既に知られていました。

 物凄く気まずい昼食を終え、解放された俺は冒険者ギルドへと戻った。気晴らしにスライムでも狩ろうかと思ってスライム狩りの依頼を受けにきた。

「所で、勇者様とはどういったご関係なんですか?」

 と、依頼を受けてレンタル収納袋を受け取った際に受付の人にそう尋ねられた。受付の人にとっては些細な疑問なんだろうけど……周囲の冒険者の目が興味津々とばかりにぎらついていて、そんな熱い視線が俺に注がれている。

 そんな周りの冒険者の皆さまは「受付嬢グッジョブ」とばかりに目を輝かせている。

 ここはどう答えるべきだろうか。普通に同郷ですと答えればいいのか? いや、そうなると折角隠蔽してる【異世界からの流れ人】の称号の意味が無くなる。この世界は日本人的な名前は少数だが普通にいるから名前だけだと異世界人と知られないし。

 さて、ここで異世界人と知られる際のデメリットは。下手をすれば勇者と同列に扱われて魔王退治を強要もしくは協力させられそうになるって所か?

 俺は冒険者として魔物を倒して日銭を稼いでいるけど、魔王を倒そうとはこれっぽっちも思っていない。ある程度の危険は冒すけど、身の丈に合った生活を送りたいんだよね。俺には勇者のような称号の補正はあまりなく、少しだけレベルががりやすいだけだし。

 勇者召喚に応じた桐山は補正を受けて強くなりやすく、魔王討伐の意思があるけど、桐山と同じこの世界から見て異世界人だと言って誰もが勇者のように強い訳じゃないし、そして魔王を倒そうとも思っていない。

 そこら辺を説明しても、変にこじれそうな展開にもなりそうだなと思う。なので、桐山と同じく別の世界から来たとは言わないようにしないと。

 となると、桐山との関係だが……知り合いに顔が似ていたと言う事で勘違いを向こうがしたと言えばいいか? いや、それだと向こうが真実を俺の知らない所で口にした時点で嘘とばれるし、その結果異世界から来たとも知られてしまう。

 ……マジ、どうすればいい?

「ふむ……勇者様、ウツノミヤ様とはどういったご関係で?」

 と、必死に打開策を考えていると受付の人は俺から情報を得られないと見たのか、視線を俺の後ろに向けてそんな問いかけをする。

 俺ははっとなって後ろを向けば、何かすぐ後ろに桐山が並んでいた。しかも、指南役の人と勇者パーティーと一緒に。多分、何かしらの依頼を受けようとしていたんだろうな。

 これは……好機か? 桐山が上手く俺の嘘に乗ってくれればこの場を切り抜ける事が出来る。

 よし、そうと決まれば嘘と見抜かれにくい嘘を吐かなければ。俺が言っても信憑性がありそうな嘘、嘘は……。

「………………っし」

 閃いた。桐山が口を開く前に(開くとは思えないけど万が一がある)俺はすらすらと嘘を並べる。

「実はですね。どうやらこの勇者様は少し前に俺がハンドアックスを本来の用途とは違う使い方をしているのを見て、それが気になっていたらしく、今日偶然出会ったので訊いてみる事にしたそうです」

 ここに来て感謝するよ、【斧殴りのミャー】の二つ名。そのワードが頭に浮かばなかったら微妙な立場に立たされていたと思う。

「ですよね?」

 と、俺は表向きは確認の意味を込めて。裏では口裏合わせてくれと乞いながら桐山に言葉を投げ掛ける。

 桐山はその半分閉じた目で俺をじっと見るだけで、頷こうとしない。頼むから頷いてくれよ。マジで。お願いだから。

「あぁ。確かにそうだ。この勇者の嬢ちゃんは【斧殴り】の二つ名を持つ少年の技に興味を持ってな。今後の参考になればと思い詳細を訊いてたんだ」

 と、後ろにいた指南役の人が助け舟を出してくれた。俺の意図を汲んでくれてナイスです。

 指南役の人は三十代後半から四十代の男性で、彫りの深い顔つきで、綺麗に切り揃えられた口髭と顎髭が似合うナイスミドルだ。かなりラフな格好で長袖のシャツにズボン、ブーツと防具は全く身に着けていない。自身は戦わず、あくまで指南に徹するので防具は必要ないんだろうな。それでも自身の得物である剣は腰に佩いてるけど。

 そして有無を言わさず勇者パーティーへとアイコンタクトっぽいのを向ける。多分、口裏を合わせろって訴えたんだと思う。それを正しく受け取った戦士(男)、魔法使い(女)、僧侶(男)の三人は無言で首肯する。下手に喋るより頷くだけの方がぼろが出ないと思ったんだろう。

 何にせよ、俺にとっては有り難い事だ。

「あぁ、成程。そう言う事だったんですか」

 指南役の人の言葉に受付の人は納得と言った風に頷く、周りの冒険者の皆さんも「そうか」「あれ珍しいもんな」「これで勇者様の攻撃力がアップするのか?」と三者三様十人十色の反応を見せるも誰もが納得していた。

「はい、そうなんですよ。それじゃあ、俺はこれで」

 俺は僅かに笑みを零しながら受付の人に頭を下げて列から外れる。

「……ありがとうございます」

 離れる際に指南役の人の近くを通り、小声で礼を述べる。

 俺が列を離れる際に、桐山はずっと俺の事を見ていた。何か俺に言いたい事でもあるのだろうか? でも、声を掛けられた訳じゃないし、俺としてはこれ以上の面倒はごめんだったのでそのまま気付かない振りをして冒険者ギルドから出る。

 変な緊張感としがらみから解き放たれて、妙に清々しい気分だ。俺は軽い足取りでスライムの森へと向かう。

「なぁ、ミャー殿。一つ尋ねたいのだが、勇者様とはどういった関係なんだ?」

 その途中でクロウリさんとレグフトさんとエンカウントし、レグフトさんに受付の人と同じような質問をぶつけられる。

「何か、偶然俺が斧で魔物を殴ったのを見て、それに興味を持ったらしいんだ。で、さっき偶然会ったからその事聞こうと連れてかれただけだよ」

 俺はすらすらと嘘を述べる。先程とほぼ同じ文面なので、各所に問い合わせられても問題はない。整合性は取れているからね。

「だが、何故勇者様はあの場で直接聞かなかったのだ?」

 と、レグフトさんが更に踏み込んでくる。くっ、そう来るとは思わなかった。

「……まぁ、あれだ」

「あれとは?」

「え~っと…………」

 考えろ、考えるんだ俺。ここで答えられなきゃ冒険者ギルドでの苦労が水の泡だぞっ。

「…………」

「…………」

「…………」

 沈黙が支配する。その間も俺達は歩き続けて、東門を抜けてスライムの森へと足を踏み入れる。

「おい、ミャー殿。どうしてそこまで言い淀むのだ?」

 流石に不審に思ったようで、レグフトさんは訝しみ、俺の顔を覗き込んでくる。ヘルムのスリッドの奥は暗くとよく見えないけど、多分半眼で眉間に皺を寄せている気がする。

「言い淀む理由は分かる」

 と、現れたブルースライムにブラックショットを放ちつつクロウリさんがそんな事を呟く。

「アズサ殿、それはどういった理由なんだ?」

「異世界人だとばれたくないって事」

 クロウリさんはレグフトさんに向けてさらっと爆弾を投下した。

 ちょっと待って。クロウリさんは俺が異世界から来たって知ってたの?

「え? ミャー殿は異世界人なのか?」

「うん。ね?」

 レグフトさんは驚きの声を上げ、俺を見てくる。クロウリさんはそんなレグフトさんの疑問に首肯しながら、同じように俺を見てくる。

「……一つ訊くけど、クロウリさんはどうして俺が異世界人だと?」

「冒険者カードの称号を見て」

 俺の問いかけにクロウリさんはしれっと答える。おい、ちょっと待て。【異世界からの流れ人】は隠蔽が働いてて他人が見ても分からないんじゃなかったか? ここに来て隠蔽がきちんと働いてない疑惑が。

 いや、それはないか。冒険者カードを作った時、受付の人は全く気付かなかったし、パーティーを組んだ時にレグフトさんにも見せたけど、称号の事に付いては全く触れられなかった。もし知っていたらその場で言及される筈だし、何より今ここまで驚く訳がない。

 つまり、隠蔽はきちんと効果を発揮していた事になる。けど、そうなるとどうしてクロウリさんには隠蔽が働かなかったのか?

「……もしかして」

 俺は一つの可能性に至った。

 クロウリさんの称号は二つ。一つは【黒魔法使い】。もう一つは【異世界人の血を引く者】だ。

 もしかしたら、この称号の隠蔽は異世界人もしくはその血縁者には意味がないのかもしれない。そう仮定すればクロウリさんだけが俺の称号を確認出来た事に説明がつく。

「言っておくと、ミャーくんには見えてたと思うけど僕のもう一つの称号も隠蔽されてる」

「は? アズサ殿、何を言っているのだ?」

 更に、クロウリさんは平然と自身の秘密を暴露する。クロウリさんの言葉とレグフトさんの反応から見て、どうやら【異世界人の血を引く者】の称号は俺にしか見えていなかったみたいだ。

 これで、確証が持てたな。クロウリさんが俺の称号を確認出来たのは異世界人の血を引いていたからだ。

 ……なら、観念するしかないな。

「……あぁ、そうだよ。俺はこことは違う世界から来たんだ。偶然な」

 軽く息を吐くと、俺は改めてクロウリさんに、そして何も知らなかったレグフトさんに暴露する事にした。ただし、この世界に来たのは偶然って事にしておく。称号もそのような記述だし、嘘とは思われないだろう。

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