第2話

「お前さ、何だってそんなに俺を毛嫌いすんだ?」

「別に、嫌ってなんかいないけど・・・」

「小さい頃はさ、郁ちゃん郁ちゃんってどこ行くにも後くっついて来てたのにさ。」

「それは郁彦でしょう?私の顔見るとちょっかいばかりかけてきて!」

「あれは親愛の表現で・・・」

「そんなの、いらない。」

「な、なぁ、憶えてるか。小六ん時の秋の遠足。」

郁彦は突然、聞きもしない思い出話を語り始めた。運動会、遠足、修学旅行。どれもこれも最悪の記憶しかない。

「お前さ、公園の水飲み場で水引っ被って・・・」

「それが何?」

「その拍子にひっくり返って、白いキュロット泥だらけにしたよな。」

何でそんなこと憶えているんだ、こいつは・・・ひっくり返ったことはともかく、私でさえ忘れていた白いキュロットのことまで・・・

「あ、あれは、自分で被ったんじゃ・・・」

「ん?」

「いや、何でもない。」

そう、自分で被ったんじゃない。郁彦のこと好きな子に呼び出され、水をひっかけられた挙句、水たまりに突き飛ばされたんだ・・・何で私がこんな目に遭わなきゃならないの、ただ幼馴染っていうだけで・・・悔しくて泣きたかった。ついでに文句の一つも言いたかった。でもそんなことすれば、きっと郁彦に迷惑がかかる、だから何もなかったことにした。私が我慢すれば、それでいい。小学生のくせに、そういうところにだけは妙に気が回る、全く可愛げのない子供。それは今でも変わることなく、私の人格を形成している。


その日を境に、その女子とそれを取り巻く女の子数名の態度が変わった。郁彦にはわからないように、影で私の悪口を言ったり物隠したり。ああ、これって俗にいういじめってやつですか。やれるもんならやればいい。私の勝気な性格は、相手の理不尽な仕打ちを受け入れる度量は持ち合わせていない。だから徹底的に無視し続けた。親にも先生にも言わない。勿論、郁彦にも・・・私が余りにも音を上げないもんだから、相手も業を煮やしたのだろう。仲良しのふりをして私に近づき、自分がどれほど郁彦が好きなのか、私がどれほど郁彦には不釣合いなのか涙ながらに訴えてきた。今度は精神的ダメージ与えようって魂胆か。あんたがどれほど郁彦好きだろうが、私の知ったことじゃない。それに・・・言われなくても自分が一番良くわかっている。私じゃ、ダメだって。郁彦の側にいていいのは私じゃないって・・・そんなことが何週間か続いたある日、その子が突然、手のひらを返したように擦り寄って来た。どうしてかなんて聞かなくてもわかる。郁彦が・・・気付いていたんだ、私がいじめられているって。郁彦にだけは知られたくなかった。ましてやその原因が郁彦だなんて、絶対知られちゃいけなかったんだ。それなのに・・・郁彦に迷惑をかけたことで私の勝気な性格は輪をかけて勝気になり、そして・・・郁彦への仄かな恋心ごと全部、それまでの全てを飲み込み、心の奥底深く封印したのだった。

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