<ワーキング・イン・MMORPG>~チートを知らない君へ~







(よし、完了)


  ほっと息をつきオレは目の前のディスプレイから顔を上げて、見慣れた天井を見上げた。


 作業開始から十数時間でセキュリティを突破。


 ゲームプログラムを吸い出して、それを基に組みなおしたゲームが、本来のゲームの代わりに目の前で起動していた。


 素人には判らないだろうが、ゲーム内のデータを単に書き換えるだけのお手軽チートとはわけが違うオレの技術というやつだ。


 MMORPGの最高傑作なんて謳われてはいても、それはゲームの内容でしかなくオレにとってはたいした苦労もない仕事にすぎない。 


 モチベーションの為の自画自賛を終え、軽く肩と腕のストレッチをしてこりをほぐすと、オレは再びディスプレイに目をやる。


 画面ではオレの作成したキャラクターが実写と見間違うようなリアルなCG─コンピューターグラフィック─で描かれた仮想の都市に立っていた。


 都市の名はシント。

 このゲームに初めて接続したプレイヤーがキャラクターを作った後で訪れることになる最初の街だ。


 チャットウインドウには臨時のパーティー募集やアイテム募集を求める表示がゆっくりと流れていた。


 パーティーとは、複数のゲームプレイヤーが共同でゲーム内の戦闘やイベントをクリアする為につくるグループのことで、それらを仲介する為に全てのゲームプレイヤーに共通の表示をするチャットウインドウがある。


 つまりこれが表示されるということは間違いなくゲームに接続されているということだ。


 近くの他プレイヤーが出した露店で試しにハイポーションと呼ばれる回復薬を購入。


 マイキャラが腰の後ろにつけたアイテムバッグからマネーカードを取り出すと、露店商人が自分のマネーカードとの間で金額をやり取りするという凝ったCGとともに、 所持金を示す99999999999の値が減り99999999499になりアイテムは無事購入できた。


 同じ事をAIに管理された売店でも試し、これも成功。


 アイテムウインドウを開くと、それに合わしてマイキャラもアイテムバッグを探る。


 アイテム欄には、マネーカードとさっき買ったハイポーション。


 そして‘錬金の書’という三つのアイテムだけがある。


 ‘錬金の書’の名称が付いた本のアイコンをクリック。


 出てきたカーソルをハイポーションに合わせクリック。


 そうすると色んなアイテム名の並んだメニューウインドウが表れる。


 次はメニューウインドウからエリクセルを選びクリック。


 メニューウインドウの消失とともに、ハイポーションがエリクセルに変化した。


 もう一度、‘錬金の書’をクリック。 今度はマネーカードにカーソルを合わせクリック。


 99999999499 とでた数値を00000000499 に変更。 その横にある決定 をクリック。


 メニューウインドウの消失とともに、今度は所持金の表示が499になる。


 チート行為を監視して警告とともに強制ログアウトさせる自動監視タイプのセキュリティは完全に沈黙している。


 ちらりと同時起動させているワークステーションのモニタを覗き、運営サイドの監視システムもログイン時と変わらず立ち上がってない事を再確認。


 立ち上がると同時に音で知らせてくるようになってるんで、分かってはいたんだが、まあとりあえずというやつだ。


 とりあえずビール。 

 とりあえず御挨拶。 

 日本人の日本人たるゆえんの一つの定番愛好。

 オレも歳をとったということなのだろう。


 セキュリティといっても所詮はプログラム。

 人間が画面を直接監視している訳ではないので、オレのIDだけ素通ししろという条件分岐を書き足してやればそれまでだ。


 このやりかたの欠点は証拠が残ることだが、オレの場合はセキュリティをチェックするプログラムにも細工して、オレのログアウト時にはプログラムを元通りに自動書き換えするプログラムを組み込んである。


 どうやって稼動中のプログラムを書き換えるかって?

 それは、メシの種なんで企業秘密だ。


 と言うより、知れば危ない裏の世界に足を突っ込むことになるんで、やめたほうがいい。


 エシュロン以来、公に認められない情報技術のせいで死ぬやつは少なくない。


 特に、人類統一やPSYと呼ばれる実在の超能力をめぐって多数の死者が出ているこの時代、素人がこっち方面に首を突っ込むことは、自殺志願と大差ない行いだ。


 触らぬ神に祟りなし。

 臭いものにはフタ。

 長いものにはまかれろ。


 この国でカタギの大人と認められる為に必要な三つのことわざだ。


 俗に言う空気を読むというやつのことだが、それができないとバカをみるはめになる。


 もっとも立派な大人になる為には、空気を読んで、ただ周りに合わせるだけでなく、時にはあえてそれを破る必要もあるのだが、ハッキングはもちろんその類ではない。


 ハッキングとは技術であり、それを行う思考形態の育成でもある。

 だが、けして自慢できることではないのだ。


 AIを狂わせるとかバグを誘発させるなど褒められた特技ではない。


 唯一ハッキング関連で自慢できそうなことといえば、マルチタスクでものを考える並列思考を憶えたことだが、それも大した使い方はしていないのだから自慢にはならないだろう。


(とりあえず、RMTはこれでやり放題だな)


 マイキャラのステータスを開くと設定通りに能力欄は全て99999になっている。


 本来は限界まであげて999、初期値は平均16だからデタラメもいいところだ。


(よし、こっちもまずはOK)


 続いてスキル欄を開く。


 スキルとは魔法や様々な技能を指し、リアルティメィトオンラインではこのスキルを育てることで能力値が自動的に変動していく。


 ここで面白いのは能力値はスキルを育てることで下がることもあるということだ。


 事務系統のスキルをあげると運動に必要な能力値が下がったりするという具合に現実を模してあるので、なかなか文武両道とはいきにくい。


 もちろんオレのキャラの能力値は上がることはあっても下がることはないようにしてある。

 

 生活系。 言語系。 生産系。 加工系。 役務系。 商業系。 学術系。 戦技系。 魔法系。 錬成系。

 

 ずらずらと続くスキルの先頭に、他は白なのにただ一つ色違いの金色で表示されたデバッグという本来存在しないスキルがあるのをを確認。


 オレはそれを選択してクリックした。


 位置変更 フラグ変更 状態変更 ドロップ率変更 の4つが表示される。


 オレは位置変更を選択したことで、ずらりと並んで現れた地名から 深遠1F を選択してクリックした。


 深遠ダンジョンはゲーム内でヒントも表示されずかつ見つけられないように配慮された場所に設置されたいわゆる隠しダンジョンというやつだ。


 本来ならBOSSとして配置されるモンスターが普通に雑魚と同じく湧き出てくる特殊な場所となっている。


 ちなみにダンジョンとはRPGでは、怪物を閉じ込めておく場所としての意味がある洞窟や建造物だ。


 ギリシャ神話のミノタウロスの迷宮などをモチーフとして、PC黎明期のRPGから導入されている。


 ここにたどり着く条件は、本来ならかなり苛酷で入り口のスイッチを見つけるには、PTの運のステータス値が合計999×8必要になる。


 PTの上限人数が8名なので全員が運の最高値を持っている必要があるということだ。


 その為、このダンジョンは、未だ一般プレイヤーには、見つけられていない。


 画面が一瞬だけ暗転して、壁面が神秘的に輝く紺碧の岩で作られた場所にオレのキャラクターは立っていた。


 ゲームの種類によってはここで長いタイムラグがあったりするのだが、これはさすがというところだ。


 オレは、自動的に閉じたスキル欄を開き今度は状態変更をクリックした。


 睡眠無効。 毒無効。 麻痺無効。 石化無効。 即死無効。 呪い無効。 老化無効。


 その他にもずらずらと並んだ全ての状態異常無効の項目は、設定通りONになっている。


 攻撃速度×8 ダッシュ速度×4 スキル硬直×0 自動回復×8 という具合にリアルタイム系の項目もON。


 次いでドロップ率変更を開く。


 レアドロップ、100% ユニークドロップ、100% イベントドロップ、100% セールドロップ、ON とアイテムドロップも設定通りになっている。


 そんなことをしていると一体の巨大なモンスターがゆっくりと近づいてくるのが半透明の表示ウインドウごしに見えた。


 このゲームは装備変更やアイテム使用中でも容赦なく戦闘が起こる完全リアルタイムバトル方式なので放っておくわけにはいかない。


 オレはウインドウを閉じてモンスターに視線を移した。


 ウルティマゴブリンという名前と生命力を表す緑色のHPバーが頭上に表示されているそいつは、名前通りゴブリンというこぶだらけの醜い小人そっくりの姿をしていた。


 ただ体色は普通のゴブリンと違い、銀色に近い灰色でこぶだらけの不気味な肌には変色した血の様な黒赤色の文様が浮かんでいる。


 ある程度近づいたところで、こっちに気づいたように、ウルティマゴブリンは目を見開き、咆哮をあげて、手に持った斧を振り上げ迫ってきた。


 そのCGも周りの風景と同じで、実写映像と変わらないクオリティーだ。


 戦闘に入ったことで、ウルティマゴブリンの表示が変わった。

 妖精属 下位亜神 バーサーク 恐慌付加咆哮 吹き飛ばし範囲攻撃 といった表示が追加される。


 ウルティマゴブリンの斧が振り下ろされるのを黙って見ていると、派手な効果音とともにマイキャラに斧がぶつかった。


 しかしHPバーは何の変化もなく、吹き飛ぶ事もない。

 ダメージ無効処理がきちんと働いているようだ。


 狂ったように続けさまに斧を叩きつけてくるのを無視して、再度ウインドウを開いてスキル欄の状態変更を呼び出し、ダメージ無効をOFFにする。


 その途端、今まで微動だにしなかったHPバーが一瞬だけ1ドット削れ、またFULLにもどるというのを繰り返しだした。


 自動回復×8のせいだ。


 ウインドウを消し、ショートカットキーで通常攻撃を選択すると、まだなにも装備してないマイキャラが、2倍近い大きさのウルティマゴブリンに、無造作に殴りかかる。


攻撃速度×8が作用している為、敵の攻撃モーションが先に起こっていたのに、こちらの攻撃が先に当たった。

 状態異常無効もリアルタイム系も完全に作動しているようだった。


 マイキャラの攻撃ヒットと同時に、クリティカルヒットの表示が浮かぶ。


 HPゲージは一気に黒になり、ウルティマゴブリンの巨体が沈んだ。


 膝をつき倒れこんだ体が、見る間に色を失い、暗赤色の砂のような質感へと変化し崩れていく。


 最弱のBOSSモンスターとはいえ、本来はPTが時間をかけて倒す相手を一撃で倒したのだ。


 能力値変更も間違いなく作用しているようだった。


 数秒もせず、そこには大きな赤砂の山だけが残る。


 やがてその砂も高熱でドライアイスが気化するように消えていき後にはいくつかのアイテムが残った。


 ポーション×4 と表示されたミントティーのような色の液体が入った目盛付き試験管のような容器。


 《カムイの証》と青色のイベントアイテム表示がでた白銀に輝く半透明の宝石。


 そしてもうひとつは、アモンブレード とユニークアイテムを表す金色の文字表示のついた手甲だ。


 拳を覆う部分は銀白色のガントレットなのだが、前腕部を覆う暗青色の部分は鬼神を模した彫刻が施され、その二本角の部分がそのまま拳の先まで突き出した刃になっている。


 それらのアイテムを拾うとウインドウが開き取得アイテムが表示されていく。


 ポーション×4 《カムイの証》 アモンブレード


(アイテム取得も問題なし)


 それを確認して、オレは再度セキュリティの状態をチェックした。


(オールグリーン ようそろ か)


 スキル欄を開き、今度はデータ改造で創ったスキルじゃなく、本来このゲームに存在するスキルの中から、転移系呪文を選択してクリック。


 いくつかある呪文の中から、シャドウゲートを選択した。


 マイキャラが手を真上に掲げると、光の玉が現れ照らし出された自分の影に沈みこむ。


 次の瞬間、画面が暗転しシントの街という表示とともに、マイキャラは転移を完了した。


(転移系はOK)


 確認したところで腹の虫が鳴いて、なにか入れろと催促した。


 一休みして何か腹に入れることにして、オレは今までゲーム画面を記録していた録画ツー ルを一時停止状態にして立ち上がる。


(チェック完了まであと4、5時間ってとこか)


 ミスなどないと断言できるので、正直を言うと面倒このうえないのだが、これも仕事だ。


  何が仕事だチートめと言う向きもあるかもしれないが、オレはチートではなくハッカーだ。


 どこが違うかというと、オレの目的がRMTなんかで小銭を稼ぐことじゃなく、数億単位の報酬を手に入れる事だという点だろうか。


 だったら、ハッカーじゃなくクラッカーだろうと言うやつには、自信を持ってNOと言おう。


 何故か? 

 この仕事の依頼主が、このゲームの運営をやっている会社の親会社だからだ。

 

 リアルティメィトオンライン それがリアルさと細やかな設定でユーザー一億数千万人を獲得した巨大MMOの売り名でその会社名だ。


 加齢もあれば病気もあり、もちろん死もある。


 食事をとらなければ弱って死に至り、直接の描写こそないものの排泄さえあるという異様なまでのこだわりに加え、高度なAIプログラムで構成された仮想人格とプレイヤーで都市が運営される様は正にもう一つの現実。


 とは運営サイトの煽り文句だが、今までになかったこの要素が、なぜか受けたらしい。


 世界12ヶ国で同時運営されるこのゲームの売上額は、今では小国の国家予算を凌駕する。


 それを考えればオレに払う報酬がけして高いものではない事がわかるだろう。


 オレの仕事は、クライアントが世界初の全感覚型ヴァーチャル技術を導入し、リアルティメィトオンライン事業を拡大するにあたって、新しいセキュリティを構築するためのものだ。


 オレがやってるのは、まるで逆だろうって?


 そうじゃない。


 弱点を見つけなければ、弱点は克服できないだろう?

 

 全感覚型ヴァーチャル《ASVR》システムは、名前の通り全ての感覚を、現実と同様に感じさせる仮想現実を体感させる技術で、ほとんどの電子機器技術がそうであるように、軍事技術を基にしている。


 それも、脳を錯覚させ人間を思うままに操ろうとする危い技術を基にしているのだが、まあ、そこらへんは当然のことながら余り一般には知られてはいない。


 だが、不自然なはずのヴァーチャル空間を現実と同様に錯覚させ違和感を抱かせないという点だけをみても、それは誤情報ではないだろう。


 金儲けの為に、戦争さえ起こすようなやつらの思惑で、その技術は急速に進歩していった。


 やがて、ASVRは応用技術として医療でも使われるようになり、数年前からは筐体ゲームや、民間での技能訓練でも使われるようになる。


 もちろん表向きの技術は、安全を確保し洗脳などに使えないよう留意されてと言われているのだが……。


 こうして技術自体は確立されたのだが、大規模運用にあたっての低コスト化とメンテナンスの省略化の面から考えれば、そう簡単に家電化はできないと今まで言われてきた。


 要は、CTや検眼器のような専門機器でしかなく、需要もそれなりでしかなかったわけだ。


 しかし、需要がつくれそうであれば、困難を排し無理矢理にでもそれを実現するというのが、商人が世界を征服してきた近代の流れというやつだ。


 民主主義という名の理想を利用して世界の在り方を自分達に都合よく変えたやつらが、それくらいのことができないはずがない。


 すでに軍用や医療用の完全に現実と区別できない仮想世界をゲームデータを反映させた仮想世界に転換させるシステムは完成。


 現在はクローズドαテストが進行中で、一般ユーザーを参加させるクローズドβテストを行うにあたって、セキュリティ強化で安全性をアピールという段階にまでなっている。


 そこでオレにお呼びがかかったというわけだ。


 このレベルの仕事ができて、軍や情報機関に所属してないフリーの技術者はそうはいない。

 その中で、明確な犯罪に一度も手を染めたことがないのは、オレくらいなものだろう。


 というわけでオレはチートではない。


 解って貰えただろうか?


 合法チート?


 そんな論理的矛盾を含んだ解釈は知らん。


 不正は非合法だから不正なのだ。


 法の合間を掻い潜るオレにあった呼び名じゃない。


 どうせなら、オールドファッションにウイザードとでも呼んでくれ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る