scene4 黒田


 黒田武史くろだたけしは壁に背を預けた体勢で、田島先生が赤穂士郎に声をかけるのを、腕組みして見ていた。

「おい、赤穂。赤穂士郎」

 赤穂士郎。短髪の天パー。目はぎょろりとしていて、唇は厚い。美男子ではない。不細工といっても言い過ぎではないだろう。

「なんすか」

 赤穂士郎は小さい方ではないが、百八十センチちかくある田島先生と比べると少し小さい。百七十後半といったところか。

「おまえさ、なんにも部活やってなかったよな」

「ええ、やってないっすよ。おれ、こう見えて中学のころから帰宅部のエースですから」

 ポケットに手を突っ込んで口を尖らせる。目上の人と話すときの態度ではない。こいつはきっと、いいかげんな人間にちがいない。人間がいいかげんなやつは、例外なく服装もいいかげんだ。詰襟の制服の前ボタンを全部外し、下に着た赤い派手なティーシャツを見せている。

「おお、そうか。じゃあよ──」

「やらないっすよ。こう見えて忙しいんすから」

 が、勘は良さそうだ。反応もいい。というか、要領がいいだけか。サムライよりも太鼓持ちが似合っている。

「まだなんも言ってねえじゃんかよ。第一忙しいって、どうせゲーセン行ってゲームするだけだろ?」

「いいじゃないですか。二十時までにはちゃんと店出てますから」

 ゲームするしか能のない奴だ。現実世界で実際に何かを成すことはないだろう。所詮口先だけ、非現実の世界でヒーローになって悦に入っている妄想野郎だ、この赤穂士郎という男は。

「じゃあよ、赤穂、おまえ、剣豪戦隊に入れよ。剣豪戦隊ブゲイジャー。焼肉おごるからさ」

「はあ? なんすかそれ。どこから焼肉がでてくるんですか」

 まあ、たしかに焼肉というのは突飛だ。田島先生、いや但馬守たじまのかみが言うには、「レッドを誘うには焼肉」ということだったが、まったくもって訳が分からん。

「お、興味出てきたか」

「いえ、まったくもって無いです。焼肉も要りません」

 断ってくれて助かった。おまえがブゲイジャーのレッドということは有り得んよ。黒田武史は、去ってゆく赤穂の背中を見送りながら、壁から背を離す。ゆっくりと但馬守へ歩み寄った。こちらに気づいた但馬守がちいさく肩をすくめる。

「断られちまった」

「その方がいいですよ。あんなやつ、いりません」

「でも、ゲーマーだぞ」

「但馬守は──」

「ここでは田島先生だ」

「田島先生は、なにかゲーマーという人種に特殊な思い込みをお持ちのようですが、やつらはただ好き勝手に遊戯にふけっているだけの輩です。大きな期待を持てば、のちに失望を味わうばかりですよ」

「黒田」田島先生は、片方の口元をつりあげる得意の笑顔を見せた。「おまえ、堅いねえ」



 

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