追想

古い家を取り壊す際、何やら模様の書かれた紙を子供達が発見した。

「これ、なんだ?」

「『文字』ってものらしい。大昔の意思疎通プロトコルだ」

大脳神経に通信端末を埋め込んでいる最近の子供達には直接、検索情報が音声付の映像として脳に伝わってくる。実は今の会話も子供達は一言も発していない。脳内の端末同士の無線通信で瞬時に意思が相手に伝わるのだ。

「これ、どんな情報が記録されているのかな?」

「検索してもわからないや」

俺は子供達の通信に割って入った。

「どれ、見せてごらん」

見ると、五線譜だ。

「これは、『音楽』だな」

「それ知ってるよ! 映像から音声だけを取り出したデータの事でしょ?」

得意げに長男が応じる。

「ちょっと違うけど。内容なら曾曾爺ちゃんならわかるかも」

「え、っ」と、子供達は取り壊し中の家の縁側で休憩している老人を振り返った。

 俺の曽祖父、子供達にとっては『曾曾爺さん』にあたる老人は今年110才。最新の医療技術により、手足が不自由ながら元気ではあるが妻も子供も孫達も死に絶え、身寄りといえば疎遠であった俺達ひ孫の世代。この家が取り壊されたら、ホスピタル付の老人ホームに入る予定だ。

 曽祖父は脳内端末をもっていない。すでに発声を必要としない、文字も知らない、脳内端末世代の子供達とは意思の疎通さえできない。

 俺は今日の為にレンタルしてきた、古い音声合成端末で曽祖父に話しかけた。

「子供達がこれを見て、何なのか教えて欲しいそうです」

「おお、おう」

子供達がおずおずと紙を差し出すと、今まで呆けていたように動かなかった、曽祖父の表情が動き、かすかに笑顔となった。


老人は紙をのぞき込むと、静かに、

  ……静かに、歌いだした。


 「蛍の光 窓の雪 

  書読む月日 重ねつつ 何時しか……何時しか 年も……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る