第5話 見上げれば…


兄貴とはよく星空を見上げた。

俺はそんなに興味があったわけではなかったけれど、兄貴がそうしているのを見ていると、同じようにそうしていたいと思った。なぜだかわからない。単にそれが心地よかったからだ。

きっと俺は心から兄貴のことを信頼していた。


兄貴とした話の一つ一つをよく覚えている。

そしてそのやりとりを俺は大人になってもことあるごとに思い出した。


「空がどこからでも見れるように、夢だってどこからでも見れるんだ。」

兄貴はすこし得意げに言う。

「夢か。そんなの俺にはないな。」

「そのうちできるさ。何か夢中になれるものを見つけるんだ。この街にもある。ちゃんと、な。 そういうものは色んな所に転がってるからアンテナをはるんだ。」


夢ってそんなにいいものなのか。

たぶん俺は劣等感の塊だったんだ。夢という言葉が誰かの口から出るたびに正直少し鼻についた。

俺にはこれといった長所が見つからなかったから。

少なくとも大人たちは「夢を持て」と言いながらも、漠然と未来への希望みたいなものが生まれるたび、それを根っこから引っこ抜いてばかりいた気がする。それは軽いトラウマのようにも思えた。


だけどー兄貴からそういわれると、なんとなくだけれど、胸が膨らんだ気がした。

俺も夢をみていい―。兄貴はそう言ってくれているようだった。

そうやってきっと俺は知らないうちに救われていったんだ。

いつか、いつかー。


兄貴の話は勉強が嫌いな俺にもなんとなく分かって、俺はいつも胸を熱くした。


「光の速度の話は聞いたことがあるだろう?」

「うん。すっごく速いんだよな。宇宙で一番。で、宇宙はもっともっと広い」

「ああ。じゃあ、これはどうだ?今こうやって見上げている星の光が地球に届くまでの時間を考えると、見えているのはそれぞれ違う時代の星だってこと。」

「どういうこと?」

「例えばあのアンタレスっていう赤い星があるだろ。あの光が地球に届くまで553年かかってる。」

「うん。」

「で、今度はあのシリウスっていう白い星。あの光が地球に届くまでが8年。」

「あ、そうか。俺らが今みてるあの赤い星は553年前の星で、あの白い星は8年前の星ってことだろ?」

「ご名答。だから僕は地球から星を見上げるのはタイムスリップと同じだと思うんだ。」

「すげえ」

「だろ?」


実は、兄貴と俺は同い年だ。

いつからか俺は及川祐樹その人を慕い、兄貴と呼び始めた。兄貴は兄貴でいつのまにかそれを受け入れ、俺を弟分のように思ってくれるようになったようだ。ちょっとオカシナ関係だけれど。


そして、2人で上がった中学で、俺は夢を見つけた。

その感覚は、兄貴の言う通り、どこにいても充分に俺を興奮させた。


どこまでもいけるんだ。行ける所まで行こう。

この気持ちさえあれば強く生きていけるのだと、俺は確信したのだった。

胸を焦がすその想いは星を見るのにも似てどこか切なくもあった。


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