色々吹っ飛びました。

 魔王軍幹部が来襲した日。幸いにも死人は出なかった。

 しかし、今後冒険者として生活するのが困難もしくは出来なくなった者は出た。それは虫型の魔物に手や足を切られた者、電撃カブトムシの電撃を浴びて身体が思うように動かなくなった者。数にしてトラストの町にいた冒険者の六分の一程だ。

 そして、最初に魔王軍幹部バァゼと相対した者達も。

 万全な状態のバァゼとの戦闘はかなりの困難を極め、足止めや向こうの体力を削るので精いっぱいだったそうだ。それでも、誰もが負けない為に戦い続けたんじゃなくて、ほんの僅かしか勝機が無くても勝利を目指して戦い抜いたとか。

 一人、また一人と戦闘不能になり、最後まで立っていたジョースケさんも地に伏した。

 ジョースケさんは利き腕を切り飛ばされ、他の人達も良くて骨折などの重症、悪ければ今後立って歩く事が出来ない身体となってしまった。

 魔王軍幹部来襲では、トラストの町こそ無事に守り切る事が出来たが、冒険者たちに深い爪痕を残していった。

 魔王軍幹部の撃退に成功したから冒険者全員に結構な額の報酬は出た。しかし、冒険者として生活が困難に、もしくは出来なくなった者達の今後には暗雲が立ち込められている。

 一応、ある程度は冒険者ギルドがバックアップしてくれるそうだが、何時までも続く訳じゃない。

 今後どうするか、早急に決める必要が出てしまった訳だ。

 で、重症者に分類された俺は内臓の破裂に胸部の骨折と、死の淵一歩手前の状態だったそうだ。幸い直ぐに回復薬を飲まされたので一命を取り留め、町に運ばれて僧侶による回復を受けて峠を越えたらしい。

 身体に支障は出ないらしいので、俺の場合は冒険者として今後も生活していく事が出来る。ただし、現在は絶対安静期間中だ。あと三日は起き上がるなと言われている。

 魔法を限界まで使用して気絶したクロウリさんは外傷がなく、バァゼに吹っ飛ばされたレグフトさんも軽傷で済んだ。俺が意識を失っている間はちょくちょく見舞いに来ていたらしい。

 勇者パーティーの面々も軽症で済んで今後に支障はきたさないそうだ。今回の件はよくも悪くも経験になっただろう。

 そして、桐山。桐山は全く外傷がなかった。それは傷を負わないように立ち回っていたからだとか。レベルは56まで上昇し、今となってはこの町で敵う者は誰もいない。

 あの時、体力の限界を迎えていた筈の桐山が平然と動けるようになったのはその場で習得したスキルによる恩恵だったらしい。

 地に伏している間、俺達がバァゼの意識をこちらに向けている間に桐山は震える手で必死に冒険者カードを取り出し、習得可能スキルに表示されていた【疲労回復Lv1】と【回復向上Lv1】を習得した。

 それらのスキルは文字通り疲労回復の時間を短縮する。それに以前から習得してらしい【疲労軽減Lv3】の効果も相まって、疲労が消えて動けるようになったそうだ。

 ……以上の事を、桐山の口から伝えられた。

 事務的に伝えられた……のとは違った。

 そう言う場合は淡々と語られるだけだったけど、今回は切々と告げられた。

 それに加えて、補足もちょくちょく加えられた。例えば、利き腕を無くしたジョースケさんだが、指南役を続けるとか。倒した電撃カブトムシの甲殻で出来る防具は耐電性能に秀でているとか。

 あと、それらを言い終えた後、桐山は俺が行方不明扱いにされた事と自分が異世界に来てからの出来事を話し始めた。

 曰く、帰りが遅く深夜になっても俺が帰ってこない事を不審に思った両親が警察に電話して捜索願を出した。そして、一週間以上経過しても俺は見付からなかった。

 神隠し、人身売買、殺害等、様々な憶測が飛び交ったそうだ。両親や祖父母、親戚に中学、高校の友達は捜索用のビラを配ったり貼ったりして、少しでも早く俺が見付かるように走り回ったとか。

 それを訊くと、非常に申し訳なく思った。けど、召喚に応じずにそのまま死ぬよりはまだマシな展開だとも不覚ながら思ってしまった。

 行方不明になって、ここまで心配してくれるんだ。死んだら、かなり悲しませてしまっていただろう。

 で、桐山もビラ配りに加わっていたそうだ。

 ビラ配りの途中で召喚陣が現れ、異世界に召喚され、勇者として魔王退治を頼まれ、引き受けて、ジョースケさんにしごかれ、仲間が出来て、初めての旅をして、初めて魔物を倒して、俺と再会した。

 桐山がこの世界に来て直ぐに習得したスキルはやっぱりと言えばいいのか【剣道Lv1】だったらしい。今では【剣道Lv3】となり、それの御蔭で魔物との戦いはそこまで苦戦する事はなかったそうだ。

 桐山の口から語られる言葉を訊くにつれ、桐山は俺の事興味ないんじゃないんだ、と蓄積されていた苦手意識がなくなっていった。

 そして、桐山が召喚に応じてこの世界に来た理由も訊かされた。

 それは、俺を元の世界に還す為。

 そうやら、召喚して直ぐに訪れる神の間で、あの神様に俺の事を訊かされたらしい。

 勇者として召喚され、魔王を倒せば異世界に留まるか、元の世界に戻るかの選択が出来るらしい。戻る際、一人だけ同伴させる事が可能だそうだ。

 元の世界に戻る事を選ぶと異世界での記憶を忘れ、レベルやスキル、称号がなくなり、魔法やスキルアーツも使えなくなる。

 また、戻る際の場所は召喚陣が現れた場所で、時間は召喚陣が出現した瞬間になるとの事。つまり、桐山が元の世界への帰還を選べば桐山が召喚される直前の時間軸の世界に戻る事になる。

 その際、俺も桐山と同じ時間軸と場所に戻るそうだ。決して、カモシカタックルを受けて、トラックに轢かれた状態でもその瞬間でもなく。五体満足で元の世界に戻る事が出来るそうだ。

 桐山は俺を元の世界に戻す為に、わざわざ危険を冒してまで勇者召喚に応じた。どうして、桐山はそこまでするんだろう? そんな疑問が普通に生じた。

 だって、桐山は俺が話し掛けても首肯するか首を横に振るかだけ。言葉を交わすのは事務的な連絡の時のみ。接点も中学の頃同じ図書委員だったと言うだけだ。高校に上がればクラスは同じだけど、会話は全くしなかった。

 なのに、何故?

 その理由を訊こうにも、桐山はもうこの町にいない。

 勇者パーティーとジョースケさんと共に、別の町へと旅立った。その事を、先程見舞いに来てくれたクロウリさんとレグフトさんに言われて知った。

 別れの言葉はなかった。知らなかったから、こちらから言う事が出来なかったし、桐山も「またね」としか言わなかった。

 俺の中に疑問だけ残って、もやもやする。

 もやもやとしたまま、一日が過ぎる。

「どうしたの?」

「ミャー殿、何故難しい顔をしている?」

 今日も見舞いに来てくれたクロウリさんとレグフトさんが俺の顔を見てそんな事を言う。

「いやね、どうして桐山は危険を冒してまで俺を元の世界に戻そうとしてるのか分からなくてさ。何か、勇者として魔王を倒せば一人まで伴って元の世界に戻れるらしいんだよ」

 俺はクロウリさんとレグフトさんへと俺の中にくすぶる疑問を吐露する。

 二人には桐山の事を話しているから、同じように首を傾げるか難しい顔をするだろう。そう思っていた。

 しかし、予想と現実は違っていた。

「あぁ」

「その事か」

 何故か二人は納得したとばかりに何度も頷く。

「え? 二人は理由分かるの?」

 俺は訳を知っている風な二人に問い掛ける。

 すると、二人は答える。

「好きな人の」

「為だと」

「……………………………………………………………」

 暫しの沈黙。

「は?」

 そして、漸く出た言葉がそれだ。

「いや、えっと、はい?」

 頭が混乱してる。どうして? 桐山が俺の事を好き? いやいや、そんな馬鹿な。だって、俺がいくら話し掛けても無言を貫き通してたんだぞ? 意味が分からない。

 桐山からその事を直接聞いていたらしい二人曰く。

 桐山は人見知りをする人らしく、自分からはあまり話し掛けられないそうだ。

 そして、図書委員で一緒になった俺に対しても同様。別に興味がないんじゃなく、単に人見知りが発動していたからだとか。

 ただし、それは最初の方だけ。

 何か、広辞苑とか生物辞典で仕入れた知識を披露したり、ドラマやアニメ、漫画にゲームの話を俺が振っていく内に段々と俺に興味を引かれて行ったらしい。他にも、図書委員の仕事を誠実にこなして行ったり、クラス内で馬鹿騒ぎをしている俺の姿を見ているうちに最終的に好きになっていったとか。

 好きになってからは平静をよそうのに必死で、声を出す事が出来なかったらしい。

 だから、事務的な連絡以外は首肯したり首を横に振ったりするしか出来なかった、とかなんとか。

 ……何ですか、それ。俺、全く気付かなかった。

 と言うか、そんな漫画や小説みたいな事ってあるんですね。

 そして、気付かずに苦手意識を持ってしまった俺は一体……。

 そんな事実を訊かされた今、俺の顔は赤くなっている気がする。だって、顔熱いし。

「で?」

「どうするのだ?」

「どうする、とは?」

 枕に顔を突っ伏している俺にそう問いかける二人。俺は枕から僅かに目を覗かせて問い返す。

「勇者様の後を追う?」

「もし追うと言うのであれば、私達も力になるが?」

 クロウリさんとレグフトさんは、笑みを浮かべながら俺に告げる。

 俺の答えは――――。

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