第5話

残された僕は、逃げていったおじさんの姿が見えなくなると、恐る恐る男の方へ視線を遣った。

男は、纏う威圧感のせいもあるだろうが、ぞっとするほど綺麗な顔をしていた。

歳は僕より少し上ぐらいだろうか。

切れ長の目が、じっと僕を見下ろしている。

僕は怖さと居心地の悪さを紛らわすようにぎゅっと膝を抱いた。

男が唐突に手を伸ばしてきた。

殴られる……!

先ほどのおじさんへの言動からその手に暴力性を感じ、僕はとっさに目を瞑った。

しかし、堅い拳が飛んでくることはなかった。

代わりに頭の上に優しい感触が降り落ちる。


「大丈夫か? あのオッサンに変なこととかされてないか?」


男は僕の前に膝をつき、いたわるように僕の頭を撫でていた。

思わぬ優しさに驚き、一瞬動きが止まったが、すぐに僕は頷いた。

その反応に、男はほっとしたように表情を少し緩めた。


「よかった。でも、こんな所にいたらまた変なのに捕まるぞ。早く帰れ」


命令口調だが、こちらを心配していることが充分に伝わる優しい声だった。

僕は逡巡した。

帰りたいのは山々だし、一刻も早く立ち去りたい。

けれど、西條たちが監視している中、勝手な行動は許されない。

だが、男の優しさを無視するのも躊躇われた。


「帰りたくないのか?」


僕の迷いを察したのか、男が訊いてきた。

僕は少し迷ってから頷いた。

すると、男はスッと僕の前に手を差し出してきた。


「それなら、俺と一緒に来ないか?」


男からはさっきのおじさんより余程危険な香りがするのに、気付けば彼の手を握っていた。

男はどこかほっとしたような笑みを零して、僕を引き起こした。


「じゃあ行こうか」


夜の街に不似合いなほどの爽やかな笑みを見せる男に、僕は頷き手を引かれるままナンパ通りを後にした。

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