第4話

 もはや過去の話だが、僕の家は、街でも指折りの大金持ちだった。


 ケンオの家とは、遠い遠い親戚という間柄で、もう何十年も付き合いがなかったらしい。一人息子の僕でさえ、十六年間、親戚に魔女がいるということを知らなかったのだから、その縁の無さといったら相当なものだったのだろう。


 本当に血の繋がりがあるのか、怪しいものだ。


 僕は何気なくそう思っただけだったが、周りは違った。


 もう行くところが無いから、資本家の父の名前をでっちあげたのではないか。綺麗な顔をしているから、それで父に近づいたのではないか。


 などと、ケンオは影でかなり酷いことも言われていた。本人は、気にしないと言っていたが。


 気にならない訳は無かっただろう。しかしケンオは、そんな噂をものともせず、急速に街に馴染んでいった。見知らぬ土地に飛び込んでいくのは慣れたものだし、もともとの明るい性格も手伝ったのだろう。あっという間に友達が出来て、しばらくすると、一晩中家に帰らない日も出てきた。


 そのころの僕の両親は共働きで、仕事で一週間近く家を空けることもあったから、ケンオが夜遊びしているなんて知らなかったに違いない。いや、仮に気づいていたとしても、とやかく言わなかっただろう。そういう親ではなかった。


「みんな、良くしてくれるわよ? わたしが魔女だから、物珍しいみたい」


 そんな風に笑顔を見せる彼女は、とても楽しそうに――見えなかったけれど。


 ちっとも幸せそうには、見えなかったけれど。


 僕も、ケンオに対してあまり干渉しなくなっていった。彼女は僕よりも二つ年上だったし、そもそも僕には彼女の素行の悪さを注意する権利も無い、と思っていたからだった。


 しかし、今ならばそれが、自分自身を偽るための嘘だったということがわかる。


 彼女は、僕が絶対に接点を持たないような、ガラの悪い連中とも付き合いがあった。


 僕は、ケンオがどこか手の届かない世界へ向かっているのを知りながらも、気が付かない振りをしていたのだ。彼女を制止する勇気が無かった。日々、変化していく彼女の後ろ姿を眺めながら、自分の意気地の無さを、心のどこかで呪っていた。忌み嫌っていた。嫌悪していた。


 嫌悪していたのだ。

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