第10話 山寺の怪

 バスツアー・ダイエットの旅『北秋田・恋ルート』が若い女性の人気を呼んでいた。


N「国道7号線と重なる羽州街道…その街道の途中にかつて最大の難所といわれた『一里の渡し』があった。その峠を越えたところに県立自然公園『きみまち阪』がある」


 50名程のハイキング姿の若い女性たちが、ガイドの渡辺の案内で観光バスに乗り込んだ。北秋田市に隣接した能代市二ツ井町の『きみまち阪』公園をボンネットバスが発進した。


N「バスツアー・ダイエットの旅『北秋田・恋ルート』は、『きみまち阪』公園散歩を済ませて、旅の宿泊拠点となる北秋田市に向かった。ツアーの工程は、二日目・悲恋伝説『安の滝』へのハイキング。そして三日目は仙北市に入り、辰子伝説の『田沢湖』をマラソンで一周するというダイエット周遊ツアーだ」


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 走るボンネットバス車内で、ツアー参加者の早乙女玲子と臨席の桜木洋子がぐったりしていた。

早乙女「結構、初日からきつかったわね」

桜 木「バスから降りて散歩しただけじゃない」

早乙女「道の駅のおいしそうな “きりたんぽ定食” が私を呼んでいたのに、ガイドはその横を通り過ぎるだけしか許さなかった」

 桜木は周囲の席のツアー参加者たちを見ると、皆ぐったりしていた。ガイドの渡辺からアナウンスがあった。

渡 辺「皆さま、ダイエットの旅『北秋田・恋ルート』、きみまち阪の切り立った岩肌の紅葉をご堪能いただけたでしょうか? あの崖の上にある峠は、かつて羽州街道の最大の難所で『郭公坂かっこうざか』『馬上坂』『畜生坂』などと呼ばれておりました。明治15年、明治天皇巡幸の折に、天皇の長旅を気遣いながらご到着を待っておられた皇后さまが『大宮の うちにありても あつき日を いかなる山か 君はこゆらむ』という歌をしたためた御手紙によって、明治天皇が『きみまち阪』と命名されました」

早乙女「もう我慢できないかも…」

桜 木「お手洗い?」

 玲子はバッグからスナック菓子を出した。隣の席の洋子が慌ててバッグに戻させた。

早乙女「なにすんのよ!」

桜 木「だめでしょ! うちに帰されちゃうわよ!」

早乙女「大丈夫よ、これくらい。それに帰されるわけないでしょ? 私たちは大切な客なんだから…」

 ガイドの渡辺が二人の様子に気付いた。

渡 辺「早乙女さん…でしたね?」

早乙女「は、はい!」

渡 辺「手に持ったの、何かしら?」

早乙女「え…あの…」

渡 辺「もし、それを食べたら次の最寄り駅で降りてもらいますね。この企画は単なる癒しを求めての旅ではありませんよね。皆さんのご同意の上でのダイエットという厳しい目的を持った旅です。できれば、ひとりの離脱者もなく、全員揃って最終日を迎えてほしいと思っています」

早乙女「そうですよね! これいつの間にかバッグに入ってたんで、どこに捨てようかと…」

渡 辺「そうだと思いました。バスの一番後ろに大きなケースがあります。あれは早乙女さんのように、間違って食べ物を持ってきてしまった方々のために、お帰りの日までお預かりするためのケースです。宜しかったらご利用下さい。手元にあるとどうしても食べたくなってしまうのが人情です」

 笑顔ながら険しいガイド・渡辺の表情に、女性たちがぞろぞろと席を立って、後ろの大型ケースに食べ物を入れに行った。ボンネットバスは夕陽の田園風景を走った。


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N「アニアイザーの地下基地がある阿仁合地区。内陸線本社のある最寄阿仁合駅観光案内所には、この集落の寺と歴史めぐりのコースマップが用意されている。専念寺~善導寺~善勝寺~法華寺~銀山神明社~長福院と、神社仏閣が狭い集落に集中して存在するのは、かつてのこの地域の鉱山景気の繁栄を物語っている。長福院から少し山沿いに入った場所にある一軒の庵…」


 掃除の行き届いた庵の門吊り提灯に灯が入って、『魔物庵』という文字が浮かんだ。その門前にツアーのボンネットバスが到着した。


N「地元民のほとんどが知らない存在のこの庵…魔物庵は、いつからともなく、ここに住む尼僧が始めた煩悩浄化のための『魂洗いの夕べ』 がネット上で話題となり、このところ『北秋田・恋ルート』 とパック行程になった庵への観光客が急激に増えていた。

 蝋燭のあかりだけの本堂に観光客が集まり、禅を組んでいた。尼僧の声が穏やかに響いた。

尼 層「こんな辺鄙なところへお越し頂いて有難いことでございます。この辺は昔、阿仁銀山ではなく、阿仁銅山村と呼ばれておりました。この裏の裾野の小高い山間に 『 長福院 』 という格式高いお寺がございます。そのお寺には、弘法様とご利益あらたかな観音様をお祀りしておりました。銅山景気で活気と潤いがあった頃は人々の信仰心も厚く、近郷近在からも大勢の参詣者がひっきりなしに訪れておりました。ところが、銅山景気にかげりが射し、寺のご住職が亡くなると、人々の足もぴたりと途絶え、次第に荒れ寺と化していきました。時折、宿を探しあぐねた旅人が、その荒れ寺に一夜の宿を過ごそうと泊まったが最後、朝になって寺を発った者は独りもいないという噂が立ち、誰言うともなく…『山寺には夜な夜な人食い鬼が出て、寺へ泊まった者は皆食われてしまう。寺へ行くな、行ったら殺されるぞ』と、誰もが恐れて近寄る人もなくなり、『魔物の寺』と呼ばれるようになったのでございます。魔物たちは今でもさ迷い続けており、この庵にも煩悩を餌にしようと紛れ込んで来る時もございます。今夜は、この魔物庵に泊まっていただくわけですが、皆さんのように心がきれいで煩悩のない方々であれば、ゆっくりと眠れるはずでございます」

 禅の本堂に鐘が響いた。

尼 僧「さあ…静かに目をお開け下さい。『北秋田・恋ルートの旅』…今日から三日間の行程で恋の煩いを想定したダイエットの旅でございます。宿泊場所はこの魔物庵です。明日二日目は安と久太郎の悲恋伝説の『安の滝』へのハイキング。明後日最終日は辰子・八郎太郎の竜伝説の『田沢湖』一周マラソンがあります。三日間の行程を無事に済ませた夜には、たくさんの秋田名物のご馳走が待っておりますので、恋煩いの辛さを満喫するおつもりで、空腹に耐えて頑張ってみて下さい。くれぐれも間食は厳禁でございますよ。発見した場合は、即座にその場でお帰り頂きます」

 本堂の周りの廊下を大勢が通り過ぎる足音がした。

尼 僧「おやおや、今日は子供たちが来ましたか…」

桜 木「子供さんたちもツアーで来てるんですか?」

尼 僧「いえいえ、昔、廃校になった29ほどの小学校で、卒業を前に様々な不運で亡くなられた生徒さんたちの霊です」

早乙女「またまたそうやって怖がらせないでくださいよぉ~…」

尼 僧「怖いことなんてありませんよ。おとなしい子たちですよ。学校が廃校になってしまったのでさ迷っているんです。よく遊びに来るんです。今日はきれいなお姉さんたちがたくさん来ているので遊んでほしくて来たのかな? ではお休みなさい」

 尼僧は合掌して去った。

藤 本「結構ハートに来る演出ね。地元の子たちをアルバイトに使ったのかしら?」

児 島「ただの演出だったらいいんだけど…」

藤 本「な、なによ…」

 奥の部屋のほうから、クラシックな柱時計らしき音が聞こえてきた。

早乙女「まだ9時よ。こんな早くなんて眠れない」

桜 木「外は真っ暗ね…山間の夜って、真っ暗よね…てか、夜って暗かったんだよね」

 一同は本堂に並べられた質素な床に就いた。本堂は静けさに包まれた。

早乙女「…ねえ」

桜 木「なに?」

早乙女「お手洗いに行きたくなっちゃった」

桜 木「行ってくれば?」

早乙女「一緒に行って…」

桜 木「うそぉ!」

早乙女「お願いぃ~!」

 桜木は仕方なく早乙女のお手洗いに付き合った。庵からお手洗いに抜ける板張り廊下が軋んだ。

桜 木「ちょっと止まって…」

早乙女「なに?」

桜 木「誰か…付けて来てない?」

早乙女「やめてよ~ッ!」

桜 木「とにかくこのまま進みましょ」

早乙女「待って、待って、待ってぇ~…」

桜 木「なによ!」

早乙女「どっちの足から歩き出せばいいか分からない~…」

桜 木「どっちでもいいでしょ!」

早乙女「分からない~ッ!」

 早乙女はしがみ付いた桜木の片腕に引っ張られて滑りながら進んだ。桜木再び止まった。

早乙女「今度は何?」

桜 木「やっぱり誰かが付いて来てる…それもひとりじゃない…」

早乙女「怖い、怖い、怖いい~!」

桜 木「黙ってて! …足跡が止まった…すぐ後ろで…」

早乙女「すぐ…後ろって…どのくらいのすぐ後ろ?」

 早乙女と桜木が恐る恐る振り向いた。すぐ目の前の暗闇に、顔が浮かんでいた。声も出ない恐怖の早乙女と桜木は引き攣った。浮かんだ顔も恐怖に引き攣った。ツアー参加の児島るりが立っていたのだ。

児 島「は、早く…して…くれないかし…ら…」

 彼女の後ろには、さらに十数人のツアー参加者が尿意を堪えてずらりと並んでいた。

桜 木「わ、分かったわ! 玲子、早く済ませて!」

早乙女「…なんか…もう済ませたって…感じかな?」

桜 木「どういうこと?」

早乙女「部屋に戻って着換えよっと」

桜 木「えーっ! うっそーっ!」


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 早朝の魔物庵の表門前に、迎えのボンネットバスが停車した。乗降口が開き、ガイドの渡辺が降りて来た。


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 尼僧の住まいは魔物庵と渡り廊下続きにある。その裏庭には、まだ青みの残る雲然柿くもしかりかきがたわわに実っていた。森川医師と看護師の吉田が往診に来ていた。森川が診察を終えて洗面器の水で手を洗っていると、尼僧がお茶を持ってきた。

森 川「そろそろしばらくは入院していただいたほうがいいんですがね」

尼 僧「いつも回診前に寄っていただいて申し訳有りません」

森 川「寿命を縮めてますよ」

尼 僧「今年も柿が豊作です。時期が来るとこうして実を結びます。この町はどうしていつまでも実を結ぶことができないんでしょうね」

森 川「この辺では珍しい種類ですね…確か雲然柿ですよね」

尼 僧「ええ、父の代に角館から持ってきたようです。父はこれで漬けた『柿漬けガッコ』が大好物でしたから」

森 川「先々代のご住職は、柿漬けガッコが好きでしたねえ…私も大好きです」

尼 僧「そうですか! じゃ先生に食べていただこうかしら。先日、角館の知り合いが送ってきてくれましたが、私は食べれませんのでね」

 尼僧が立ち上がると庵玄関で声がした。

声  「おはようございます!」

 尼僧は壁の柱時計に目をやった。

尼 僧「少し遅れ気味ね…」

森 川「今日のツアーですか?」

尼 僧「ええ、7時半到着予定だったんですが…ちょっと失礼します」

森 川「どうぞ、私たちも失礼しますから」

尼 僧「ちょっと待ってていただけます? 『柿漬けガッコ』、持ってってもらいたいので。すぐ済みますからお茶でも召し上がって…」

森 川「ええ、じゃ…」

 尼僧は洗面器を片付けて部屋を出て行った。

吉 田「せっかくのお父さまの大好物なのに、そんな思い出のものを食べれないなんて何か切ないですね」

森 川「柿には持病に大敵のカリウムが多く含まれてるから、仕方ありませんね」

 森川は緑茶を手に取った。

森 川「このお茶にも…」

吉 田「早く新しい治療法が見つかってほしいですね」

 庵の表玄関のほうから騒々しさが聞こえてきた。吉田は席を立って、部屋の戸をわずかに開けて様子を窺った。


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 魔物庵表玄関では、ツアー客の女性たちが忙しなくバスに乗り込んでいた。ガイドの渡辺最後に乗り込むとボンネットバスはやっと発車した。


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 吉田が窺っている魔物庵・居間の戸が荒々しく開き、棍棒で思い切り殴り倒された。森川が驚いている前に、棍棒を持った尼僧が立っていた。

森 川「あ、尼さん! …なして!」

 森川にも無言で尼層の棍棒が振り下ろされた。気を失った森川と吉田は猿轡に手かせ足かせで魔物庵・物置に放り込まれた。尼僧は、窓際に正座している逆光の影に話し掛けた。

尼 僧「お気持ち、変わりましたか? 今後も私どもにご協力いただけませんか?」

影  「お断りいたします」

尼 僧「そうですか…では、仕方がありません。この者たち同様、お命頂戴致します」

 ゾクギ団・黄が入って来た。

尼 僧「やれ」

 ゾクギ団・黄が影に一歩踏み出したその時…廃校の子供たちの霊がゾクギ団・黄と尼僧の両手両足にしがみ付いた。

尼 僧「・・・!」

 尼僧がゾクギ団・青の正体を現し、子供たちを振り払って物置から脱出すると、ゾクギ団・黄が執拗な子どもたちの霊に阻まれ、物置の戸が閉まった。

ゾクギ・黄「ま、待って…くれ!」

 ゾクギ団・黄は廃校の子供たちに覆われて息絶えた。窓際の影が姿を現した。猿轡に手かせ足かせのホンモノの尼僧である。尼僧は森川と吉田を必死に気付かせようとした。


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 ボンネットバスは、国道105号線の阿仁バイパスを猛スピードで走っていた。

桜 木「なんか昨日より飛ばしてるわね」

早乙女「遅れてるからじゃない? 寝るには丁度いい揺れぐあい…」

 …といって早乙女は寝入った。他の乗客の殆どがもう寝入っていた。

桜 木「・・・」


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 魔物庵の物置で祈るような尼僧の目に溢れた涙が一筋、吉田の頬に落ちた。そこから光を発し、森吉大権現が現れ、吉田に囁きかけた。

大権現「目を覚ましなさい…」

 気を失っている吉田の脳裏にいつかの記憶が蘇っていた。


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 吉田の回想(第4話)


 鬼ノ子村診療所の外来入口から、陽昇と愛出て来て大きく深呼吸した。

陽 昇「散歩なんて久し振りだ」

愛  「こうしてのんびり空気を吸う時間なかったね」

 看護師の吉田絹子が笑顔で見送りに出て来た。

吉 田「気を付けてね!」

愛  「は~いッ!」

 吉田は嬉しそうに手を振る愛に満面の笑みで応えて診療所に戻った。それを確認した畠山は、愛と陽昇を付けた。


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 元の魔物庵・物置で吉田が朦朧と気付くと、森吉大権現が消えた。


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 吉田の回想。


 鬼ノ子村診療所から愛と陽昇を付ける畠山を、引返してきた吉田が付けた。阿仁合駅沿いを流れる阿仁川の畔を愛と陽昇が並んで歩いていた。後を付けている畠山にもうひとりの影が近付いた。

戦闘員C「やっと出て来たか…やはりこの病院にいたか…あのガキが桜庭の息子だな」

畠 山「そうよ。病院ではたまにしか顔を見ないけど、間違いないわ」

 畠山が戦闘員Cに指示を出し、ゾクギ団ピンクの正体を現した。戦闘員Cら配下が愛と陽昇を包囲し始めた。


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 魔物庵・物置の吉田が完全に正気に戻った。

吉 田「(モノローグ) 私の使命は愛ちゃんを守ること…思い出したわ!」


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 吉田の回想。


 阿仁川のほとりを散歩する陽昇と愛の陰で、彼らを襲おうとする戦闘員が音もなく次々と倒されて行った。

陽昇・愛「・・・?」

 陽昇の足が止まった。

愛  「止まらないで歩こ…」

 陽昇は愛に追い付いて一緒に歩いた。

愛  「…付けられてるわね」

陽 昇「二人…か…」

 ゾクギピンクと戦闘員Cが二人を襲おうとしたのを察知し、愛と陽昇はほぼ同時に振り向いた。

陽昇・愛「・・・・!」

 誰もいない。

陽 昇「・・・?」

愛  「確かに殺気が…」

 二人は再び歩き出した。その二人の遥か頭上の木の枝に、戦闘員Cが首を吊られて絶命して揺れていた。その弦を引っ張ったアキラが草むらに忍んでいた。傍には、ゾクギ団戦闘員ピンクが、樹木にナガサで胸を貫かれて絶命していた。木の影から森吉大権現が現れた。

アキラ「森吉大権現さま…お陰さまで彼らの存在がゾクギ団の悪鬼に知れる前に口封じでぎだし」

大権現「間もなく戦士たちが全員揃います」

アキラ「本当だしか!」

大権現「覚悟はできていますね」

アキラ「でぎでおります!」

大権現「では次は鬼ノ子山で…私の霊力もその日にあなたの娘・愛に託しましょう」

 森吉大権現の姿が吉田に戻った。

アキラ「あれ? 吉田さん!」

吉 田「もうそろそろ私の役目も終わってしまうわね」

アキラ「…そういうごどであったしか!」

 吉田は寂しそうに診療所に戻っていった。その後姿にアキラは深く一礼した。農家の老人姿のアキラは、ゾクギ団の死体をリヤカーに乗せ、満載の藁でカモフラージュして農道を引いて行った。


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 魔物庵・物置で“ゴトン” という音に吉田が振り向くと、尼僧が床に横たわっていた。

吉 田「(口枷のまま)どうしました!」

 尼僧の顔はむくみ、小刻みに震えながら苦しそうな呼吸をしていた。

吉 田「(モノローグ)いけない、尿毒症の症状が…」

吉田は森川を起こそうと口枷のまま必死に叫んだが、森川の意識は戻らない。尼僧の症状がさらに悪化して小さな痙攣が起こり始めた。その姿を見た吉田の目が光って口枷、手枷足枷が弾け飛んだ。


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 アニアイザー地下基地・訓練室で陽昇とトレーニングをしていた愛の全身に、突然波動が走った。

陽 昇「どうした、愛!」

 愛が無言で訓練室を飛び出したので、陽昇は追い掛けた。


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 魔物庵・物置の戸を蹴破って吉田が出て来た。見張りに立ってたゾクギ戦闘員が吉田を襲うが、見向きもせずにねじ伏せて居間に向かった。

 居間にある森川の診察カバンを手にするなり、吉田は物置に向かった。ゾクギ戦闘員が吉田を襲うが、吉田の手から放たれる聖水を受けたゾクギ戦闘員らが蒼い炎を放って見る見る石灰の粉と散った。

 魔物庵・物置に戻った吉田は、尼僧と森川の口枷、手枷足枷を解いた。

吉 田「先生! 先生!」

 森川がやっと気が付いた。

吉 田「尼さんが尿毒症を起こしてます!」

森 川「えっ!」


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 国道105号線・荒瀬バイパスを猛スピードで走るボンネットバスが、国道から県道に急左折した。

 ボンネットバスが傾いても乗客は全員熟睡していたが、早乙女の体重が窓側の桜木に圧し掛かって、桜木は目を覚ました。窓の外に目をやると『阿仁花しょうぶ園入口』の看板が見えて通り過ぎて行った。「おや?」となった桜木は、前方のガイドと運転手の背中を見て違和感を覚えた。爆睡している早乙女を起こそうとしたその時、ガイドの渡辺の背中がゆっくり客席に振り返って来るので、桜木は慌てて目を瞑り、眠っているふりをした。

 ボンネットバスは依然猛スピードで県道を走った。桜木は恐る恐る薄目を開けると、ガイドの渡辺は向こうを向いていたので安心して、再び早乙女を揺り起こした。

早乙女「何よ…」

桜 木「シッ! 声を出さないで…」

早乙女「(小声で) なあに?」

桜 木「様子がおかしいの」

早乙女「なにが?」

桜 木「このバス…」

早乙女「どういうこと?」

桜 木「次の予定地の『安の滝』じゃなく、森吉山に向かってるみたいなのよ」

早乙女「本当に?」

桜 木「さっき、阿仁花しょうぶ園の看板が見えたの」。

早乙女「それがどうかしたの?」

桜 木「地図では阿仁花しょうぶ園って森吉山に登るゴンドラに向かう方向なのよ。『安の滝』の方向じゃないの」

早乙女「えーッ!」

桜 木「声大きい!」

早乙女「あ、ごめん…ど、どうして森吉山に向かってるの?」

桜 木「分からない…」

早乙女「な、何かの演出じゃない?」

桜 木「だったらいいけど…」

 その時、急ブレーキがかかった。車内に絶叫が響いた。


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 ボンネットバスが県道に斜めに停まった。その前に軽トラックが立ち塞がっていた。ボンネットバスの運転席・笠井が怒鳴った。

笠 井「早くどけろ!」

 軽トラックは動かないまま止まっていた。

笠 井「おいッ!」

 軽トラックの両ドアが開いて、愛と陽昇が降りて来た。

渡 辺「・・・!」

笠 井「おまえらは!」

愛  「私たちのことを知っているのね」

陽 昇「ということは…」

笠 井「そういうことだ!」

 笠井と渡辺がいきなり発砲してきた。愛と陽昇は軽くかわした。

愛  「なるほどね」

 愛の目が光った。


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 魔物庵の物置で吉田がくず折れた。

吉 田「(モノローグ)愛ちゃん…」

森 川「大丈夫か、吉田さん!」

吉 田「大丈夫です、尼さんを早く診療所に!」

森 川「そうだな!」

 森川たちは尼僧を抱きかかえて物置を出た。


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 ボンネットバス車内はパニック状態になっていた。

早乙女「あり得ない~ッ!」

 児島はバスのドアを開けようと必死だった。

藤 本「何やってんのよ!」

児 島「開かないのよ!」

 乗客が開かないドアに一気に押し寄せて更に混乱した。

桜 木「みんな落ち着いて! あれを見て!」

 早乙女がバスの最後部で大型ケースの中のスナック菓子を勢い込んで食べていた。

藤 本「あっ、独り占めしている!」

 一同が今度は一気に最後部に押し寄せた。早乙女は人に埋もれても食い続けた。


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 ボンネットバスから降りた笠井と渡辺が、ゾクギ団・緑とピンクの正体を現した。

愛  「人質を解放しなさい!」

声  「断る!」

 配下とともにドケーン将軍が現れた。

将 軍「今度は手加減はしない…我々と闘っても無駄死にするだけだ。人質など放って帰れ」

 ドケーン将軍の爪から電光が走った。陽昇と愛は妖爪の波動に支配されても動じずに呪文を唱えた。

陽昇・愛「森吉の霊力よ、安の御滝に宿りて我が身清め給え…南無アブラウンケンソワカ、オンケンピラヤソワカ!」

 陽昇と愛の目が光り、戦闘モードに変化した。


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 ボンネットバス車内では、一同がそれぞれ手にしたスナック菓子を勢い開けて食べていた。みんなに遅れて大型ケースを覗いた児島が絶叫した。

藤 本「どうしたの!」

児 島「ひ、人が死んでる!」

一 同「えーっ!」

 恐る恐る覗いた早乙女が尋常じゃない表情で一同に振り返った。

早乙女「し、死体が…う~ご~い~て~る~…」

 早乙女はそのまま気絶した。桜木が急いで大型ケースを覗くと、口枷と手枷をされて閉じ込められているガイドの渡辺を発見した。

桜 木「ガイドさんよ! どういうこと? …とにかく誰か手伝って!」

 藤本が手伝ってガイドを引っ張り出し口枷を解いた。

渡 辺「中に…中に…」

桜 木「え?」

 大型ケースの中から、運転手の笠井が突然立ち上がった。

桜 木「運転手さん!」

 桜木は笠井の手枷を解いた。両手が自由になった笠井が自分で口枷を解いて…

笠 井「バスジャックされた! 今、どういうことに?」

桜 木「外で銃の音とか…」

 笠井は低い姿勢になって外を覗いた。陽昇と愛がゾクギ団からバスを奪還しようと闘っていた。

笠 井「あの軽トラを退けないとバスを動かせないな…」

渡 辺「笠井さん、やるっきゃないでしょ!」

 渡辺はそう言うなりバスの後方窓から抜け出した。

笠 井「渡辺さん!」

 バスの窓から降りた渡辺は、ゾクギ団に気付かれないように軽トラの助手席から乗り込み、バスの運転席を振り返った。笠井は既に運転席にスタンバイしていた。それを確認した渡辺は運転席に移った。陽昇が軽トラの運転席の渡辺に気付いた。

陽 昇「(モノローグ) 無茶な!」

 陽昇はゾクギ団と闘いながらそのことを愛に告げた。

陽 昇「軽トラが発車するぞ」

愛  「えっ?」

陽 昇「なぜか二台とも人質たちが確保してる。多分、強行突破する気だ」

愛  「やるわね、それじゃ両サイドから援護!」

 渡辺が軽トラ運転席から笠井に口で合図を送った。

渡 辺「(モノローグ) い・く・わ・よ」

 笠井が大きく頷いた。軽トラが急発進すると、ボンネットバスも唸りを上げて軽トラの後に続いた。二台に弾かれるゾクギ団が車を攻撃した。走り去る車の後方で陽昇と愛はバスへの攻撃を遮った。ドケーン将軍が陽昇と愛に攻撃を仕掛けてきた。

将 軍「どけ! 無駄死にするだけだ」

愛  「あなたは何人の人々を無駄死にさせれば気が済むんだ!」

将 軍「弱いものは死ぬしかない」

陽 昇「母を犠牲にしたのは弱いからですか!」

将 軍「なんだと!」

愛  「弱いのはあなたです!」

将 軍「やれ!」

 戦闘員の総攻撃が再開されたその時、上空に『白い鷹号』が現れて、陽昇と愛にバリヤ光線が放たれた。バリヤがゾクギ団戦闘員の総攻撃を弾いた。


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 『白い鷹号』・操縦室に田島が、その隣りに京子が同乗していた。

田 島「愛と陽昇を回収したらバスを護衛する」

京 子「折角の旅が台無しね」

田 島「いや、旅はツアー終了まで続けてもらうよ」

京 子「またゾクギ団に狙われるわよ」

田 島「護衛の参加者を付ける」

京 子「まあ、至れり尽くせりでご苦労なことね」

田 島「宜しく頼む」

京 子「えっ? あたし? あたしが?」

田 島「ただのツアーじゃないぞ。ダイエットツアーだぞ」

京 子「あたしには必要ありませんけど」

田 島「本当にそうかな?」

京 子「どういう意味よ!」


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 県道では陽昇とドケーン将軍が、バリヤ越しに対峙していた。

陽 昇「私は自分の実の父の正体を知らされて憎んだ。母を犠牲にしてまで富に走った父を憎んでも憎みきれなかった。でも今は…あなたに感謝できるよう努力している。あなたに代わって私を育ててくれた人が言ったことを信じる」


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 回想。


 鬼ノ子山御堂。幼い陽昇が見上げる先にアキラが立っていた。

アキラ「陽昇、人を憎んだら負げだ。人を憎めば隙がでぎる。どんな憎い相手に対しても感謝さねばだめだ」

 アキラは陽昇にしゃがんだ。

アキラ「感謝の気持ぢっこが奇跡を起ごすんだ…分がったな」


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 元の県道。


 バリヤに刃が立たずゾクギ団戦闘員たちは攻撃を止め、ドケーン将軍と陽昇を包囲していた。

陽 昇「私はあなたに感謝する」

 陽昇と愛は『白い鷹号』に吸い上げられていった。ゾクギ団は再度の総攻撃を試みた。

将 軍「無駄だ…」

 ドケーン将軍が引き上げるので、仕方なくゾクギ団は将軍に続いた。


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 安の滝近くの巣から、クマゲラ飛び立った。


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 ボンネットバスが警戒に走っていた。運転する笠井とガイドの渡辺も穏やかな表情だった。賑やかな参加者たちの中、後部座席で京子が爆睡していた。

早乙女「きれいな滝だったわね。これ、あそこで汲んだ水だけどまだ冷たいよ」

早乙女はボトルを桜木の頬に付けた。

桜 木「冷たい~ッ!」


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 早乙女らツアー参加者たちが夜の魔物庵本堂で座禅を組んでいた。うとうとしている京子の後ろに止まった僧の警策警覚策励けいさくけいかくさくれいが振り下ろされた。

京 子「イテッ!」

 京子の目の前に法衣姿の丈雄が立っていた。

丈 雄「文殊菩薩さまの励ましでございます」

京 子「(ひとり小声で) 糞坊主、覚えてろ…」

 間髪入れずに京子の脳天に再び警策が振り下ろされた。

京 子「イテッ!」

丈 雄「文殊菩薩さまの励ましでございます」


×     ×     ×    ×    ×    ×    ×


 魔物庵・表に数名のゾクギ団が忍び寄った。その動きが金縛り状態で止まった。廃校の子供たちの霊が両足にしがみ付いていた。その前に現れた六郎が、ゆっくりと五寸釘を構えた。



( 第11話 「風張の姥捨て庵」 につづく )

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