第7話「白銀のアーチャー」

 洞窟の奥から、光が漏れていた。


 セシルはだんだんと光に近づいていく。視界が少しずつ明るくなる。


「止まれ」


 前を走っていたラクロが足を止めた。セシルも岩壁に身体を張り付けて、奥の様子を伺う。


 アウルベアの数は三十体強といったところだった。

 第五小隊の方は、兵士の六割ほどが負傷しているようだ。

 隊は壁際に追い詰められており、状況はかなりの劣勢。


 ラクロが舌打ちした。


 あの様子では、たった二人が加勢したところで状況が変わるとは思えない。

 やはり自分たちは加勢するべきではないのだ、皆殺しにされるのがオチだ、やっぱり引き返そう……と言おうとした、そのとき。


「おまえ、ここから動くなよ」


「え? ちょっと……」


 ラクロは短く言い残すと、セシルを置いて音もなく駆け出していった。


「は……」


 速い。


 すぐ目の前にあったはずの黒い影は、一瞬のうちに光る戦場に躍り出ていた。


 ……しかし、セシル以外は誰もそのことに気が付かない。


 それほどすばやく、ラクロはアウルベアたちを屠っていった。


 静かにまた一体、そしてもう一体。

 血飛沫を上げる剣を、いつ抜いたのかすらわからなかった。


 バタバタとアウルベアの倒れる音で、戦場はやっとラクロがやってきたことに気が付いたらしい。

 怪物たちの目が、救世主の到来に歓喜する群衆の目が、ラクロの影をなぞる。


 ラクロは片手で軽々と剣を振り回し、舞でも踊るようにアウルベアの頭、喉、心臓を穿っていった。


 そして、あっという間に敵の数は二十体ほどに減っていた。


「強い……」


 セシルはつぶやく。

 そして、先ほどの自分の言葉を思い出して、急に恥ずかしくなった。


(僕たちだけでも帰ろうよ、なんて……)


 ラクロは剣を突き出してアウルベアを仕留める。

 と、その背後で、


「あっ……!」


 別のアウルベアが、大きく口を開けていた。


(危ない……!)


 ──助けなきゃ、と思った。


 セシルは背負った弓に手をかけ、だって……と、心の中で言い訳のようにつぶやく。


(だって、あの人は……)


 矢筒から矢を取り出し、弓につがえる。


(あの人は……私を見放さないで、ここまで連れてきてくれたんだから……!)


 弦を引く。標的は暗く、遠い。

 でも。


(……当てられる)


 セシルは確信して、手を離した。


 ピュンッ! と空気を切り裂く音。


 矢は迷うことなくまっすぐに飛んで、ラクロを狙っていたアウルベアの頭に突き刺さった。


 音もなく死んだアウルベアに気がついて、その仲間たちがこちらを見やる。そいつの眉間にも、つぽん、と矢が刺さった。


(……二発目)


 セシルは続けざまに矢を放った。

 三発目、四発目、と矢は綺麗にラクロの周りに集まったアウルベアたちの頭に突き刺さっていく。


 ちらり、とラクロがこちらを見た。

 そしてすぐに、自らも再び怪物たちを殺しはじめる。


 セシルも手を休めずに矢を放ち続けた。

 雨のように降り注ぐ矢は、激しく動くラクロには決して当たらない。

 正確に敵だけをとらえて、急所に鋭く突き刺さる。


「お……俺たちもやるぞ!」


 次々と倒れるアウルベアたちを呆然と見つめていた第五小隊の誰かが、声を上げた。


 おお……! と傭兵たちが動き出すが、しかし、そのときすでにアウルベアの数は残り五体。全員でかかるまでもなかった。


 ラクロの斬撃が二体を殺す。兵士数人がアウルベアとやりあって、一体殺したか殺してないかというところで、


「あ……?」


 ピュピュピュンッ! とアウルベアの頭蓋にセシルの矢が突き刺さった。


 そして、洞窟内は血生臭いにおいと静寂に包まれ、


「……おい」


 (他の兵士の)破れた衣服で刀身に着いた血を拭いながら、ラクロがこちらに歩いてきた。コツン、コツン、と彼のブーツの底が岩に当たる音が反響する。


 そして、


「やるじゃねーか」


 ニッ、と唇を釣り上げる。


「腰は抜けてるようだが」


「……え?」


 言われて、セシルはその場にへたり込んでいたことに気がつく。


 ラクロが手を差し延べた。セシルはその手を受け取り、


「……あっ!」


 ぐい、と乱暴に起こされて、ふらりとその場によろめく。


 ……すごく、身体がだるかった。


「おい、しっかりしろよ」


 抱きとめるようにしてラクロに支えられる。

 セシルはなんだか無性に恥ずかしくなって、かぁっと赤面した。


「ばっ……離せっ!」


「あ? ……おまえ今なんて言おうとした? バカ? 支えてやってんのに?」


「う、うるさいっ! 頼んでないのに余計なことするな!」


「ああ? んだとてめぇ、やんのかコラ」


「……おい、ラクロ」


 身体を離していがみ合うセシルとラクロの間に、隊長が割り込んだ。


「俺たちの仕事は終わった。他の隊の手を借りることなくな。……さあ、街に帰るぞ」


「あのな……」


 ラクロは呆れ顔で言う。


「なんでおまえが偉そうにしてんだよ。何もしてねぇくせに……。おまえらが助かったのは、こいつのおかげだろうが」


 白い目で隊長を見ていたラクロが、セシルに視線を移した。


「おい、弓使い。おまえ、名前は?」


「……セシル・エクダル」


 セシルははっきりと言った。

 ラクロの紫の瞳に、まっすぐな銀色の瞳が映り込む。


「セシルか。……おいおまえら、おまえらが助かったのはセシルのおかげだからな。せいぜいこいつに感謝するんだな」

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