原発作業員(※詐欺求人)

□日給:6k

□期間:一ヶ月

□支払日:月末締め


□備考:作業着自腹、工具類は貸出。寮(一軒家のシェアハウス)有り。※ただし寮費が月80kに対し、日当6kの仕事は実働15日。


□収入:☆☆☆☆☆

□兼業:☆☆☆☆☆

□危険:★★★★★

□ネタ:★★★★★


□実働時間:6時(出発)17時(終業)帰宅は19時




□至った経緯

 パン屋を辞め、原発へ向かうべく媒体を漁り始めた筆者は、関西にほど近い愛知の求人に即座に飛びついた。夜行で面接に向かうや早々に住居を引き払い、ただ機材だけを担いで向かった筆者を待ち受けていたものは、しかしさらなる地獄だった(原発求人華やかなりし当時、愛知の某興業と言えば、記憶にピンと来る方もいらっしゃるかもしれない。正にそこだ)




□業務内容

 原発に行ける行けると言われながら、酷暑のなか道路工事に携わるだけの簡単なお仕事。早朝に寮(と言う名のシェアハウス)から数人で乗り合わせ、指定された現場に向かう(ただここで注釈を入れておきたいのだが、筆者の所属するM興業は曾孫請けクラスの最下層で、日当は本来の三分の二程度の6kと、明らかに労働内容には見合っていない)


 現地では舗装、あるいは修復する道路に合材(※アスファルトの素材。出来立てほやほやの道路の、まだ黒いアレとでも言えば分かるだろうか)を撒き、これをローラーその他を用い整地していく。


 言葉にすると単純な様ではあるが、アスファルトの溶解温度は100度を軽く超す。ちなみに筆者はと言うと、以前遺跡発掘で使っていた安全靴(※つま先に鉄板が入った、土木作業用の靴)を履いていったが、初日で溶けた。これは文字通り、路面の熱に靴底が堪え切れずに溶解したのだ。帰りに泣く泣く耐熱性の靴に買い換えて事無きを得たが、これまで労苦を共にしてきた安全靴は、残念ながら墓地送りと相成った。


 ただでさえ熱を伴う道路工事の、炎天下での作業は特に苦しい。地面からは靴底を溶かす灼熱と、空からは身を焦がす真夏の太陽が降り注ぎ、見る間に身体から水分を奪っていく。ここで相応の給与が出ればスポーツドリンクを買うなど手立てもあるのだが、問題は遺跡発掘を上回るだけの薄給という事実だ。


 寮(実際にはシェアハウス)という建前から食事は出るが、聞いて驚く無かれ差し出される弁当はおにぎりが二つだけだ。到底夏場の土木作業を支えるだけの栄養価は持ち合わせていない。


 だがかといって外で何かを買えば、あっという間に出費が稼ぎを上回ってしまう。寮費80kに対し、日当は6k。月に二十日も出勤出来れば何とかならない事も無いが、曾孫請けの弱者たるM興業の実働日数は僅かに十五日。さらに雨天時やその他の事象で微減もあり得るから、おおよそ携帯代を払うだけで自由に使える金は5kを切る事になる。




□さてここでM興業について話そうか

 この窮状を探るにあたって、一体ではM興業とはどんな会社なのか、そこから遡って話さねばなるまい。福島復興作業篇にて軽く触れてはいるが、M興業もその例外では無い。社長は老人。とどのつまり現役のヤンチャ勢では無く、没落から再興すべく原発に群がろうとする哀れな亡霊とでも言うべき存在だ。


 名目上正社員とされている男性陣は二名。一人は小指の数が足りないへこへこした初老の男と、もう一人は言葉が不自由な知恵遅れの青年。なお何故二人が社長に付随しているかと言えば、悲しいかな賭け麻雀で借金を背負わされ、給料の前借り無しにはその日暮らしにすら事欠く状態で繋ぎ止められている為だった。


 この二名の社員の他に、原発の求人で集まった面子が三名。一人は元運ちゃんの愛知県人、一人は筆者と同じ関西からやってきた元薬屋、そして言うまでもなく筆者と、これまた専門も何も違うメンバーが、山奥の一軒家で暫しのあいだ寝食を共にしたのだ。




□寮と言う名の古民家に、貼られた数多の札と塩

 社長が月額一万円で借り受けていると豪語する地方の古民家は、広大な敷地に在りし日の威容を湛えながらその姿を残している。場所はみよしの山間部。無論ここまではさしたる問題は無いのだが、問題は中身だ。


 先ず玄関から土間を抜けると、古民家特有の急勾配の階段がある。家自体は2階建てで、一階が社長の居室と台所、それからトイレと、二階がまるまる従業員の寝所という区分だ。


 その二階に向かう階段には、一段置きに盛り塩と札が貼られていて、登った先の左手にはガムテープで目隠しがされた「子供部屋」と、右手の突き当りには半分だけ切られた階段がある。繰り返しになるがこの家は二階建てで、三階は存在しない。にも関わらず「半分に切られた階段だけが」廊下の端に作り置かれているのだ。


 要するに、この会社は二重の意味でやばかった。離れでは夜毎賭け麻雀が繰り返され、しかしルールが分からなかった筆者は常にお茶くみを引き受ける事で巻き込まれる事態を避け続けた。




□離れでは麻雀、しかし一人母屋に帰れば

 先に風呂へ行く、という名目で離れを抜ける事が出来た筆者は、僅かのプライベートタイムを満喫すべく二階へと向かう。六部屋のある二階は、幸いに一人一部屋ずつが割り当てられていて、八畳ほどの一間にごろんと寝転がり、筆者は携帯のエロアプリを起動していた。


 するとギイギイと階段を昇る音が背後から俄に聞こえ、筆者は誰かが戻ってきたのかと慌てて携帯を閉じる。だが誰も来ない。当然だ、離れから人が来れば、先ず離れの扉が開閉する音に続き、玄関の扉が開く。冷房の無い古民家の、開け放たれた二階の窓からは外の音は丸聞こえで、いくらエロアプリを開いているからといって筆者の注意が逸れるなんて事はあり得なかったからだ。


 似たような事象は一人で風呂に入っている時や、一人で一階の掃除をしている時に度々あった。誰かの足音や、一言だけの声はする。返事をして振り向くが人影は無い。


 仕事がそう多くないM興業において、非番の日は家の掃除や、近所の草刈り、社長の犬の散歩など、とどのつまりは雑用に借り出される事がしばしばだ。だから一人掃除などという日も珍しくは無いのだが、これらの不可解も同じぐらいにありふれていた。


 この手の事象で最も騒がしかったのは、例の階段のすぐ隣に寝泊まりしていた元運ちゃんが、夜中に「殺してやる!」と喚きだした時だろうか。アニオタで、普段は温厚だった彼の豹変に周囲は戸惑っていたが、彼自身はそのことを覚えていなかった。ちなみに大阪からの引っ越し、さらにはM興業からの脱出と手を貸してくれたのがこの御仁で、そういう意味では筆者は氏に多大なる恩義がある。(娘さんが無事芸大に合格できている事を、切願して止まない次第だ)

 



□本当に怖いのは人間なんだ

 過ぎ去りし日々を思えば、明らかに恐れるべき事象が多発していた事は否めない。そもそも入寮当日に、案内役の青年から「その部屋だけは絶対に入っちゃ駄目」と子供部屋を指された時にもっと真摯に気づくべきだったのだが、原発に往く為の布石程度にしか考えていなかった筆者にとって、その警句は文字通り馬耳東風に過ぎなかった。


 正社員の二名を見るにつけ、明らかにさっさと離れなければこちらも身を削られると思いつつも、降ってくるのは連日「住民票を移せ」といった矢の様な督促で、要するに筆者自身を逃げ場の無い状況に追い込む事で、都合の良い奴隷をもう一人確保するのだといった興業側の意図はあからさまに丸わかりだった。


 さしあたって逃走用の資金を作るべく、なけなしの遊戯王コレクションを売りに出した筆者は、これで80kの元手を得た。次に京都の友人に機材を送り庇護を頼み、あとは労基を盾にした退社交渉に打って出たのだ。


 失うものは何もない状況での一転攻勢に渋々ながら残りの給与を手渡した社長に別れを告げ、筆者はこの不可思議な一軒家を後にした。最後の晩、遠くでは祭り囃子の音頭が微かに聞こえ、こんな事でなければ良い土地だったのにと感慨にふけったのは記憶に鮮明だ。


 その後最後まで残った薬屋の先生(なんでも末期がんで、西成に住んでいたのらしい)とは、ある日を境に連絡が取れなくなったが、彼の曰くでは青年は警察にしょっぴかれ、働き手の不足したM興業は相当に苦しい状況に陥っていたらしい。


 しんがりが何処とも知れぬ今、彼らの現状を知る術はどこにもありはしないが、あの古民家だけは些かに気になっていて仕方が無い。いずれ彼の地をまた踏む事はあるのだろうか。それらは全て運命の流れるままに身を任せたい。




□総括

 低収入篇のラストは、個人的にブラックオブブラックと考えるこの仕事で締めさせて頂いた。ぶっちゃけ兼業に向く向かない以前のネタクエストとでも言うべき一節につき、適当に読み飛ばして貰えればと思う。


 筆者個人に関して言えば、確かに怪奇現象も恐ろしいものではあったが、それ以上に完全に生死を賭す局面だった為か、生き延びる事に必死で幽霊だなんだとかまけている余裕は無かった(リアルカイジ感満載の現場に居合わせられた事だけは僥倖だろう)

 

 さて、兼業も糞も無い。そもそも本業としてすら成り立たない仕事の話題はここまでにしよう。次回からは魔都東京を生き延びる為の、日雇いにお話に移る。


 それではまた。

 草々。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る