五年後

黒井羊太

今日という日、どこかであったであろう会話

「五年前の事って覚えてます?」

「五年前?」

「そう。五年前。何してたかとか、自分はどうだったとか」

「ん~……良く覚えてないな」

「ボケ入っちゃった?」

「うるさいな。そう言うお前はどうなんだ?」

「五年前の今頃は、本を読んでましたね」

「本?」

「そう、本。ごろごろと横になりながら、専門書を読み耽ってました。先立って恩師、というか恩人が亡くなり、でも何とかやって行かなきゃならない状況に追い込まれてまして」

「ほぉ、それは大変だったね」

「聞き慣れない単語を頭に詰め込むのに必死でしたからね。で、その時に地震がありまして」

「あぁ、あのでっかい奴」

「すごかったですよ~終わらなくて。このまま世界の終わりまで揺れ続けるんじゃないかと思いました」

「そんなにか」

「巨人が直接家を揺さぶってるような超強い奴。それが何時終わるともなくず~っと続いて。終わったと思えば津波が来て」

「見えたの?」

「私の家は山なんで影響なかったんですが、海が見えるんですよ。見てました。その後の町も見に行きました。

なんでしょう、爆撃を受けたらこうなるんだろうな、って光景で。あったはずの町がどこにもない。この世の終わりだと思いましたよ。流通も含めて、もう元に戻る事はないというか」

「あぁ……」

「でも五年経ってみて、傷跡はまだまだ残ってるけど、もうすっかり違う形になろうとしてる」

「五年って月日は、結構長かったのかね」

「長かったんでしょうね~。その間の事なんて何一つ覚えてませんが。必死こいて色々やってきたのもあって、イマイチ記憶が……」

「そんな事ってあるのか?」

「実際そうですから。

五年前に、五年後今みたいになってるなんて想像も出来なかった。流された電車がまた復活するだとか、高速道路が出来上がっていくだとか。

自分自身だって、五年前から想像した五年後の自分の姿じゃないと思うんですよね、良い意味でも悪い意味でも」

「悪い意味って何だよ」

「とっくに結婚してるはずだった!」

「あぁ……それは無理だって……」

「諦めてません」

「希望を持つのは自由だ」

「まぁそれ以外でも、もっと成長しているはずだったとか」

「腹周りが?」

「殴りますよ?」

「冗談だって」

「分かってますよ」

「で、何が言いたいの?」

「あぁ、本題ね。

次の質問ですが、『この先五年後、自分はどうなってると思います?』」

「五年後?」

「はい」

「想像もつかんなぁ」

「ですよね」

「なんだよ、そりゃ」

「いや、不思議な気持ちなんですよ。

五年前のあの時、五年後なんて来ないと思ってました。割と本気で。

でもちゃんと来た。自分も五年分、年を取って、それなりに成長して。

人生って、ちゃんと続いていくんだなと思って」

「そりゃ死ぬまではな」

「そう思ったら、今から五年後の自分はどうなってるんだろうとふと疑問に思った訳ですよ」

「で、聞いてみたと」

「そゆことです」

「ん~、とはいえ、未来の事なんざ想像もつかんからな。それこそ思い描いてみたって、地震一発でパアになる事もある」

「そうですね~」

「ほんでも必死こいて何かをやっていかなきゃ、五年後の輝かしい未来は来ないって感じか」

「私は楽して輝かしい未来を手に入れたいですよ?」

「アホか」

「アホで結構!」

「うわ、開き直った」

「まあ五年後が一足飛びにやってくる事もないですし、一日一日大事にしていきましょうねって事ですよ。未来しかない我々です、一生懸命生きて、五年後に『五年前にこんな下らない会話してたな』なんて振り返えれるようにしましょうよ」

「何かいい感じにまとめようとしてるな」

「茶化さないでくださいよ」

「はいはい」

「ではまた、五年後に。その時の貴方に会えるのを楽しみにしてますよ」

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五年後 黒井羊太 @kurohitsuji

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