* * * * * *

「うまく運び出せたね」

手続きプロトコルの描写は省略された。銃を分解して荷車の鉄パイプに銃身を紛れ込ませたり、木材の中に銃床を紛れ込ませたり。或いは干し草の中に。色々だ。ある物は陸を経由して、ある物は船を経由して。怪しまれない程度に分散しながら集結させ組み立てられる。問題は手続きや過程の具体的な責任者と実行者でなく、匿名の有象無象や一般的『人間たち』が総合して成し遂げた結果である。と、アジア人は信仰する。そこに契約関係と責任者は存在しない。不明な金銭の移動と相互監視の不在無限責任のみだ。誰が決定者でも無いから、誰にも責任がないと同時に、誰もが槍玉に上げられる可能性を持っている。ゆえに悪事・違反行為・犯罪は隠匿される必要がある。誰もが『足抜け』や『一人勝ち』を許さない密告社会であるから。

 武装した子供たちは各々のライフルや散弾銃を配られる。BBガンや二二口径で訓練したように、装填し、撃鉄を起こし、狙い、引金を絞る。作動の仕方に差異はあれどその一連の動作が必要であるという事は脳に刷り込まれたようだ。一部の物分かりの良い子供たちにはレコードプレイヤーデグチャレフ保弾板ハーモニカのオチキス、ゾロターンMG30といった機関銃が配布され、より詳細な訓練を施す。或いは迫撃砲の扱い方と間接照準の弾道の概念を……。いずれ地図の作成も必要になる。それは算数マスマティックスの授業です。ペンPenは銃よりも強し、ゲイシャコールガールハラキリアラキリ、シャルリ・エブド。銃弾はいずれ重力に落下し地面を抉る。

 華子が強調したのは「味方に銃を向けてはならない」という事だった。安全管理として、薬室を空にしておく事。装填や射撃といった号令と命令に従う事。年長者/班長の指示に従う事。違反者は罰せられる事。それらは弩弓クロスボウで武装していた時と変わりなかった。

「撃て!」<con fuoco>

抗日大刀を振りかざして、華子が命令した。バービー人形は銃弾に分解されていく。精度は上々。再装填の号令に、尾栓を開いて空薬莢を排出、薬室に弾薬を滑り込ませる。浮き上がった問題点を帽子屋がフィードバックし、各個体を調整する。指揮系統は引き継がれ、各スモールボーイ・ユニットの小隊長には短機関銃を携行させる。

(我々の肉体や動物、植物、いや原子や粒子に至るまで、この世界そのものが展開方法を失った情報圧縮・伝送技術だと考えた事は?)


 横隊はリズミカルに銃声を響かせている。<sostenuto>エロチシズムの根幹とはその侵襲である。蠅がわんわん鳴る汚物の臭いが漂う便所でシモーヌの白い尻を掴んだ。一物Penisは怒張し女陰を、個人と個人の境界を、姦通じ合うPenetrate。言葉が越境している。銃弾が空気を切り裂く音。華子は反射的に身を屈める。

 ジルベールとアヤメはベッドの中で共に絶頂オルガズムを迎えると、海綿体は震えて降りた子宮に空白ブランクの精を吐き出す。

 敵・的テキだ! 抗日大刀を銃声の方向に、装填、射撃命令。十二番ゲージのブドウ弾はその粒を一発につきおよそ九発、一斉射撃は文字通りの銃弾の雨を水平方向に降らす。

 生い茂る葉っぱが切り裂かれている。花の首が飛ぶ。

 後方支援部隊の軽機関銃の遊底は激しく前後運動して空になった薬莢を吐き出している。オズは指向性散弾対人地雷の起爆装置を叩いた。爆発音が轟いている。ダイヤモンドとは、すなわち屈しない事。

 華子は前衛部隊に集合命令を出す。銃を持たない子供たちは手榴弾だけを携えて、それに追随する。スペードはつるぎ。帽子屋が頻繁に訪れていたのが追跡されたのでは? 解放戦線? 赤いクメール? と、数多のインタロゲーションマークが脳裏に浮かぶが。密林の丘から銃撃。その発砲音から騎兵銃カラビナーだろうと思われた。擲弾手に柄付き手榴弾の紐を手首に巻かせる。機関銃の掩護によって頭を下げさせ、華子の指示で、手榴弾を投げ込む。紐は外れてその摩擦により着火、ぽんぽんぽんと小気味よく破裂音が続く。

 静寂。

 有栖は死体に浮かんだ絶縁破壊のリヒテンベルク図形の皮膚を剥ぎ脳と呼ばれる脂肪で鞣す。蝶形骨と耳を蒐集している。軟骨はコリコリとして美味しい。

 華子は医療・糧食担当を呼ぶと虫の息をしているを治療させる。ハートは幻想心臓肉体。相手はそれを拒否する。傍に座り詰問する。

越南ベトナム? カンプチア? 中国?」

相手は答えなかった。華子の顔を睨みつけながら懐に手を伸ばし、手榴弾のピンを抜く前に死んだ。オズが立ち尽くして言った。

「結局、誰だったんだろう」

「肌色が明るいから。たぶん華僑だろう」

「華子を殺しに来た?」

「かもな、」

オズは唇をきゅっと噛んだ。隣り合っていても永遠の距離があった。

 身元の分かるような物は何も持っていなかった。その騎兵銃を除いて。チェコスロヴァキア製モデル五二/五七。独自規格の弾薬はソ連規格の口径に改修されていた。

「お前が手を入れたやつじゃないのか?」

華子は帽子屋に騎兵銃を投げ付ける。帽子屋は薬室をクリアにしてそれを覗くと頷いた。

「ああ。確かに僕のとこで預かったものだ。ここらへんじゃ珍しい型でね。破損部の予備部品が調達しづらくて。まあ一部は削り出ししたりして直したんだけどさ」

「ビン=スエン派の残党や華僑のゴロツキも取引相手か?」

「君も含めて、そうだろうね」

「真面目に答えろ」

「真面目に答えてるさ。なあ、僕は取引相手には拘らないよ。だけど拡散した銃の暴力性の所在までは責任に問われる筋合いは無いと思うんだな。こっちも商売あきないでやってるんだから」

越南共産ベトナムコンサンが攻勢をかけたと聞く。北爆の再開も。既に便衣兵ゲリラが浸透してきている? 赤いクメールも米軍の監視を逃れて国境を越えてきているかも? それとも単に帽子屋を尾けて来たヤクザども? いや敵の種類は問題ではない。重要なのは生きる事だ。

 開発・兵站担当は帽子屋に火器の構造と簡単な分解・整備・修繕の方法を学ぶ。薬莢の再利用方法や、口径、火薬の違いなど。クローバーはツメクサ。蜂はその蜜を集めヒトは貨物の梱包に利用する。

「敵はどこに潜んでいるか分からない。連絡を密にして、昼夜に歩哨を立て、警戒を怠るな。♠斥候隊も出す。♢船から国境の監視も行う。陣地構築もだ。

――街で目立った行動をするな。♣帽子屋のからブツを持ち帰る時、尾けられないようにしろ。尾行されたら撒け。♡食料の採集と畑は続けてくれ。薬草や医薬品の収集も……」

 兵隊こどもたちは各スート毎に役割を与えられ一組のトランプとなる。

 Piquesは前衛と斥候を。

 Carreauは掩護と防衛を。

 Trèfleは兵站と開発を。

 Cœursは治療と糧食を。

 そのRoiたる華子は少し思案すると呟いた。

「野戦電話。それに無線受送器トランシーバーも必要だ」

(僕らは花と花の間を飛び交う信号シグナル音の虹色の蝶)

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