――不吉だ。


 ノクティス・リーデルシュタインが去り際に笑みを見て、デルムッドは直感的にそう感じた。

 傍らに立つ騎士――いや、元騎士か――カイン・ダランが悪童であるのに対し、あれはその上を行く悪鬼だ。

 ただ歩くだけで、その歩んだ道に不吉を振り撒く災厄のような子鬼だと、デルムッドは感じていた。

 普段は飄々と、まるで何が起きても何処吹く風と言いたげに、脱力し、怠惰と物憂いの狭間をふらりふらりとしているように見えて、その実万事に対して配慮を怠っていないように見える。

 だというのに、いざ状況に陥れば考えなしに事挑んでいる風に思わせるのだから、正直――気味が悪い。

 直感で動いているのならば、まだいい。それは戦士として必要不可欠な素養だろう。

 戦場において、なにより信じるべきは己の直感だとデルムッドは思っている。長年の修練と実勢で培った経験――それらが交じり合って身に染み続けたが故に働く、危機本能の賜物。

 危険と感じた瞬間に動くこと。此処だと思った瞬間に臨むこと。

 そういった勘働きに即座に反応できる感性は重要だろう。

 だが、ノクティス・リーデルシュタインのそれは、デルムッドが思っているものとは異質なものだと感じている。

 勘だとか、本能だとか、そういうものではない。あの男は直感で動いているのではなく、執念で動いている――そう感じてしまうから。

 普段はそのすべてを忌避し、逃げ回るくせに、いざ戦わねばならない状況に陥ったら、ひたすら戦うことに固執し、抗うことを徹底する。不利な状況に陥れば陥るほど狂喜する感性など、常人に推し量ることはできない。

故にあの男は戦士ではない。あれは人の皮を被った獣だ。

 だから、デルムッドはあの男が嫌いなのだ。

 いや、厳密に言えば少し違う。


 ――悍ましいのだ。


 対峙すれば絶対に勝てない――初めて奴と邂逅したその時からそう感じてしまうが故に、デルムッドはあの男を嫌悪する。


 立ちはだかるな。


 対峙するな。


 立ちはだかったなら。対峙したなら。戦ったなら――絶対に勝てないから。


 死ななければ負けていないなんて思う相手けものと対峙するなど、それこそ死んでもごめんだ。


 あれは不屈の権化だ。

 くじける、ということを知らない、あるいはしない――できない存在だ。

 だから不吉なのだ。

 そのことを、この男は気づいているのだろうか?

 デルムッドは隣で楽しそうに笑うカインを見た。元騎士の――死んだはずの男は屈託のない童子のような笑みを浮かべながら言う。


「さてと。我々も見世物を観に行こうか? 丁度いいから賭けでもするか?」


「話にならん」


 カインの戯言を一言で断じながら、デルムッドは歩き出す。背後で「ノリが悪いぞ、と」というぼやきが聞こえたが、いちいち相手にするだけ無駄だろう。

 そんなことよりも、嫌な予感は膨らむばかりだ。

 最早逃れられない、最悪へと突き進んでいるような気がする。

 最もそれは、ノクティス・リーデルシュタインが現れた瞬間から確定しているような気がした。

 本当に、性質が悪い。

 悍ましいし、憎たらしい。あのような奴が認可傭兵であるということが信じ難い。あれを飼い慣らそうとしている第三王女の正気を疑う。

 そしてあのような美しい女性を伴っていることも認められない。

 あんな化け物と共にいるくらいなら、自分といたほうが余程マシだろうに。


 そこまで考え、デルムッドは苦笑した。


 自分の中にあるあの男に対しての感情は、憎悪なのか。嫌悪なのか。そしてそれだけなのだろうかと。

 もし他のあるのだとすれば、もしかすればそれは――


「……有り得ない」


 自らに言い聞かせるように、デルムッドはそう言葉を口にし、今わずかに脳裏に浮かんだ言葉を共に吐き捨てる。

 今は成り行きを見定めればいい。どうせ見世物で執り行われるのは、化け物と化け物の対峙なのだから。



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