勇者は同級生でした。
昨日はだいたい三時のおやつくらいの時間に俺達は湿地帯へと向けて出発した。もうパーティーレベルの平均は30を超えているので、湿地帯の魔物相手にパニックにならなければ後れを取る事はない。
陽が暮れる前に湿地帯の陸地へと向かい、そこで少し休憩がてら夕食を食べる。
今日はクロウリさんが夕飯を作った。メニューは……何と言えばいいのだろうか? リゾット? 洋風雑炊っぽい何かだ。
細かく刻んだ人参に玉ねぎ、トマトを沢山の水と一緒に鍋に入れて火にかけ、それらに火が通った頃にぶつ切りにしたベーコンを投入。そこにぱらぱらと香草をふんだんに入れ、塩で味付けしたら穀物(米かどうかは分からない)をぶち込み、蓋をして暫し待つ。
食欲をそそる匂いが鼻孔をくすぐり、いい具合に穀物の芯にまで火が通ったのを確認し、最後に溶き卵を掛けて蒸らして半熟にしたら完成となった。
幾重にも折り重なった香草の香りとトマトの酸味がマッチしていて美味しかった。レグフトさんも同じような感想をクロウリさんに伝えていた。
何でも、クロウリさんのお師匠さんに教わった料理だそうだ。お師匠さんの住んでいた地域の郷土料理だとかなんとか。
クロウリさんの料理を美味しくいただき、小休止を挟む。
「じゃあ、行くか」
「うん」
「あぁ」
そろそろお腹も落ち着いた頃だと思い、灯りを燈して俺達はぬかるみへと進軍。少し進んだところでアンデッドと相対する。
基本的にレグフトさんがアンデッドを屠り、俺とクロウリさんが集まってくる他の魔物を退治するが、時折レグフトさんが相手している時にふらっと死角から別のアンデッドが出てくる時がある。
そういう時は俺がレグフトさんの代わりに現れたアンデッドの相手をする。顔面にスマッシュをブチ当てれば爆ぜて一時的に行動不能になる。で、再生している間にレグフトさんが白剣で一刀両断。肉体が崩れ落ちてアンデッド核だけが残る。
本日は俺を含めて全員調子がよかったので、前回よりも多くのアンデッドと群がってくる魔物を退治した。アンデッドに至っては八十三体も屠り、それと同数上の他の魔物を絶命させた。
アンデッド核は全て集め、倒した魔物の素材はバッグに入れられるだけ入れてぬかるみを後にした。陸地に戻って本日のミッションは終了。あとは明日陽が昇ったら帰るだけだ。
前回と同じように、夜の見張りはクロウリさん、俺、レグフトさんの順で行った。
今回も特に問題が起きず、無事に朝を迎える事が出来た。
町へと戻る前に朝食を済ませる。朝食はレグフトさんが作った。
硬いパンを薄く切り、バニラエッセンスのような液体を数滴垂らした溶き卵に浸して柔らかくなったら油を引いたフライパンで両面焼き上げて出来上がり。いわゆるフレンチトーストっぽいものだった。佐藤が無いので、代わりに同じように薄切りにして焼いた林檎をパンの上に乗せて食べた。シンプルながらも起きて間もない朝に食べるのに丁度いい優しい味だった。
あまり手を込んだ物は作れないが、調理工程が単純な物は出来るとレグフトさんは胸を張って答えていた。世の中にはこのような簡単な料理も出来ない壊滅的な腕を持つ人がいるから、本当に誇っていいと思った。クロウリさんも「素材の味が生きてて美味しい」とサムズアップをレグフトさんに向けていた。
朝食を食べ終えて少しお腹を休めてから町へと戻った。
…………この時、もう少し出立を遅らせれば。もしくは、町に戻っても真っ直ぐと冒険者ギルドへと行かなければよかったと後悔している。
でも、後悔してももう遅い。
俺は……冒険者ギルドで勇者とばったり出会ってしまった。
勇者の性別は女で、歳は俺と同い年。
常に半分閉じているように見える切れ長の目に、硬く閉じられた唇。すっと立った鼻に細い眉。少し長めのまつ毛に泣きぼくろ。綺麗に切り揃えられた黒髪は癖も無く真っ直ぐと腰に当たるくらいまで伸びていて、紐で一纏めにされている。
服装はパンツルックで、腰には装飾の凝った一振りの剣が下げられており、金属製の胸当てと肩当を装備している。
勇者、キリヤマ・カオル。漢字では桐山薫と書く彼女は俺の同級生だ。
どうやら、俺の予感は当たっていたらしく、桐山がこの異世界スレアに勇者として召喚されていた。
「…………」
「…………」
で、久しぶりの再会を果たした俺と桐山は何故か一緒に昼食を取っている。
場所は冒険者ギルドの喫茶コーナー……ではなく、この町で一番高い食事処。
しかも、二人っきりでだ。俺としてはクロウリさんやレグフトさん、勇者御一行の方々も含めての食事の方がよかったんだが、どうしてだかこいつが俺とだけ食事をしたいと言った……らしい。
らしいというのは、それを直接聞いていないからだ。桐山は無口で、声を出すのは授業中に先生に指名された時か日直としての号令、そして委員会の仕事の時と挨拶くらいだ。それ以外はほぼ声を出さない。
再会した時も俺は「久しぶり」と言っても返事は返って来ず、指南役と思われる人に耳打ちをすると俺の手を掴んで冒険者ギルドから出て行った。その際クロウリさんとレグフトさんが何事かと着いて来ようとしたけど指南役の人に止められてた。そして現在に至る。
こいつとの出会いは高校ではなく、中学二年の夏休み明けだ。遠くから転校してきて一緒のクラスになった。中学三年も同じクラスで、まさかの同じ高校を受験して進学、そこでも同じクラスになった。
ある意味で運命だけど、俺と桐山はあまり接点はない。精々、中学の頃一緒に図書委員をしていたってだけだ。
会話は基本的に事務的なものだけだったけど、流石にそれはどうかと思って俺は桐山と雑談しようと色々な話を振った。そんな事を中学を卒業するまで続けていたけど、桐山は相槌を打つばかりで自分からは話題を提供せず、会話は成り立たなかった。
いくら話し掛けても、事務的な事以外はだんまり。流石にもう無理だと悟って高校に入ってからは桐山とは違う委員会に所属している。
見た目は美人さんなので、最初の頃は意識してたけど、そのような事があって今では苦手意識が芽生えている。
そんな無口な桐山でも、普通に友達はいた。中学の頃も高校でも。基本無口でも虐められず普通に女子の輪の中に溶け込んでいた。それが不思議でならなかったけど、自分には関係ないとそちらにはあまり目を向けなかった。
さて、今はそんな事はどうでもいい。
「…………」
「…………」
俺は、これからどうすればいい?
この気まずい沈黙が支配するここで普通に昼飯を食べるなんて俺には無理だ。ストレス的な意味で胃が受け付けない。下手に食えば吐く気がする。
ここで、俺の取るべき行動は何だ?
無言でor断りを入れて立ち去る? 流石にそれは論外だ。何の意図があってかは知らないし、俺の意思を無視してここまで連れて来たとしても、俺には立ち去る選択肢を取る事は出来ない。
となると……ここは無理にでも話し掛けて沈黙を打ち破り、食べやすい精神状態に強制的にしていくしかないか。話題は、俺が異世界スレアに来てから今に至るまでの過程をつらつらと述べて行けばいいか。そうすれば、食事を終えるまで話題が切れる事はない筈。
そうと決まれば、早速行動開始だ。
「に、にしても久しぶりだな。まさか桐山が勇者として召喚されるとは思わなかったよ」
「…………」
「俺はちょっと抗えない運命にあって、この世界に来たんだよ。そうしなかったら確実に死んでたからな。カモシカタックルとトラック衝突の二重奏で」
「…………」
「で、この世界に来てから直ぐに冒険者として登録して、武器も買って冒険者としてお金を稼いだんだ。まぁ、最初の一週間は魔物相手の依頼はせずに、町中での依頼ばっかりしてたけどね」
「…………」
「一週間経って、きちんと防具と回復薬も準備できた段階で魔物相手の依頼もするようにしたんだよ。最初の相手はブルースライムで、ハンドアックスで切り裂いて皮集めをしたんだ。で、その際にハンドアックスでブルースライムをぶん殴ったんだけど、そしたら爆ぜちゃって。その爆ぜた理由ってのは俺の持ってる【卓球】ってスキルの効果なんだけど」
料理はステーキにサラダ、付け合せにパンとスープ。デザートにフルーツ盛り沢山のケーキが出された。料理を食べ終えるまで、俺は延々と一人で語り続けた。
俺の語りに桐山は今まで通り無言を貫き通し、時折相槌を打つだけだった。
正直、料理の味もあいまいで食べた気がしなかったけど、腹は膨れた。
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