第1-6話 巨人を狩る者たち

「なるほど? それが、君の能力っていうわけだ。でも、それじゃあ5秒後君は死んじゃったよ?」


 と。

 ぐい、と襟を掴んで俺を引き寄せた闖入者の声に、俺は聞き覚えがあった。


 振り下ろされた巨人の両腕から俺を救い出したのは、俺の腕のそれと似たような赤い光を目に宿したこと以外、昼休みに飯を食ったときと同じ胡散臭い笑顔を浮かべた級友、中臣だった。


 なんて展開だ。ご都合主義にもほどがある。知り合いの墓参りにきたら涼宮が現れて俺の地雷を踏み抜いて、機嫌が最悪になったところで謎空間に巻き込まれてバケモノとバトルをするはめになったと思ったら、ピンチを助けに来やがったのが、クラスメートときたもんだ。今時、現代超能力バトルものでもやらないベタかつ無理のある展開ではなかろうか。


 俺が通販サイトでレビューをつけるなら「もっと自重しろ」とでも書きこむね。しかし悲しいかなこれは少なくとも俺の主観においては現実で、このシナリオを書いているであろう神様だかなんだかに酷評レビューを叩きつけるようなインターネットは存在しないのであった。


 中臣は俺を引きずって巨人から距離をとると、謎の敵に向かって……

 何もしなかった。


 おい。あれだけ格好をつけた登場をしておいて様子見か、中臣。それともなにか。某スーパーな野菜の星のバトルジャンキーみたいに、超必殺技に備えてエネルギーかなんかを溜めているところなのか。一週間同じポーズを続けるとか言われても敵は待っていてくれないしCMもはさまらないし、どこにいるかもわからない視聴者連中からクレーム待ったなしなんだがな。


「ごめんね? 僕の能力は攻撃向きじゃないんだ。『予見プレディクション』って言ってる。5秒くらい先のことが見える程度のぽんこつな力さ」


 能力、能力ときたもんだ。中臣、おまえは本当にそっち側の人間だったんだなあ、と、俺は妙なところでしみじみ感心してしまった。しかし、そんなことをしている間に、どしり、どしり、と横綱の四股めいた衝撃を立てながら、2m級の謎巨人はこちらへと近づいてくる。


 それで、中臣よ。おまえのそのなんちゃらとかいうミラクルパワーは今何の役に立つのだ。


「そうだねえ? 死なない程度に逃げ回ることができるかな」


 超頼もしいなくそったれ。こっちは数分アレを相手にするだけで疲労困憊、我が膝は吉本の客のように大爆笑を繰り広げているというのに。このままじりじりと逃げ回ることしかできないのか。


 いや、ちょっと待て。おまえはこの謎空間に外から入ってきたんだろう? だったら、逆に抜け出すことはできないのか?


「無理だろうね? この空間の「壁」は概念的なマジックミラーだ。来るものは拒まないが去るものは決して許さない」


 巨人の四肢が射程圏内に入る。若干コンパクトに繰り出された拳を、俺は赤い光を盾のように腕にまとわせて受け流す。そう。この光は、防具として使うものであるらしい。イメージするのは、剣道の小手。光が手を覆っている間は、この巨人の超絶パンチを、辛うじて受け止め、受け流すことができるようだった。


「君のは、『防護プロテクション』といったところかな。体を覆い、守る力。敵を引きつけて時間を稼ぐにはもってこいだ」


 中臣の御高説を聞きながら一撃、二撃と攻撃を受け流す。三発目を止めようとしたところで、ふ、と俺の手から赤い光が消え去った。まずい! 拳はそのまま直撃コース。謎の赤い光パワーがなければ俺の腕は、周囲に転がる暮石のように木っ端みじんである。が。


「その展開も、見えてるよ?」


 すぱん、と中臣が俺の足を引っかけて転倒させ、巨人の攻撃は空振りに終わった。

 なるほど地味だが便利だなそれ。

 しかし、それでも埒があかないことには変わりない。展望はあるのか優等生よ。


「安心していいよ? もうすぐ仲間がくる。うちの最大戦力がこの異常に駆けつけないはずがない」


 さも自信満々だが、その最大戦力さんとやらは、あのバケモノを粉砕できるんだろうな。


「賭けてもいいね? これまで発生したアレを倒したのは、全部彼女だから」


 うへえ。世の中には凄まじい女傑もいたものだ。うちの師匠も大概かっとんではいるが、アレと互角の戦いはできても倒すことはできないだろう。攻撃を受け流せても、こちらの攻撃が効きそうにない。分厚い重機のタイヤを素手で殴るようなものだ。攻撃を受け止めることすら、あの赤い光パワーがあるから辛うじてできたようなものの……待てよ。


 大きく息をつき、赤い光を腕にまとわせる。今までの応酬から、およそ6~7秒の発動につき、10秒ほどのインターバルが必要だと、俺は自分の身に押し付けられた謎パワーの性質を分析していた。いける。いけるはずだ。


 巨人の周りを円を描くように回り込む。動き自体は比較的緩慢な相手、背後をとること自体はさほど難しくない。俺は、赤い光を維持したまま、一歩踏み込むと、


 足、膝、腰、胸、肩、肘、手首、全ての回転を一にする。収束点は赤の光を宿した自分の拳。狙うのは、無防備に伸びた、巨人の脚の付け根。その一点を、打ち抜いた。


 拳に衝撃が走る。だが、耐えられないものではない。中臣曰く『防護』の力は、ボクシングのグローブのように、俺の拳が謎巨人の耐久度によって破壊されることを防いでくれたらしい。


 そして。ぐらり、と、巨人の体が揺らいだ。


 やっと、一撃。俺の拳の赤い光は、巨人の理不尽な攻撃を無効化した。ならば、理不尽な耐久性や理不尽な安定性だって無効化できるのではないかという適当な思い付きだった。けれども、あながち的外れではなかったらしい。


 だが、それだけ。姿勢を崩すだけで、それ以上のことは、俺にはできない。

 と。瞬間、


 ――赤の光弾が、巨人の頭を撃ち抜いた。


 一つ。二つ。四つ。八つ。

 頭を。腕を。脚を。胸を。次々と赤の軌跡が貫き、巨人の青の輪郭を引き裂いていく。


 巨人は飛来した赤い光の弾丸によってずたずたにされ、傷口から気体のような青い煙がゆっくりと滴り、希薄化してやがて消滅してしまう。


 あれほど苦戦した巨人をあっけなく蹂躙した人間の正体を確認すべく、俺は痛む体を回転させた。


「お待たせしました」


 柔らかい、女性の声。聞き覚えのある、お屋敷でメイドでもしていたら、はまり役間違いなしの優し気な言葉。


「彼が、新たなお仲間ですかな」


 渋い落ち着いた声。校門で何度か聞いた、物腰の柔らかい紳士の語り口。

 そこにいたのは、俺に墓地用の花を見繕ってくれたエプロン姿の美人の女店員さんと、いつか中臣を校門まで黒リムジンで迎えに来ていた、ロマンスグレーの執事のおっさんであった。

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