第2話「ひとりぼっちで前を向く」

 二大強国、アルファルドとイルナディオスは長らく戦争をしている。


 今は停戦中だが、三年前にもその二大強国と同盟を結んだ小国同士の争いがあった。


 アルファルドと同盟関係にあったシュティリケ王国と、イルナディオスと同盟関係にあるスラージュ王国。


 二国が戦争を起こした当時、セシルはシュティリケの王都に父と二人で住んでいた。

 母親は物心ついたときからいいなかった。


 父に訊いても、母のことは何も教えてくれなかった。


 セシルが母について知っていることといえば、自分に似ているのだろうということだ。

 セシルは父にまったく似ていなかったし、母のことを尋ねるとき、父はいつも懐かしそうな目でセシルを見ていた。


 シュティリケの王都が襲われたとき、セシルは着の身着のまま父と逃げ出した。

 街が焼かれて、逃げ遅れた知人友人が焼け死ぬ声を聞いた。死にゆく姿を見た。だから火は嫌いだ。


 シュティリケにはもういられないことがわかって、セシルと父はシュティリケと隣接していたアルファルド王国の領土へ逃げた。


 その数日後、王族が全員殺されてシュティリケは滅亡した。小さな国だったが、優しい人が多い国だった。豊かでも貧しくもなかったが、いい国だった。


 そういうわけでシュティリケ王国が滅亡してしまったので、亡シュティリケに隣接しているアルファルドの最西端、ハーシェル子爵が治めるルンベックの街にはシュティリケ難民がたくさんいた。

 特に顕著なのはムーリネン地区と呼ばれるスラム街で、セシルも父と二人でそこに住んでいた。

 半年前までは。


 半年前、父が病気で亡くなった。


 たった一人の肉親がいなくなって、セシルは途方に暮れた。

 しかし、悲しんでいるばかりではいられない。セシルはこれから一人で生きていかなければならないのだ。

 セシルは同じくシュティリケから逃げてきた難民の子どもたちに慰められ、なんとか悲しみの淵から立ち上がった。


 難民はなかなか雇い先を見つけられない。

 大人の父ですらそうだったのに、女の子どものセシルなんかもっとそうだった。


(……でも、今日は運良く仕事がある)


 その日の朝、セシルは仕事にいく準備をしていた。


 二日連続で仕事にありつけるなんてついている。

 セシルはご機嫌で、小さく鼻歌を歌っていた。


(……いや、でも、気を引き締めていかなくちゃ)


 今回の仕事は生半可な気持ちでやっていると酷い目に合う。


 下手をすれば、死ぬ。


 セシルは、アンシーリー討伐隊の兵士に志願していたのだった。


 昨日、セシルは仕事帰りに傭兵募集の張り紙を見つけた。


 ハーシェル子爵私兵隊指揮下で行うアンシーリー討伐。


 ここ最近、森に出るアンシーリーのせいで商人が街まで来られず、街の経済は落ち込んでいるのだった。

 この街の領主であるハーシェル子爵はそれをひどく問題視しており、ついにくだんのアンシーリーを討伐することに決めたのだった。


 貼り紙によれば、報酬は参加者全員に出るらしい。

 手柄を上げればその分ボーナスも支給されるとか。


(それはもう、やるしかないよね!)


 ……ということで、セシルは参加を決めた。


 セシルは決して強いわけではない。

 しかし、自分の身を守るくらいの術は持っているつもりだった。


 手柄を上げて人より多く報酬を……というのは難しいかもしれないが、しかし参加して、生きて帰って来ることならなんとかできるだろう。


(多分……)


 参加費は決して高額ではないが、それでもセシル一人がひと月生活するのには十分な額だ。


 とりあえず参加して、隅っこの方でじっとしていよう。

 戦闘は得意な人に任せて、自分は適当にサポートするふりをする。

 あとは、無事に帰って来さえすればいい。


(完璧な作戦だ……!)


 ……しかし、それには一つだけ問題があった。


 アンシーリー討伐の参加資格は、「健康な男性」に限られているのだった。


 ──男性。


 無論、セシルは女だった。

 身長は女の中じゃ高い方だけれど、男に比べればやはり小さい。手足は細いし筋肉もないし、胸はあまり目立たない方だが、それでもセシルは誰が見ても女だ。


 いや、でも……とレザーパンツを履きながらセシルは思う。今日はいつものワンピースは封印だ。


(世の中には、こういう顔の男だっている……よね?)


 セシルは薄汚れた鏡に向かい、キリッとした表情を作ってみる。


 うんうん、男っぽい男っぽい……と一人で納得して、レザージャケットを羽織る。それだけでささやかなな胸は目立たなくなり、


(……うん。堂々としていれば、きっと大丈夫)


 白銀の長い髪を高い位置で結って、父が使っていた六十センチほどの長さの剣を腰に吊るす。

 背中には弓矢を担ぎ、


「……これでよし」


 きらめく銀髪を揺らして、セシルは朝日の中を一歩踏み出した。

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