朝食

 明くる日の朝、京が起きると、達夫は台所で料理をしていた。京は聞いた。

「…何を作っているんですか?」

 達夫は少し振り向き笑顔で言った。

「おはよう。簡単な弁当だよ。お前の分もあるぞ」

 京は弁当箱の中身を見た。のりたまのかかったごはんの入った弁当箱と、卵焼きと炒めたたこさんウィンナー、かにさんウィンナー、カリっと焼いた油揚げに醤油をかけたもの、塩胡椒で炒めたキャベツ、ミニトマトなどが入った弁当だ。京は唾を飲み込んだ。達夫は笑って言った。

「まだ食べるなよ?朝ご飯はこれから作ってやるからな」

 達夫はオーブントースターでパンを2枚並べて焼きながら、油を引いて熱したフライパンに卵を2つ落とし、目玉焼きを2つ焼いた。そしてちぎったレタスとミニトマト、キャベツの千切りのサラダにはエクストラバージンオリーブオイルとマヨネーズと塩胡椒を混ぜたドレッシングをかけて、焼き上がったトーストにマーガリンとマヨネーズを順に塗り、目玉焼きを載せて塩胡椒をかけた。達夫は満足げに笑って言った。

「よし。できたから食っていいぞ。多かったら残していいからな」

 京は唾を飲み込みながら言った。

「…いただきます」

 達夫も言った。

「いただきます」

 京は目玉焼きを落とさないようにトーストにかぶりついた。 白身のなめらかさとトーストの香ばしさ、マヨネーズと塩胡椒の味が口の中に広がる。やみつきになってかぶりついていると、今度は目玉焼きの半熟の黄身の濃厚な風味が加わった。黄身が皿にポタポタと落ちてしまい、思わず黄身をじゅるるとすする京。京は食べながら達夫の方を見た。達夫も目玉焼きの黄身をすすって食べていた。あっという間に目玉焼きトーストを食べてしまった京は次にサラダを食べた。

 新鮮なレタスのシャキシャキ感がエクストラバージンオリーブオイルの爽やかさとすっぱくて脂っこいマヨネーズのドレッシングでコーティングされてとてもおいしい。キャベツの千切りは千切りでレタスとは違った歯ごたえでおいしかった。キャベツにはあまりドレッシングを付けすぎないほうが辛くなりすぎず甘みを楽しめておいしいようだった。ミニトマトにもドレッシングの相性は抜群だったが、表面がつるつるであまりドレッシングが絡まなかった。

「…ごちそうさまでした」

 京はそう言うとふぅと息をついた。

「お粗末様でした。全部食べられたな。偉いな」

 先に食べ終わって食器などの片付けをしていた達夫は京の頭を撫でた。京は恥ずかしそうにまた達夫の目を上目遣いで見つめた。達夫は京の使った皿を洗い、スーツに着替えて言った。

「これ合い鍵な。何かあってこのアパートの部屋を出る時にこれで鍵をかけろよ。これは財布。千円札が1枚と、俺の携帯電話番号と110番…警察の番号…変な人や怖い人に襲われた時…困ったときに頼る番号と、119番…救急・消防…大きな怪我をした時、火事に電話する番号と、ここの住所、俺の名前が書いてあるメモと、テレホンカード…公衆電話をかけられるカードが入ってる。何かあったら使え。あと、チャイムが鳴っても部屋の鍵は開けるな。チャイムは無視していい。悪いが退屈しのぎになるものっていうと、ゲームとか、そこに用意してある落書き用のノートに落書きするくらいしかない。テレビがあるといいんだが、うちにあるのはアナログの古いブラウン管のテレビで…まあ要するに今は見られないんだよ。ゲームはできるけどな。じゃあ俺は会社に行ってくる。何かあったら俺に電話しろよ」

 達夫は鞄を持って出ていった。京はそれを見送ると、もう一度弁当を開けて中身を見た。おいしそうな弁当を見ていると、不思議と達夫の顔が目に浮かんだ。 京は恐々としながらもCDプレーヤーをいじり、やっとのことで入っていたアルバムをかけた。ギターの優しいメロディが部屋に流れ、女性ボーカルの可愛らしい歌声が部屋を満たす。

 京はさっそく達夫の用意した大学ノートにボールペンで落書きを始めた。しばらくすると、玄関のチャイムが鳴ったが、京は達夫に言われた通り無視した。もう一度鳴るチャイム。チャイムを鳴らしたのは近所の主婦、赤塚 君子だった。回覧板を回しに来たのだった。君子はいぶかしんだ。

(どうして音楽がかかっているのにチャイムに出ないのかしら…。河野さんって愛想もいいし別に付き合いは悪くないはずだけど…。それに今日は平日。この時間は仕事でいないはずよね。音楽がかかっていたから来たのに…音楽を止め忘れた?でも外からでも少し聞こえるのに忘れるかしら…)

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