* * * * * *

「問題は密告よ」

と、ゴロワーズの煙を吐き出しながらアヤメが言った。洋風のベッドの中で二人は汗ばんだ肌が触れ合って体温を交換している。ジルベール(ギルバート)軍曹は煙草を抓んで取り上げて接吻ビズするとその唇に煙草を挿し戻して言う。

「南の住民に対するテロの為に武装する事か? 自己防衛の為に?」

ジルベールはベットから降りると台所キッチンに立ち沸いたケトルから湯を即席コーヒーの粉末に注ぐ。

「別に自警団ヴィジランテになろうってんじゃない。ただあたしたちは周囲の情勢において、ただ翻弄されるだけの存在になりたくないだけよ」

「分離独立と個人主義か? 合衆国憲法修正第二条?」

「そんな大したことじゃない……問題は、生きる事」

ころしおれたちに任せろ」

「任せられれば良いんだけどね」

ジルベールは二つのカップを持って戻り、一つをアヤメに渡す。カップは小さく触れ合って音を立てる。

「ねえ、あなたは居なくなってしまうんでしょう?」

任務しごとが終われば。そうだろうな」

「私と一緒に居て。ジルベール。を守って」

ジルベールはその唇をふさいだアンブラッス。夜の世界に生きる白い柔肌を愛撫する。髪を撫ぜる。指が身体の、背中の、下腹部の傷痕をなぞる。唇を離す。

「それってプロポーズ?」

「いいえ。どちらかと言えば告白コンフェシオンね」

「君は美しい、アヤメ・マリアンヌ・ヒムカイ。生きる事に貪欲である事と、何より自分に正直な事。俺にとっての美の女神ヴィーナスだ」

そんなうわべの言葉! 上目遣いに彼を睨みながらコーヒーカップで顔を隠した。(Mais le monde est composé de mots.)

「君たちは一枚岩じゃあない。娼婦たちの中にも、武装独立を願っていない者も居るだろう、恐怖テロルに屈して仲間を売る者も出るだろう。だから、問題は密告だと?」

「そんな事は、どうでもいいの」

どうでもいい? ジルベールは甘いコーヒーを一口飲んだ。アヤメは言った、「妊娠したの」。

「あなたの子供よ。私はそう信じてる」

ジルベールは少なからず動揺した。何故そうだと? 他の男たちには避妊具を使わせていたもの。直接愛し合ったのは、身体を許したのは、あなたとだけ。あなたの子よ。と、アヤメは答えた。二人はコーヒーのカップを置いた。懇願するように見つめ合った。

「だけど……」

俺は被曝軍人アトミック・ソルジャーだから、――いいえ。問題は可能性/希望Possibilitéなのよ。ヒロシマやナガサキだって、今でも子供が生まれ、命が紡がれている。人々は生きている。それだけでも反証にならないかしら?

 アヤメは目を伏せるジルベールの顎を指で持ち上げて言った。錘の付いたスリープ・アイのフランス人形が人間の戯れによってその目を見開かれたようだ。

キスしてBaise-moi。身体中に。獣のように。貴方という存在を私の奥に刻印して」

男は女に口付けすると互いの舌を絡め合いながら下着ランジェリーを脱がせる。体液を交換する。汗は混じり合ってその熱を放散する。同じように何度も、愛してる、愛してる、と互いに囁き合った。その言葉が憑り代となるように。その言葉のみを頼りに二人は関係し、幻想し、繋がっていた。


 * * * * * *


 問題は電圧だ。と、有栖は思った。死体から集めた各部品は赤い裁縫糸で繋ぎ合わされ、眼も心臓も性器も指も、全てが揃っている。必要なのは一・二一ジゴワットの電圧のみだ。繋ぎ合わされた死体を電気椅子に座らせる。蝶の標本用の保存液を注射すると、湿らせた海綿スポンジに帽子状の電極を被らせて、足首にも一つ繋ぐ。

 刑を執行する。罪状は生まれ落ちた事。電気は死体に流れるものの硬直した肉は痙攣する事もない。焦げた臭いだけが漂う。

 つまり死体は動かないままだ。

 ああ、どうして上手く行かないのだろう。と、有栖は思った。僕はただ自分の命令に従う奴隷が欲しいだけなのに。この妖しい実験には猿轡と目隠しを施された哀れな参列者が一人いて、有栖は死体をどかすと、それを電気椅子に座らせ頭蓋骨を穿孔トレパネーションし、脳に塩酸(胃液)を流し込んでみた。悶える人間に電極を繋げると電圧を加える。脳を焼かれた被験体はびくびくと痙攣し、絶頂オルガズムすら覚えたように見えたが、そのショックにやがて動かなくなった。

 奴隷とは……? それは契約関係とも異なる。人語を解すヒト家畜というだけだ。言葉……それによって繋がる手段を絶たれた僕らは、どうやって他人を隷属させれば愛せばいい?

 薄暗い地下室にノックの音が響いた。

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