第4話

優しげな声に顔を上げると、父と同じくらいの歳のおじさんが、声と違わぬ優しげな表情でこちらの顔を覗いていた。


「具合が悪いの?」


僕は男ということがばれないよう声は出さず、首を振った。


「誰かと待ち合わせかな?」


首を振る。

僕の反応に、おじさんの口端がわずかに上がった。


「……じゃあ、よかったらおじさんとどこか行かない?」


声から滲め出ている下心に、一瞬返事を躊躇ったが、僕はこくんと頷いた。


「それじゃあ場所を移動しようか」


おじさんは僕の返しに、笑みを深めて節くれ立った手を差し出した。

僕は唾を飲み込んだ。

恐らく、このおじさんはこれからホテルかどこかに連れ込むつもりだろう。

そうなった時、僕は逃げ出せるだろうか。

しかしこれを逃せば、もうナンパされないかもしれない。

そうなった時、明日の西條からの八つ当たりのような暴力が怖い。

一抹の不安を無理矢理振り払いながら、僕はおじさんの手を掴もうとした。

が、その時。


「オッサン、何してんだよ」


鋭く低い声が僕らの間に割って入ってきた。

僕とおじさんは驚いて顔を上げると、すぐ近くに背の高い男の人が立っていた。

髪は黒く奇抜な容姿ではないが、裏社会を匂わせるような殺気立った空気を纏っており、

僕は身を震わせた。


「おい、何してるのかって訊いてんだよ。聞こえねぇのか」


鋭い眼光をおじさんに向けて、さっきよりも強い口調で再度問いかけてきた。

おじさんは「ひっ!」とかすれた小さな悲鳴を上げて、まごまごとしながら答えた。


「い、いや、別に何もしていないよ。ただ、具合が悪そうだったから声をかけただけだよ」


おじさんは、全くやましいことは何一つないと言うかのように両手を上げた。


「じゃあ、もういい、帰れ。この子は俺の連れだ。……気安く触ろうとすんじゃねぇ」


低い恫喝を言い渡すと、おじさんは「そ、そう、それならよかった」と言い残して脱兎の如く去っていった。

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