星守と異国の少女

 

 


 それは冬のある日のできごと。




 地平線に恒星が隠れ始めると、銀麗草の丘の上に立つ小さな家から老人と少年が出てきた。


 白い外套に青い手袋、まあるいほっぺたを林檎のように上気させ、白い吐息を短くほっほっほっ、とひらいた口から出しながら、少年は老人をせかすように何度もふり返る。

 古ぼけた茶色い外套を羽織った老人はそれを見ると、白ひげの奥でもごもご何か言った。少年はそれにうんと一つ頷いて、丘の上に立つ白亜の巨塔へと走り出した。


 少年が丘の影に見えなくなると、老人は手に持った三つ重なった金属の筒を顔の前にかざす。老人がそれの端を引っ張ると、カシャリカシャリと細長く伸びた。望遠鏡だ。


 老人はしばらく夕焼け空に顔を出し始めた星を一つ一つ眺めていたが、ふと何かに気がついたように望遠鏡を下ろし、下に広がる銀麗草の平原に目を凝らした。


 ポッと小さな、しかし強く赤い光が平野に灯る。そして音もなく動き出し、だいだい色から深い青へと染め変えられつつある銀のキャンバスに細い直線を描いた。すると今度は赤い光が左斜め下へ、右斜め上に、右斜め下へ、最後に左斜め上へと動いて始点へと戻って止まった。


 銀麗草の平原の上には赤く光る五芒星が描かれたのだった。


 にわかに五芒星が一層強く光り始める。そして雷鳴のような空気を切り裂く音がとどろくと、その星の中心に一人の少女が現れた。


 燃えるような赤い衣服はここらの星域では見かけない特異なもので、花柄があしらわれた上下ひとつなぎの赤い布を腰に巻いた黄色い帯でまとめている。髪は後ろで結い上げ、宝珠の飾りがついた髪留めを挿している。足には指先が二股に分かれた白い靴下、二本の紐だけで留められた高さのある黒い靴。


 異国情緒溢れる不思議な装いの少女に老人はしばし驚きと興味の視線を注いでいたが、望遠鏡を小さくたたむと丘の下の少女の所へと歩き始めた。


 辺りをきょろきょろと眺めていた異国の少女のもとへ老人が近づく。


「お前さん、どこから来たんじゃ」

「む。住人がいたのか。私は和星から来た。名を清明という」

「ワボシ……聞いたことないの。さっきのはなんじゃ。赤くて大きい星の印と一緒に現れたようじゃが」

「転移陣のことだなっ?ふふん、あれは家の外の庭から宴会場に現れようと思って組んだのだ。ま、まあ見たこともない星に飛んでしまったが」

「失敗したということか」

「むう……い、いや、むしろ大成功と言ってもいいだろう!こんな遠くまでやってきたのだからなっ」

「遠くかは知らんが、ここはエトリュール星域の名もなき星じゃ」

「エトリュール星系!?まさかあの星界の導き手の時代アージュ・デ・エトファーレガーディアの名残があるという……!!」

「よく知っとるの。儂の孫は星灯ほしあかり作るのが楽しいだけで、そこらへんのことはなんにも勉強しとらんわい」

「後継者がいるのか!?」

「儂はやめとけと言っとるんだがの。まあそのうち飽きるじゃろ」

「むむ……それはもったいない」

「決めるのはあの子じゃ。ところでお前さん、帰るあてはあるのか?」

「陣を組む道具は全部あっちに置いてある!」

「つまり」

「戻る手立てはまったくないぞ!」


 胸を張ってそう言った少女に老人はあきれかえる。


「……そんな自信たっぷりに迷子と言うやつがおるか」

「ここにいる!」

「はあ……まいったの。親のいるわっぱをここに置いておくわけにもいかんし……」

「むむ……そうだっ!ご隠居殿、『星渡の扉』はあるか?」


 頭を悩ませていた老人は顔を上げた。


「ん?鍵を持っているのか?」

「この通りだ!」


 はたして少女が懐から取り出したのは、古びた金属の鍵だった。赤みがかかった金属で出来ていて、持ち手の上には五芒星がついていた。


「それを持っているとは……ここは列車が来ないから少し面倒な旅路になるかと思ったが、手間が省けたわい。扉なら塔の上にある。丁度これから行くところじゃから連れてってやろう」


 老人がそう言うと、少女は目を見開いて詰め寄った。


星守ほしもりの塔に連れて行ってくれるのか!?星灯りは?光はまだ灯してないのか!?」

「迷子なのに元気じゃのう。安心せい。まだこれからだからついでに見せてやる」

「本当か!!?嘘は針千本だぞ!」

「針千本もどうするんじゃ……」

「もちろん呑ます!」

「それは遠慮したいのう」


 それから少女と老人は丘を登って巨大な白亜の塔までやってきた。

 天まで届きそうなくらい高く築き上げられた白い塔は、途方もない大きさにもかかわらず、少しも威圧感を与えない。

 壁には汚れ一つ見当たらない。しかし、まるで悠久の時を過ごしてきた様な荘厳で静謐な空気を纏っていた。


 少女は塔を見上げて感嘆の溜息を漏らす。


「すごいものだな……てっぺんが見えないぞ。こんな高い建物は和星にはない」

「今となっては誰も造れないわい。儂らは先人が遺した物をありがたく使わせてもらっておるだけじゃ。まあ、それもいつまで続くか分からんがの」

「後継者に期待だな!今日はいないのか?」

「先に上に登っておる」

「そうか、会うのが楽しみだ!」

「ただのクソガキじゃよ……優しい孫じゃが」


 強面の顔に少し照れた表情をにじませた老人は、それを誤魔化すように少し乱暴な手つきで塔の扉を開けた。


 塔の中はほとんど窓がないので昼間であっても薄暗い。だが、すぐに壁に埋め込まれた星のランプが光を放ち始めて部屋全体を照らした。


「ほうっ!」


 がらんとした空間の奥ににどっかりと鎮座するのは広い階段だった。


「これをてっぺんまで登るのか!」

「いや、それだといつまでたってもつかないからの。こうやって……」


 老人は瞑目すると、手を床にかざしてまじないを唱えた。



『我は星の子 夜空の下に生まれ落ちし宇宙の子 星界を照らす星守なり』



 すると青白い光とともに、幾重にも重なった幾何学模様が足下でぽうっと浮かび上がった。


「おお!」


 まじないを言い終えた老人が目を開ける。


「これでよし。このまま階段を登ってゆけば、気がつくとてっぺんじゃ」

「どれくらい登るのだ?」

「さあ……儂にも分からん。今日はどれくらいかかるかの」

「?」


 その言葉に少女は首をかしげるが、老人はかまわず階段へと歩いて行く。






「む!?着いたぞ!」

「今日はけっこう短かったの」

「そうなのか?」

「客人がいたからかもしれん」

「つまり私のおかげだな!」

「お前さんは何事にも自信たっぷりじゃのう」


 高い天井のドーム一杯には大きな星図が描かれ、時間の経過とともにゆっくり動いていた。隅の本棚には古めかしい本がぎっしり詰まっておい、その横には小さな机とインク、羽ペン、描きかけの羊皮紙と銀河の資料が乱雑に置かれている。

 部屋の奥には大きな窓があり、塔のある星の表面と夜の星界が広がっていた。


「すごいものだな!」


 少女は好奇心いっぱいに黒い瞳を輝かせ、磨き上げられた大理石の床をカタカタ歩いて回った。


「あれ?お爺ちゃんその女の子はだれ?」


 唐突にそんな声が聞こえ、少女が振り返ると、部屋の中央に置かれた奇天烈な形の機巧からくりの後ろから可愛らしい少年がひょっこりと現れた。


「また機械を弄っとったんか」

「うん。なかなか面白いよ」

「我が孫ながら変な趣味じゃ」

「そうかな?」


 少年は機巧からくりから飛び出している真鍮のくだを撫でながら笑った。


「む……後継者か!」


 少女は異国の服の袖を跳ねあげ、黒い靴を鳴らしながら少年に近寄った。


「こ、この女の子はどこから来たの?まさかお爺ちゃんの隠し子?」


 見知らぬ少女に間近でジロジロと頭のてっぺんからつま先まで見られて、やや後退りながらも少年は老人に尋ねた。


「そんなわけないじゃろ。迷子じゃよ迷子」

「迷子?こんな星界のはしっこにどうやってくるのさ」

「なんじゃったか……テンキリン?赤い五芒星が銀麗草の平原に浮かんでの、ひょっこりそこのわっぱが出てきたんじゃ」

「転移陣だ!それに私には清明という名前がある!」

「セイメー?不思議な名前だね。その服も見たことがないや」

「む。私は『せいめー』ではない。『せいめい』だ」

「セイメイ?」

「うむ」


 尊大に言う少女は少年から離れて機巧からくりに近づく。


「これは……真鍮製か。鉄や銀も少々。変なくだに読めない沢山の計器。ご隠居殿、これが?」

「ん?そうじゃ。それが星灯りを生み出す機械になる」

「そうか!すごいな!まったく使い方が分からないぞ!」


 横のレバーや計器を触り始めた少女を少年が慌てて止めに入る。


「ちょっと、せい……セイメイ!勝手に触ると危ないよ」

「む。それは失礼した。物珍しくてついな」


 少女は忠告に素直に従って機巧からくりから離れた。


「そろそろ時間じゃの。ほれ、準備をせい」

「はーい」


 少年は気の抜けた返事をして壁に据え付けられた棚まで歩く。棚には天井近くにまで透明や褐色の瓶がいくつも並べられ、中には色とりどりの光る星の欠片が入っていた。

 少年は梯子登っては瓶を一つ一つ選んで開け、星屑を手に持ったお盆の上の容器に銀色の匙で入れていく。


「美しいな……まるで星界に浮かぶ星々や銀河の煌めきの如し」


 少年の作業を見守りながら少女は壁一面に並ぶ星々の息吹に感じ入った。


「確かに珍しいかもね。例えばこれはアンドロメダ銀河から取ってきた星雲の一部だよ」


 少年が掲げた瓶の中には無数の小さな粒がかすかに光る鼠色の雲が渦巻いていた。


「星雲を?どうやって?」

「星海に船で行って、隕石を削った匙でこう……すくうんだよ」


 少年は手を大きく回してその仕草を見せる。


「ふむ。それではよく分からないな。実際に見たいものだ」

「今は冬だからね……取りに行くのは初夏の頃だよ」

「そうか、それは残念だ」

「また来ればいいじゃないか」

「私は和星に住んでるからな……ここへ来るのは難しい」

「そっか……」


 残念そうにそう言った少女。それきり話は続かず少年は作業を続けた。




「さて、星守ほしもりの仕事をちと見せるかのう。まあそんな大したものでもないが」

「うむ!」

「お爺ちゃん、僕がやるのは駄目なの?」

「材料の分量が少し間違っとったぞ。これではまだ任せられん」

「むむ……ちゃんと取ったと思ったのに」

「何度もやっとればそのうちできるぞい」

「がんばる」


 老人は少年が準備した星々の材料を一つ一つ機巧からくりの中に入れてゆく。


「リゲル二さじ、アルタイル一さじ、それから星水を小瓶に半分、水晶星すいしょうぼしの粉末、星嵐ほしあらしちり。それからアンドロメダで取った星雲を大さじ三杯、小惑星の粉末……」

「たくさんあるのだな」

「まあの。星界で集めた材料を混ぜ、それがうまく噛み合うと強い光を生むんじゃよ。恒星の輝きをうんと小さくしたものだと言えば分かりやすいかの?」

「恒星の再現ということか……それでは熱で溶けたりしないのか?」

「そうしないように材料と量を慎重に選ぶのじゃよ」

「なるほど!」


 簡単な説明だったが、少女は納得したのかそれ以上何かを聞くこともなく老人の作業をじっと見守った。


「これでよし。いつも孫にやらせるのじゃが……お前さんやってみるか?」

「なにをだ?」

「星灯りを点けるんじゃよ」


 少女は驚きで大きく目を見開き、喜びのあまり飛び跳ねた。


「なに!?やる!やるぞ!絶対だ!やらせてくれなきゃ針千本!!」

「呑むのは遠慮したいのう……」


 老人は困ったようにそう漏らし、上着の物入れから懐中時計を取り出した。


「そろそろいい時間じゃな」

「もうなのか!?どうすればいいんだ!?」


 老人は少女をなだめながら、機巧からくりに据え付けられたレバーを持つように言う。


「落ち着きなさい。そこの窓から星々が見えるじゃろ」

「うむ」

「この星の地平の端っこも見えるか」

「うむ」

「あそこから赤い星、ついで三つに連なった白い星が見えてくる。そうしたらこのレバーを思い切り右に倒すんじゃ。そうすれば入れた材料に恒星の小さな火種が落ちて星灯りができる。レバーは少し重いから気をつけるんじゃよ」

「うむ」

「あとはレバーを倒したら目を閉じよ」

「なぜだ?」

「ちょっと眩しくなるからじゃ」

「うむ。了解した」


 少女はレバーをぎゅっと握りしめ、窓の向こうの星界に目を凝らした。老人と少年がそれを見守る。


 星の地平の彼方から、赤い光が一つ顔を出す。続いて横に連なった白い輝きがゆっくりと現れた。


「今じゃ」

「!」


 少女は体を預けるようにして、重いレバーを右にめいっぱい倒した。


 ガクンと部屋が大きく揺れて、機巧からくりの真鍮のくだごうっと震える。そして天井のずっと上から大きな爆発音がして、部屋の中が光に包まれた。


「!!」


 だがそれもすぐに収まり、老人の「善いぞ」という声で少女と少年は目をひらいた。


「おお!」


 少女は感嘆の声を上げる。

 窓の外からは黄色い光がこぼれ落ちてきていた。それは目を閉じねばならないほどまぶしくはないが、確かな強さと温かさに溢れた不思議な光だった。


「地味じゃろ」

「とんでもない!こんなに美しい光を見たのは初めてだ!!」

「それは嬉しいのう」


 少年がいつの間にか用意していた紅茶を飲みながら、三人はしばらく窓の外のあかりを見つめていた。






「さてもう大分遅い時間じゃ」

「む。も、もうそんな時間か」

「親御さんが心配してるじゃろ。早く帰った方がええ」

「う、うむ……」


 とっくに空っぽになったカップの底を眺め、少女は寂しそうに俯いた。

 それを見た少年が首をかしげる。


「お爺ちゃん、セイメイはどうやって帰るの?」

「ん?星渡の鍵を持っとるみたいだからこの部屋にある扉を使って帰れるみたいじゃよ」

「そうなんだ……うん!ちょっと待ってて!!」


 少年はそう言って塔の階段を駆け下りていった。


「土産か?家にはおなごが喜ぶようなものはなにもなかったはずじゃが……はて」


 老人があごひげを撫でて考えごとをしていると、紅茶のカップを机に置いた少女が立ち上がる。


「ん?なんじゃ帰るのか」

「うむ。決意が揺らがないうちにな。扉に案内してくれ」


 老人は何かを取りに行った孫が気になったが、とりあえず案内することにした。


 老人が少女を連れて行ったのは部屋の片隅にある古い扉だった。


 深い青色の枠には星の欠片がはめられ、どこのものとも知らない星図を描いている。また、黒塗りの扉に吹き付けられた白い絵の具はまるで夜空に浮かぶ銀河のようで、精緻な装飾が施された丸い取っ手の上には小さな鍵穴が付いていた。


「我が家にあるものとは大分違うな」

「この扉は特に古いものじゃからな。年代物の割に全く錆び付かない不思議な扉じゃ」


 二人はしばし少年を待っていたが、いつまで経っても来ないので心配した老人が少女に帰るように促した。


「すまんのう」

「父上はともかく、母上は大層心配しているだろう。もう遅いから失礼する。素晴らしいもてなしとかけがえのない経験をありがとう。この恩は忘れない」

「大したこともできんかったが、楽しんでくれたなら何よりじゃ」

「彼にもよろしく言っておいてくれ」

「わかった」


 少女は『星渡ほしわたりの扉』の鍵穴に五芒星の鍵を差し込んで一回まわした。

 カチャリという音がして、枠にはめ込まれた星の欠片が青白く光り始める。

 少女が取手へと手をかけた時、階段の下から荒い息と叫びが聞こえてきた。


「はあ……ま、待って!!」


 老人と少女が振り返ると、少年が息を切らしながら何かを掲げて走り寄ってきた。よほど慌てていたのか外套を羽織っておらず、顔も手も霜焼けになっていた。


「む。ちゃんと暖かくしていないと風邪を引くぞ」

「あ、そうだね。気をつけるよ」

「ちょうどよかった。直接別れの挨拶をできなく……」

「これ!」


 少女の言葉を遮り、少年は彼女の眼前に手を突き出した。


「?」


 少年の手に握られていたのは深青色の金属で出来た小さな鍵だった。取手の上に丸い枠、中には塔と星のようなモチーフがあしらわれている。

 少年はその鍵を少女に握らせた。


「これは?」


 渡された鍵を見て少女が首をかしげると少年は呼吸を整えながら言った。


「はあ……それは……ここに繋がる鍵だよ」

「な……!!」

「せっかく知り合ったんだし、これきりになるのはさみしいじゃないか。星渡の扉がセイメイの家にもあるんでしょう?だったらこの鍵を使っていつでも遊びに来ればいい」

「!!」


 少年が渡したものは、この星守の塔にある『星渡の扉』へと繋がる『星渡の鍵』だった。帰るのが残念そうな少女を見て、なんとかできないかと考えて思いついた方法だった。


「だ、だがしかしこれは……」

「それは僕が持ってる二つの鍵のうちの一個だから大丈夫だよ。もとはお婆ちゃんのものだったらしいけれど」

「そ、そうではなくて……いくらなんでもいきなりすぎないか!?こういうことはもう少し仲良くなってからだな……」

「?」


 なぜか顔を赤くして目を泳がせる少女。少年はよく分からず顔をしかめた。


「これは……つまり……いや、わかった。向こうのあいつはもともといけ好かなかったし、優しさや思いやりに溢れた君の方がずっと好ましい。私も覚悟を決めよう」


 そう言って少女は異国の服の広い袖口から赤い金属の鍵を取り出した。先ほど鍵穴にさしたのと同じ、取手の上に五芒星がついた鍵だ。ただそれは、少女は持っているものよりもだいぶ新しいものだった。


「これは私の家に繋がる鍵だ。その……君の鍵をもらったし、私も嬉しかったから……い、いや恩人になにも返せないのは我が家の誇りに関わるという意味でっ!だから……そ、その……受け取ってくれると嬉しい」


 ますます顔を赤くした少女が遠慮がちに少年へ鍵を差し出した。

 少年は笑顔で受け取ってお礼を言った。


「どうもありがとう。これからも仲良くしてくれると嬉しいよ」

「う、うむ……」


 少女は目線を合わせず小さく頷いた。


「で、では失礼する。この恩は忘れない。なるだけ早く返せるようにする」

「そんな別にいいんだけど」

「そうじゃよ。気にするでない」

「私自身が許せないのだ。だからきっと……ではまたな!」

「またのう」

「じゃあね」

「うむ!すぐに会いに行く!!」


 少女は赤い異国の服を翻し、光る扉の向こうへ消えた。


























「それで?かあさまたちはそのあとどうなったの?」

「うむ。あのあと二人を家に招待してな、丸一日宴会でもてなした」

「へ〜、じゃあ、とおさまとかあさまはすぐになかよしになったんだね!」

「うむ。だがアルはあの鍵を友情の証として渡したらしくてな。振り向かせるのに大分骨を折ったのだよ」

「とおさまどんかんさん?」

「さすがは我が子!その通りだ!」


 紅色の異国の服を身にまとい、長く伸びた艶やかな黒髪を後ろで結い上げた美女は膝に乗せた少女を快活な笑顔で賞賛した。


「なになに?なんの話?」


 白い上着と黒いズボンの青年が奥の部屋からやってきて尋ねた。


「とおさまどんかんさん!」

「え?」


 楽しそうに少女が叫んだが、青年はあまりわかっていない様子だった。


「ほら、アルはこういうやつだ」

「ちょっと清明、月子になにを教えたのさ」

「とおさまどんかんさん!」

「月子が言った通りだ。君はたいそうにぶいやつってことだ」

「だからどういうことなの!?」

「とおさまどんかんさん!」

「清明!」

「あはははは!!」


 それからしばらく、騒がしくも温かい家族の笑い声が聞こえてきた。

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星守 うろこ雲 @cirrocumulus512

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