第11話 二人の世界

 車は籠坂峠を越えて相模原と繋がっている国道413号線に入った。右に山中湖を見ながら走る。

 少女は目の前のPC画面と窓の外に広がる湖をしばらく見比べていたが、座椅子に背を預け、紅茶を飲みながら湖を眺め始めた。

 綺麗な風景よりもPCで見るアニメ動画に興味を示す少女は、アニメの中に出てくるキャラの真似事でもしてみようって気分になったのかもしれない。

 午後三時前くらいにに富士吉田市経由で河口湖を通過する、御坂峠にあるという会場はすぐそこ。

 このままなら四時には会場に着くだろう。以前スノボで行った時の経験上駐車場は充分にある。そうなると六時に会場が開くまで二時間以上待たされる。少女がアニソンフェスを楽しむなら、俺はドライブを堪能したい。

 俺は御坂峠をブチ抜くトンネルを避け、峠越えの旧道に車を乗り入れた。

 旧道といっても十数年前にトンネルが開通するまでは国道だった。曲がりくねった坂だけど車のすれ違いには支障無く、地元の車とか通行量もそこそこある。

 町田を出てからここまで、少女への負担を考えてあえて避けていたワインディングロード。ミラー越しに後ろを見ると少女はもうPCを見るのをやめ、目の前の緑の流れを眺めている。

上り坂でギアを一つ落とした。少女はミッドシップエンジンのある床を撫でて言う。


「大丈夫?」


「余裕だ」


 少女は俺より近くで悲鳴を発するエンジンをいたわるように撫でて言った。


「ありがとう、ね」


 四時過ぎに御坂峠を越え、会場であるカムイみさかスノボゲレンデの表示が見え始めた。

 回りの車もそれっぽい感じになり、バイクや自転車、あるいは徒歩で会場に向かう、アニメグッズを身につけた若者が居る。

 気を抜くと通り過ぎてしまいそうな会場入り口。町田から150km、バイクなら放課後の半日ツーリングくらいにしかならない距離だけど、少女にとって果てしなく遠い富士アニソンフェスの会場に到着した。

 誘導員の指示に従って車を駐車場に停める、少女は待ちきれないといった感じで横のドアを開ける。


「急に飛び出すなよ、回りを見ろ」


 少女は馬鹿丁寧にキョロキョロしてから地に降り立ち、御殿場のデパートで買った真新しいジャージとフリースについたお菓子のカスを手で払う。

 俺は車で一休みしたかったが、少女がドア横に立って俺を見るので、エンジンを切って運転席を降りる。

 少女はここまで自分を連れてってくれた軽ワンボックスを優しく撫で、それから俺の手を引く。

 本当の功労者である俺のことはこれからも使いまわす積もりらしい。


 アニソンフェスの開場はまだだけど、ゲートのようなものは無く入場はもう始まってる様子だった。

 少女はあちこちにある物販の店舗や、準備を始めているステージをキラキラした目で見る。

 最初は俺の背にくっついてやっと歩いてた少女が、ここは私の縄張りだとばかりに俺をあちこちに引っ張ろうとする。

 まだ始まってもいないのに張り切ってる少女を落ち着かせるため呼び止めようとした俺は、この少女の名前をまだ知らないことに気付いた。

 少女も俺の名前を呼んだことは無く、覚えてる限り名乗ったことも無いので、たぶん知らないんだろう。

 いつまでもおい、とかお前、じゃ締らない、俺は少女の手を引いて言った。

 

「名前、なんだっけ?」

 

 振り返った少女は不思議そうに俺を眺めていた。ネット掲示板での名の無いコミュニケーションに慣れた少女は、俺を名前なんて物がある旧時代の人間を見るような目で見ていたが、自分の姿を見下ろし、回りを見回し、それから口を開いた。

 少女が名乗り、俺も名前を教える。

 閉じていた少女の人間関係が、花が咲くようにもう一度開き始めた。


(終)

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ワンボックス トネ コーケン @akaza

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