第2話家内が死んだ。

あの日。私達夫婦は、家で片付け作業をしていた。すると、あの大きな地震が来た。

「わ!地震だ。」

「あんた、これ、結構大きいよ?ちょっとこれ。。。怖いなやぁ」

その間もガタガタと、揺れが強くなり棚は倒れ瓶やら、皿やら、飛び出してきて、私達夫婦は、茶の間の扉を開け、テーブルの下に潜ってただ、ひたすら地震が収まるのを待った。

そう語るのは岩手県飯館村に住む佐藤正徳さんだ。

今は仮設住宅で一人で住んでいる。その時の話を聞いた。

それから、地震が収まった頃ラジオをつけた。

すると、そこには耳を疑う事実が流れてきた。

「只今東北地方で、マグニチュード9.0の大きな地震が発生しました。大きな津波が予想されます。皆さん高台に大至急逃げてください。」

「あんたぁ、津波が来るってよ?」

「んだなぁ、ここにいても危ないから、とりあえず、外逃げっペ」

そうして私達夫婦は、外に出た。その時、遠くの方からザザザーと津波がすでに押し寄せてきた。

私達は、一目散で高台を目指したが女房は、足が悪くあまり早く走れなかった。

「モタモタすんなぁ、早く。母ちゃん、早く。早く。」

「待ってけんろ。わたす、足が。。。」

もうすぐそこまで津波が押し寄せてきた。足が濡れ、うまく歩けない。死物狂いで近くにあったビルに避難しようとした。階段を登ってる途中、水が腰まで来ていた。

「ほら、もう少しだから、頑張れ!」私が女房の手を引こうとした時、勢いよく津波が私達夫婦を襲った。

目の前は、淀んだ水や、ガレキで、なんにも見えなくなり体が何度も、何度も水の中で回転した。息が苦しい。

私は、やっとの思いで水から、顔を出した。

しかし、手を握っていたはずの女房の姿はどこにもなかった。

「母ちゃん、どこだ?かあちゃーん。かあちゃーん。」押し寄せる津波から、やっとの思いで最上階に上がったが、登ってきた3階部分はもう跡形もない。

すると、「大丈夫かぁ!ほらこっちに早く!!」

先に避難していた人に私は、助けられた。


翌日、私は、その人たちと仮の避難所、近くにある、小学校の体育館にいた。そこには、私のような家族と離れ離れになった人達が大勢いた。

怪我をした人。裸足で逃げてきた人。失望した人。誰もが疲れ切っていた。私は、すぐさま避難所にある、張り紙のとこに目をやり、女房の名前を探した。いくら探してもない。私は、ガレキの山になった道をくまなく探した。どんなに、探しても、探しても、女房はいない。

深い悲しみが私を襲った。まだどこかできっと生きている。そう、自分に言い聞かせた。

次の日もしかしてと思い、遺体安置所に行くとそこには、無数の布が被された亡くなった人がいた。

私は、まさかとは、思っていたが、とりあえず、見ることにした。

受付で、女房の名前を言う。だが、死亡者登録リストには名前がない。遺体の中から、身元不明者を一人ひとり布をめくって見た。みんな、顔が分からないほどパンパンに浮腫み、それはそれは見れたもんじゃなかった。

5人目をめくった時、女房があの日来ていた服と同じ服で、ところどころ破けた服を着た傷だらけになり、褐色した、婦人の遺体。女房だ、、、。顔は、水を含みパンパンになっていたが、安らかな眠った顔をしていた。

女房は、右耳に特徴的な大きなほくろがあった。その婦人にも。間違いなかった。その瞬間、私は、涙が溢れた。ただただ、ごめんな、ごめんなといって、変わり果てた冷たくなった女房を強く強く抱きしめた。守れたはずなのに、もう少し強く手を握っていたら、もっと早く逃げていたら、死なずにすんだだろう。沢山の後悔と、助けられなかった無念の悔しさが、込みあげてきた。何十年と苦楽をともしてきた女房が死んだのだ。

それから、体育館に戻ると、再開を喜ぶ家族がいた。泣きながら抱き合い、良かった良かったとただただお互いを励ましていた。本来なら。。。

私は、途方に暮れ、何も考えられなかった。ボーっと、天井を眺めていた。そんな時、「あんたも誰か探してるのかい?」

話しかけてきたのは70歳のおばぁさんだ。

「一緒に逃げた女房が、目の前から突然消えて、津波にのまれて、先ほど遺体安置所で、再開しましたよ。」

「お気の毒にねぇ。。まだ、遺体として、見つかったから、良かったよ。あたしゃ、旦那がね。。。逃げてる途中で家に忘れ物をとりに行ってはぐれてそれきり。未だに遺体安置所にも、いないし、どこ探してもいないんだよ。。。ほんとにどこ行っちまったんだろうねぇ。悲しいなや。どこかで生きていてくれたらいいけどね。。。もう家があったとこもガレキで、埋め尽くされてるし、可能性は低くてね。」

「どこかで、生きていてくれたらいいですね。きっと大丈夫ですよ。」

そう言うのが精一杯だった。被災者の中には遺体にすら会うことができず未だに行方不明になったままの遺族もいる。諦めたくはないが、現実は残酷だった。


こう話してくれた佐藤さん。あの時の悲惨な現状が、ありありと伝わる。私は、言葉が出なかった。それからというもの半月ぐらいは物が、喉を通らなかったという。だが、いつまでもくよくよはしてられない。亡くなった女房に叱られるから。と、前を向いて今を生きている佐藤さん。その横には奥さんがにこやかに微笑む遺影があった。

「いつも、こいつに話しかけてるんです。女房の体はなくなっちまったけど、いつも、隣にいる気がして。あんたぁ、そげな顔してねーで、ほら、笑いなさいや。そう言われてる気がするんですよ。今でも女房は、私の心の中でずっと生き続けています。だって、長年連れ添ってきたから、忘れるなんて、とんでもねー話でしょ?だから、こいつの為にも強く生きなきゃと思うんですよ。」


これは、当たり前のように過ごしてた毎日が突然消えてしまった人の物語の一部分だった。約4千万という人が亡くなった。その人たち、一人ひとりに父、母、子供、兄弟、嫁、旦那、祖父、祖母、彼氏、彼女、というように、関わる人たちが沢山いる。その大切な人が、突然消えてしまう悲しみは計り知れない。当たり前のように、傍にいたのに。笑う顔も、怒鳴る声も、優しい温もりも、全てが目の前から消えしまうのだ。あなたには分かるだろうか?やりきれない苦しさ。虚しさ。悔しさ。悲しみ。それらの感情が、その遺族たちに襲いかかる。どんなに、時を過ごしても、拭い去ることはできない。心に大きな穴を開け、真っ暗な闇が覆いかぶさるのだ。

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