できるかもしれない。まるでゲームに誘うかのように笑う彼女に、直哉はそう思った。



 そして、隊長があけぼし格納庫から引っ張り出してきたのは、大型アンカーランチャー。

 先端のアンカーを対生物用に換装し、突き刺さった直後に返し刃を展開し確実に獲物を保持する――それはいわばもり

 隊長の迅雷は大砲よろしく、両肩に二基のアンカー射出機を担いでいた。

《では、作戦通りに。――二人共、よろしくね?》

「はい!」

《り、了解です――ッ》

 続けて直哉、ライトニング9、結城遼太の応答。

 ――弓香が言った“作戦”とは、こうだ。

 隊長が“どうにかして”魔竜に直接アンカーを打ち込み、“どうにかして”引き上げる。

 海上に頭が出た時点で直哉機が短刀で取り付き、重力浮揚ユニットを限界駆動。

 機体だけでなく周囲の重力も中和する最大出力でもって魔竜の重量を削り、持ち上げながらさらにAI機を取りつかせ、最終的に重量をゼロまで削って持ち上げきる――

 ……博打もいいところだろ、これは。

 自分の発言が発端とはいえ、でたらめすぎる作戦に直哉は頭を抱えたくなった。

《では、行きます!》 

 アンカーを担ぎ、勢い良く降下していく隊長の迅雷。

 前半、“どうにかして”の部分が完全に行き当たりばったりだが――

「どうするつもりだ――?」

 サーチライトを照らしていたAI機と交代するように降下する隊長機を見ていると、ふととんでもないことをやっているのが目に入った。 

「……ハッチを開いてる!?」

 彼女はあろうことか、コックピット前面のハッチを開き、生身の姿を海面に向かって晒していた。

 パイロットスーツは完全に気密が保たれ、酸素も機体から供給されているものの、あまりに突拍子もない行動に、直哉は目を剥く。

「な、何やってるんですか!?」

《人間をエサにする生き物なら、手っ取り早く私が釣餌になればいいのではと。ものの試しというもので――ほらほら、エサですよーっと》

 ……“ものの試し”で賭けられるチップかよ、それは!

 実に軽々しく自分を賭ける真似をやる。……だが、思い返せば直哉が隊長と仰ぐ彼女はそういう人だった。

 それは自暴自棄というわけではなく、

 ……絶対の自信に裏打ちされた行動。

 そうしても、“死なない”というでたらめな自信と、それを保証するだけの化物じみた腕が、彼女にはある。

 あー、もうこの人は、と思いながら見ていると、不意に海面が青緑に光を帯びる。ジェット水流が上がる前触れだ。

「来ます、隊長!」

《はいはい、大丈夫ですよ》

 隊長が答える間に、海面が破裂するように水柱が上がる。

 強烈な水流に、しかし煽られる様子もなく悠然とかわし切る隊長機。

 ……あんなでかいランチャーを二本も担ぎながら……

 しかもいつの間にかハッチは閉まっていた。内部の機器が水を被らないようにだろう。本当に抜け目のない人だ、と直哉は舌を巻く。

《やっぱり簡単には釣れませんね。こっちから引き上げに行ってみましょうか》

「……そんなことできるんですか?」

《あの水柱を撃つときは海面近くまで上がってきてます。ブレスっぽく口も開きますし、狙ってみましょう》

 気楽に言う隊長。だが、その提案に直哉はまたも絶句する。

 海面が光ったタイミングでアンカーを打ち込んでも、既にチャージは終わっている。アンカーが突き刺さる前に水流に吹き飛ばされて終わりだ。

 ならば、“口を開いた瞬間”あるいは、“口を開く直前”にでもアンカーを打ち込まなければならず、

 ……真っ暗な水の中にいる相手の、そんな兆候が読めるわけがない!

「そんなむちゃくちゃな――」

《できなきゃ次の手を考えるまでってことで。これもちょっと試してみるだけです》

 しかしあっさり言ってのける隊長。そんなやりとりの間に、また水面が光る。

《たん――》

 海面から水柱が高々と上がると同時に奏でられたそれは、鼻歌。

《たん、たん、たん、たん――》

 隊長の声が刻むのは、メトロノームのようなただ一定のテンポ。

 音を刻み、光を振りまき、海面すれすれの空を迅雷は踊る。

《たん》

 もう一度高々とブレスが上がるが、狙われた当人は鼻歌を続けながら軽々とかわす。

 ……まさか――

 直哉は一度その鼻歌を聞いたことがある。

 生き物にはテンポがある。だから対人戦は簡単だ、と。

 それが読みづらい相手だと燃えるのですけれど、とも。

 そして、そんなもん読めりゃ苦労しねぇよ、と悪態をついた記憶も――

《たん、たん、たん、たん、たん――》

 再度、隊長の迅雷を狙って放たれるブレス。しかし、彼女はこれも難なくかわす。

 サーチライトを点滅させ、煽るように海面を舞い、

《たん、たん、たんた――》

 淡々と刻まれていた鼻歌が、あるタイミングでテンポを変え、機体が瞬時にアンカーランチャーを構える。

 二つの砲口が水につくスレスレまで下げられ、

《たんっ!》

 そして、予兆も何も見えない海に二本のアンカーが射出された。

 飛沫を上げてアンカーが海水に飛び込み――コンマ一秒の静寂。

 言葉も音も途絶えた瞬間。そして、

《……来た!》

 言葉とともに、二本のワイヤーを引いて隊長の迅雷が急上昇する。

 プラズマジェットの光の尾を引き、天へ駆け登る迅雷。

 超靭炭素繊維ワイヤーが月光に二筋の影をかけ、そして――

《直哉くん、お願いします!》

 直哉の名を呼ぶ声とともに、海面が大きく波打ち、

「まさか――……!?」

 竜が、その頭を出した。



 魔竜の、その巨大な頭が海面に出た瞬間、直哉は覚悟を決めた。

 ……やるしかねぇ!

 隊長が賭けに勝ったなら、あとは相伴に預かるだけ――

 直哉はスロットルのコマンドで右手装備に八八式短刀を選択。機体は即座に魚雷発射機を投棄し、機体の右腕が腰裏に格納された高周波ブレードを引き抜く。同時に最大までスロットルを上げ、一気に加速のまま機体を突っ込ませた。

 海面スレスレを飛びながら暴れる竜を視界に入れる。改めて見るとその巨大さに息を呑まされた。

 映像記録や、データなどで見知っていたが、

 ……目の前にするとやっぱちげぇな、クソ!

《はいはい、いい子だから大人しくしてください、ね!》

 海面に出たり、潜ったりを繰り返し暴れる竜。それに振り回されるように、――あるいは逆に御すようにワイヤーを引く隊長の迅雷。

 そこへ通信で男の声が飛んできた。発信元は――あけぼし艦長。

《もういい! このまま主砲を撃ちこむ。味方を下がらせろ!》

《そんなこと言ってまた撃ち損じたらどうする気ですか。このまま水揚げしますよ速水くん――!》

 艦長の半ば切迫感を感じる声に、あくまでのんびり答える隊長。

 その言葉は明確な直哉への信頼があり、

 ……なら、応えるまでだ!

「了解! ――引き揚げて魚拓取ってやりましょうぜ!」

 右に左に、心底不愉快そうに暴れる魔竜。

 その周りを飛びながら直哉は魔竜が急所を見せるのをじっと待つ。ピリピリした緊張の中で、手はしびれを感じるほど強く操縦桿を握りしめていた。

 と、その時。

《ほーら――こっちです!》

 釣り糸ワイヤーからもがく魔竜。その力を逆に隊長に逸らされ、魔竜の頭が大きく反り返った。

 捻り上げられるように見せられるのは――竜の首裏。

 ……ここだ!

 確信と同時に直哉は最大加速。突きの構えで機体を突っ込ませる。

「――っだらぁ!!」

 激突。

 高周波ブレードは青緑のオーラを抜けて強固な鱗すら貫き、深々と突き刺さる。

『――ッオオオオオオオ!?!?』

「……こんの!」

 貫くと同時に刃をひねり、突き上げるように持ち上げ、深々と魔竜の体内にえぐり込む。傷口からはオーラと同色の体液が吹き出し、機体を青緑に染め上げる。

「大人しくしてろよ……!」

 魔竜を刺し貫いた刃が固定されたことを確認すると、直哉はコックピット前面のタクティカルモニターに触れ、機体動作モードを変更する。

 重力浮揚ユニットを、戦闘機動から重量輸送モードへ切り替え。機体自身だけでなく、接触した物体にも優先して重力の打ち消しを行うモードだ。

 さらに出力を最大まで引き上げ、

「このまま水揚げだヘビ野郎……!」

 推力を最大のまま、一気に持ち上げる。

 魔竜にかかる重力が直哉の迅雷の出力とともに打ち消されていき、徐々に頭を見せる。

 さらに、

「ライトニング6、7、8、来い!」

 直哉は直属のAI機三機を呼ぶ。

 三機同時に《了解》とテキストをよこし、三機はそれぞれ魔竜の首筋に刃を突き立て、機を固定。重力浮揚ユニットの出力を上げて魔竜を持ち上げにかかる。

《ライトニング3、4、続いて!》

 さらに隊長直属のAI機も魔竜の背に刃を突き立て、同時に重力浮揚ユニットを全開。

 プラズマジェットの輝きとともにさらに持ち上げる。

『オオオオオオオ!!』

 魔竜もされるがままではない。痛みと、持ち上げられる不快感に身を捻りのたうつ。

《はいはい暴れない暴れない――》

 隊長はそれに逆らわず、暴れる力をいなし、逃がすようにワイヤーを引き、直哉たちを振り払わせないよう力を殺していく。

《ライトニング10、11も加われ!》

《ライトニング2も来て!》

 引き上げられたところで、さらに残っていた結城、隊長の三機のAI機が次々に取り付き、魔竜に掛かる重力はさらに削られていく。

 同時に持ち上げる推力は増し――

「動いた……!?」

 直哉の手元に手応え。

 そして、加速度的にその巨体が動く。

 水面から引き抜かれるように、水しぶきを上げながら竜身が持ち上げられていき、

《よい――っしょお!》

 隊長の一声。

 総勢九機の迅雷が取り付いた竜を、

《お待たせしました――あけぼし、お願いします!》

 村瀬弓香は、上げきった。



 九つの光条を引き、天上へ昇る竜。満点の星と二つの月を背後に、飛沫を上げて一本の影が立つ。

 見ようによっては幻想的な光景に、しかし村瀬は一切の迷いも躊躇いもなく命じた。

「レールカノン、撃て!」

「――単装レールカノン照準!」

 次いで砲雷長が命令を飛ばし、あけぼしのレーダー、及び艦載機“迅雷”のセンサー群の支援を受け、砲は魔竜を捉える。

「撃ち方――はじめぇ!!」

「了解――ッ!」

 そして、砲術士がトリガーを引いた。

 轟音。

 火花とともに砲弾が放たれる。

 単装、大口径長砲身のレールガンから放たれたのは、改七式誘導砲弾。

 通常の砲弾と異なり、弾頭に小型のチップを内蔵し、母艦からデータを受け取りながら、限定的であるが翼で姿勢制御を行う事ができる。

 風を切り、慣性と空力の許す限り対象を追尾するそれは必中の砲弾。

 レールで極限まで加速され、放たれたそれは過たず、

『オ――――!?』

 直哉たちが取り付いた場所よりやや下、伸びきった魔竜の胴、その正中に着弾する。

 音速の徹甲弾頭は青緑のオーラと鱗を貫徹し、魔竜の脊椎を撃ち砕き、その身の中で炸裂した。

「弾着確認! ――敵、生体組織に損傷認む!」

 ……効いている!

 観測の声に、小さく拳を握る村瀬。

《こちらライトニング1……限界です! あと一撃――!》

 そこに激を打つのは弓香の声。

 着弾の衝撃で、魔竜を支えていた一部の機体は振り落とされてしまっていた。

 重力制御が十分でなければ空中での保持は不可能。打ち込んだアンカーも無理に無理を重ねているはずだった。ならばあと一撃が限界――

「次弾、改七式弾、装填完了!」

「――ってぇ!」

 弓香への応答に代えるように、村瀬は装填の報とともに追撃を命じる。

 衝撃に暴れ、身を崩した竜に、レールカノンはだめ押しの砲弾を打ち込んだ。

 着弾は後尾。胴よりも細い尾部は着弾後の炸裂で引きちぎれ、

「弾着確認――! 敵、海面に着水します!」


『オオオオン―――――……』


 月光の下に、断末魔の咆哮がこだまし、


 飛沫を上げて巨体が落下した。


* 


 瞬間。強烈な波が空間を打った。

 水や、大気の振動ではない。この惑星に満ちた“力”を震わせる大きな波。

 それは、意志。――あるいは恐怖。


「……ッ何だ!?」

 迅雷の中の直哉は、脳裏に自分のものでない感情が上書きされるような寒気を覚え、


「これは――?」

 艦長席に座る村瀬は、ぼやけた“何か”を感じ取り、


「ティルヴィシェーナの時と同じ――?」

 伏原和貴は、それを呼び声と認識した。


 痛い、苦しい、死にたくない。

 言葉を超えた、純粋な生存欲求としての、声。

 断末魔とともに、強烈にばら撒かれたそれを最も正確に受け止めたのは、


「魔竜の――声!?」

 ティルヴィシェーナ・カンネ・ユーディアリア。

“献身の巫女”――帝国において、最も神に近い少女だった。

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