第9話 マドコの大将

 田植えシーズンがおさまったばかりの5月初旬の北秋田市。内陸線は緑の水面にその姿を滑らせながら田園を走る。


N「阿仁川の支流の中でも小様川こざまがわは長い行程の川である。小様川沿いには小様・塚岱つかのたい土倉つちくら関根岱せきねたい・三枚鉱山・向林むかいばやし大石沢おおいしざわ合滝あいたきと、集落が続く典型的な里川である」


 前田南駅と小渕こぶち駅の中程辺りから分かれる阿仁川の支流・小様川は、冷たく澄んだ水がまだ微かな残雪の気配を残して人里深く流れていた。


N「阿仁一帯はかつて鉱山開発で栄えた土地である。小様川沿いの集落の三枚鉱山の地名はその名残であり、かつては合滝集落の奥にも阿仁六鉱山あにろっこうざんに数えられる一ノ又鉱山や二ノ又鉱山跡の集落が続いた」


 鉱山景気が去って久しい現在、川沿いに未だ一軒だけ残った民家がある。その民家の山側の斜面には春萌えの雑草に隠れるように石塚群が広く乱立している。ところどころに数体の苔生した石仏が、今にも土に沈みそうな態で佇んでいる。この斜面一帯は古の鉱夫たちの墓地である。


N「阿仁六鉱山は時に銅の産出が国内一を誇った時期もあり、紆余曲折の歴史を知る鉱山跡ファンには隠れた人気スポットでもある。この所、三枚鉱山を訪れた観光客が次々と奇妙な行動を取っていた」


 観光客の安田翔太と木村美佳がかったるそうに三枚鉱山の集落を歩いていた。

美 佳「鉱山跡ってただのボロい廃墟じゃん。つまんない。お腹空いた…なんかない?」

翔 太「ねえよ」

美 佳「 自販機ないかな」

翔 太「人も通らないようなところに自販機なんかあるわけねえだろ。観光スポットを案内に載せているのにコンビ二もファミレスもねえのな」

美 佳「 歩き疲れた。あの日陰に休む」

 美佳は一軒だけ残った民家の軒下に座り込んで、バッグからタバコを出し、喫煙を始めた。なぜか逆さに伏せた軒下のバケツを起こして、タバコの灰皿代わりにした。

美 佳「あら? これ何かしら?」

 伏せてあったバケツの下に、半ば埋まった古い木製の碑柱が埋まっていた。『 坑道跡 』 の文字がある。

美 佳「何、これ?」

翔 太「坑道? この家ってまさか坑道の入口だったりとか? 裏に説明とかあんじゃねえの?」

 美佳は碑柱の裏側を見た。

美 佳「何も書いてないよ」

翔 太「なわけねえだろ! よく見ろや」

 翔太は自分で碑柱の裏側を確認した。

翔 太「…書いてねえや。道案内とか何もねえのな、この村」

美 佳「この辺、この家だけかな…」

翔 太「誰か居るのかな?」

美 佳「居たら出て来るんじゃない?」

翔 太「実は数日前に死んでたりして。声掛けてみようか?」

 翔太は玄関に回って叫んでみた。

翔 太「すいませーんッ!」

 返事がない。

翔 太「すいませーんッ! ちょっと日陰で休ませてもらいますーッ!」

 翔太は軒下に戻った。

美 佳「誰も居ないみたい?」

翔 太「そもそも、人住んでんのかな?」

美 佳「畑が手入れされてるから住んでるんじゃない?」

翔 太「あ、そうだな、出掛けてんだろな。旅番組のようには行かねえな。親切そうな叔母さんが家に招いてくれてさ、地元の食べ物とか出してくれて、採れたての野菜とかお土産にくれんのな」

美 佳「そんなのどうせ、やらせでしょ。夢見てんじゃねえよ。何でもいいけど彼女を何もない山のど真ん中に連れて来て、知らない家の軒下に座らせておいて、それでいいと思ってんの?」

 美佳は碑柱にタバコを擦り付けてバケツに放り込んだ。家の中の厳しい目が、軒下の二人をそっと覗き込んでいた。

翔 太「寂れる土地には寂れるだけの理由があるよな。肝心なとこで不親切だよ。たまに人に会うとオレたちを避けるような感じだし…」

美 佳「オレたちって…あたしを同類にしないで。あんたガラ悪いのよ、きっと」

翔 太「都会的と言ってほしいね」

美 佳「なんか、気味悪い…」

翔 太「そこまで言う」

美 佳「そうじゃなくて、この土地よ。静か過ぎて自分の呼吸が聞こえる。自分の息が聞こえ過ぎて過呼吸になりそう…」

翔 太「ここは鉱山跡の村だよ。この寂れ具合がいかにもって感じでいいんじゃね?」

美 佳「鉱山跡の何が面白いの? さっきのだってただの廃墟だったじゃん」

翔 太「何言ってるんだよ! あそこは小沢こさわ鉱山ってね、この六鉱山跡の本拠地だったんだよ。それだけにそこら中に鉱夫の霊が彷徨ってる感じで迫力あっただろ」

美 佳「あたしにはただのガラクタ置き場にしか見えなかったけど? あの放ったらかしようって何? 東京であんな状態のところがあったら、寄って集って粗大ゴミ捨て場ね」

翔 太「この土地の人はマナーがいいんだよ。歴史的価値のある場所はちゃんと心得てる」

美 佳「関心がないだけじゃね? 案内もなしで無造作に放っとき過ぎでしょ」

翔 太「その無造作加減がいいんじゃね? それにこの小様地区には昔からよく狐が化けて出てたというから、もしかしたら旅のサプライズなんてこともあったりするかもよ」

美 佳「そんなのあるわけないでしょ、馬鹿じゃね?」

翔 太「おまえ、まさか狐じゃねえだろうな?」

美 佳「廃鉱跡ファンからオカルト趣味に変更ね」

翔 太「美佳、何か感じね? …今こうしてる間にも、おまえは欲求不満の鉱夫の霊とか、狐のバケモノに体中触られまくられてるかもよ」

美 佳「最低な発想ね」

翔 太「ほんとはブルってんだろ?」

美 佳「あっ!」

翔 太「何?」

美 佳「翔太の後ろに何か居る…」

翔 太「えっ!」

 翔太は慌てて振り向いた。軒下の窓の暗闇から覗いている目と目が合った。

翔 太「ギャ~~~~~ッ!」

 翔太はバッグの中身が飛び出す勢いで路上に転がり込んだ。

美 佳「下手な芝居ね、大袈裟」

翔 太「睨んでた! 凄い形相で睨んでた!」

美 佳「あ、そう」

翔 太「本当に睨んでたんだよ! ほら、あそこから!」

 翔太が真剣に窓の暗闇を指すので、美佳は仕方なく覗き込んだ。

美 佳「誰も居ないじゃない」

翔 太「さっきは居たんだよ!」

美 佳「じゃ、ここんちの人でしょ」

翔 太「いや、あれは普通の目じゃなかった…」

美 佳「じゃ、普通じゃない人が住んでんのよ、きっと」

 翔太は路上に散ったバッグの中身からチョコを見つけた。

翔 太「おっ! 昨日のチョコの残りがあった。食うか?」

美 佳「いらないわよ、道に落ちたのなんて!」

翔 太「中身は一緒だろが!」

 翔太は無造作に包装の銀紙を軒下に放り投げ、チョコを食べ始めた。暗闇の目が再び覗いていた。

美 佳「随分と怖がりなのね」

翔 太「霊の気配を感じたんだよ!」

美 佳「じゃもう、霊がそこの背中におんぶしてんじゃない?」

翔 太「やめろ、ふざけんのは!」

 鋭い目が暗闇からジ~ッと覗いていた。

翔 太「・・・!」

 気配に気付いた翔太は、恐る恐る窓に振り向いた。


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 小様地区集会所で、和尚姿の鎌沢丈雄が見守る中、老人たちが集まって昔話の稽古をしていた。


N「この村には古くから 『まどコのきつね』という伝説があった。老人たちは定期的に集まって昔話の稽古をしていた。というのも、観光客相手の内陸線イベント列車で、地元の伝説話を披露して僅かばかりの現金収入を得ていたからだ」


 地元長老の昔話が始まった。

長 老「明治の初め頃、小様街道沿いに棲みついた雄の狐がいました。その狐は小様の窓コの大将の『まん公』と呼ばれていました。窓コというのは、小様の村はずれ…細い一本道の街道の坂道を登ったところにある峠の名前でした。小様街道は昔、雑木で覆われ、昼でも薄暗く険しい山道でした。坂を登り切って峠に抜けると、窓のように明るくなるので、地元民はこの峠を『窓コ』と呼ぶようになったといわれています。窓コの辺りは、狐やムジナの繁殖地帯でもあり、昔は昼でも人が化かされていました。そんなある日、窓コ一帯の大将である『まん公』 が、花嫁を娶ることになりました。狐もムジナも総出で窓コの大将の花嫁探しが始まりました。そしてついに花嫁が決まりました。花嫁は小様の向かいの新田しんでんの『新しんコ』という妖艶な女狐。いよいよ祝言が始まります。春の宵、小様川が阿仁川から分岐する天館あまだてから新田にかけて、提灯の行列がずらりと並んで小様街道をゆっくりと南に下りてきました。灯の行列は小様村の手前まで来ると、ふっつりと消え、何やら話し声だけが通り抜けたかと思うと、再び提灯の灯は窓コへ登る道にずらりと現れ、またゆっくりと坂を登って行ったといいます。こうしてまん公と新コの祝言も無事に済み、以来、子孫がどんどん増えていきました。食欲旺盛な子狐をたくさん抱えたまん公は,、今まで以上に人を化かして頑張り続けました。明治から昭和の初期まで、峠越えで化かされたという話がもっとも頻繁になりました。ある日…」


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 元の集落の民家。

 誰も居ない窓の奥の暗闇が気になって翔太の目が泳いでいた。

美 佳「何ビクついてるの? 目が逝ってるわよ」

翔 太「気配を感じるんだよ、気配を! おまえは何も感じないのか?」

美 佳「ええ、な~んにも!」

翔 太「鈍感だな~…あのな、廃鉱の歴史には人間の欲が蠢いているんだよ。落盤や肺の病気や栄養失調で何人も死んでるんだぞ。坑道に入った瞬間、誰かに見られているようでザワザワするんだ。奥に入るに連れて、誰かがすぐ後ろに付いて来てるような気がするんだ」

美 佳「(急に大きな声で) 背中におんぶしてる~~~ッ!」

翔 太「わ~~~……やめろ!」

美 佳「怖がりの癖に…あ~あ、こんなとこ来るんじゃなかった。きれいな石なんかどこにも落ちてないし…」

翔 太「他の連中がみんな持ち去ったんだろ。付いてない時もあるさ」

美 佳「じゃ、さっさと帰りましょうよ!」

翔 太「この家の場所が坑道の入口だったかもな。これじゃ探検は無理か…」

 二人はバケツにゴミを放って『坑道跡』の民家を離れた。その民家から前掛けに蚊取り線香をぶら下げた老婆・三浦チエが、手には箒と塵取を持って飛び出して来て、忌々しげに掃除を始めた。

チ エ「火っこ危ね、火っこ危ね!」

 チエは完全に消えていない吸殻をバケツから出し、忌々しげに足で踏みつけて消した。その気配に気付いて、翔太と美佳が振り返った。

翔 太「ほらッ! やっぱり気配を感じたのは当たりだろ! ちっきしょう、あの婆さんだったか…あの婆さんがおれたちの様子を窺ってたんだよ!」

 チエは何やら小言を呟きながら掃除を続けた。

翔 太「よりによって婆さんかよ」

美 佳「これ見よがしの嫌味な感じ!」

翔 太「ま、婆さんでも結構スリル楽しめたからいいか」

美 佳「な~んか、あんた凄~いおバカに見える」

翔 太「マジ、びびったよ」

 二人は笑いながらさっさと県道の坂を消えて行った。その二人を睨み据えて…

チ エ「他人よその土地さ来て、他人のさ平気でゴミ捨てで笑うが…ホジなしが…窓コの大将の罰ばぢ当だれ…」


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 元の小様地区集会所。

長 老「祝い事や法事で油揚げや餅の入った重箱を持った村人が峠に差し掛かると、窓コの大将は一族を従えて茶屋をこしらえて誘い込み、一杯飲ませて歌ったり踊ったりさせて楽しい一夜を過ごさせました。翌朝、その村人は上機嫌で家に戻ってみると、全身びっしょり露に濡れた上、重箱の中身はすっかり食い荒らされていて、初めて狐に化かされたことに気づいたということです」


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 三枚集落の県道の坂のカーブを曲がった翔太と美佳の前に、急に何者かが現れた。頭は狐で首から下が人間の妖狐ようこのような風体の男が銀耳ぎんみみと名乗った。二人はこんな田舎にも熱狂的なコスプレファンがいるのかと思った。

銀 耳「おい、こらっ! マドコの大将様の嫁入り行列の神聖な道路に、ゴミ投げだな…ゴミ投げだな、この!」

美 佳「はあ?」

銀 耳「罰として身ぐるみ置いでげ。そしたら今日のところは許してやる」

翔 太「冗談はよせよ。狐のコスプレでざけてんのかよ」

銀 耳「つべこべ言わずに身ぐるみ置いでげ!」

翔 太「しつけえな、オレたち相手してる暇はねえんだよ。先急ぐんで…」

 翔太が銀耳を無視して通り過ぎようとする前に、もう一匹の妖狐が現れて、金耳と名乗った。

金 耳「黙って身ぐるみ置いでげ!」

翔 太「しつけえんだよ! 他のを相手にしろ!」

 金耳を無視して先に進もうとすると、その前に狐の団体Aが現れた。

団体狐A「身ぐるみ置いでげ~ッ!」

美 佳「何あれ~ッ! みんな凄いファッションなんだけど~ッ! なんかのお祭りじゃない? これ、観光のオプションじゃね? 脱いでみようよ!」

翔 太「バカ言うなよ! やべえんだよ! 逃げよう!」

 逆戻りしようと振り返ると、反対側に狐の団体Bが控えていた。

翔 太「え…挟まれたってこと?」

団体狐B「身ぐるみ置いでげ!」

翔 太「かなりやばくね?」

 二人は逃げ場を失った。窓コの大将が床几に腰掛けた。その横に妖艶なフィアンセの狐・新狐御前しんこごぜんが寄り添った。妖狐・満月が二人に近づいて来た。

満 月「おい、じたばたするな。おまえたちは、窓コの大将様の折角のご婚礼の行列を汚したのだ。殺されたくなければ身ぐるみ脱いで詫びるがよい」

翔 太「お、お、お面なんか被って、な、な、何のまねだ! もう、や、やめろ、悪ふざけは!」

 妖狐・満月はいきなり抜刀し、翔太を切り殺した。

美 佳「ウッソーッ! あり得ないしーッ!」

満 月「次はおまえの番だ!」

 美佳の恐怖の悲鳴を上げた。するとその悲鳴に対する狐たちの大拍手が起こった。窓コの大将の合図で、拍手が一斉に止んだ。

満 月「おい、人間の女。おまえもこうなりたくなければ、身ぐるみ脱いで失せろ」

美 佳「・・・!」

満 月「早く脱げ!」

美 佳「はい!」

 美佳は脱ぎ始めた。一枚脱ぐごとに狐たちの拍手が起こった。


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 阿仁小様集落に夕陽が射した。美佳は泣きながら路上の真ん中で一枚づつ洋服を脱いでいた。

声  「おい、しっかりしろ! 狐だ、狐! 狐っこに化かされだんだ!」

 美佳は地元の農民の声にわれに返った。誰もいない道の真ん中で最後の下着を脱ぎかけている自分に気付いた。

美 佳「キャーーーーッ! 見ないでーーーッ!」

農 民「見ねでって喋らいでも手遅れだべ」

美 佳「見ないで、見ないで、見ないでーーーッ!」

農 民「見ねでって喋らいでも、若え娘っこの裸っこ前にしたら、ついつい見でしまうべ」

美 佳「やだーーーッ、あっち行ってーーーッ!」

農 民「あっちがら来たんだよ。オレの家はそっちだよ。あじましぐね娘っこだな。早ぐパンツ上げればええべ。そごの連れはどした?」

美 佳「キャーーーッ! 殺されたんですッ!」

 美佳は号泣した。

農 民「殺さえだ人がいびぎっこかぐもんだべが?」

美 佳「いびき?」

農 民「んだしな、寝でるえてねべが?」

 よく見ると傍らで翔太が爆睡していた。

農 民「あんだは窓コの大将の罰っこさ当だったんだ。早ぐ服着て家さ帰れ」

 そう言うと農作業帰りの地元農民はさっさと去って行った。

美 佳「(翔太に) 早く起きてよ! この村を出ようよ!」


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 ゾクギ団本部。

 悪鬼とドケーン将軍以下、ゾクギ団戦闘員が揃っていた。

悪 鬼「何をもたもたしている! 早くアニアイザー本部を潰せ!」

ゾクギ・青「私に策があります」

 将軍に悪鬼の目が動くが、将軍は一点を睨み沈黙していた。

悪 鬼「(ゾクギ・青に) 策とはなんだ…」

ゾクギ・青「はい…アニアイザー本部への正面突破は困難です。しかし、やつらの地下基地には弱点が…」

悪 鬼「弱点? それは何だ!」

ゾクギ・青「それはこの土地を知り尽くしている将軍のほうが百も承知のはずだと思っておりましたが…」

悪 鬼「ドケーン将軍…どういうことだ。おまえはその弱点を知りながら、今まで手をこまねいていたのか?」

将 軍「(ゾクギ・青に) 弱点とは何だ…」

ゾクギ・青「将軍、仏心はなしに願いたいものです」

将 軍「・・・」

悪 鬼「(ゾクギ・青に) 策を申せ!」

ゾクギ・青「はい…この策を進めるにあたり、ある民家を探さなければなりません」

悪 鬼「その民家を見つけ出してどうするのだ」

ゾクギ・青「その民家を潰せば、アニアイザー本部に繋がる坑道の入口があるはずです」

悪 鬼「それは本当か、ドケーン将軍!」

将 軍「場所の特定は掌握していませんが、阿仁一帯は坑道入口だった箇所がいくつかありました」

悪 鬼「なぜ早々に手を打たない!」

将 軍「手を打たなかったのではなく、坑道からの侵入が不可能なのです」

ゾクギ・青「試したんですか?」

将 軍「過去の記録で大規模な落盤があって全ての坑道は塞がれたはずです」

ゾクギ・青「試してはいないんですね?」

悪 鬼「(将軍に) すぐに手を打て! 侵入可能な坑道をしらみつぶしに探せ!」

ゾクギ・青「私にやらせて下さい! 乗り気でない将軍がお出でになるまでもありません」

将 軍「・・・」

悪 鬼「よし…おまえがやれ。成功に見合った処遇を用意しよう」

ゾクギ・青「はい…」


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 阿仁小様集落をユーチューバ―カップルの萩原利彦と新倉可奈が歩いていた。可奈がカメラを手に、時折シャッターを切っている。

可 奈「昼間っからほんとに出るのかしら?」

利 彦「さあ、雑誌の噂だからな。絶対、地元の観光客用のやらせだよ。でも昼間なのに結構心霊スポットらしい雰囲気あるじゃん」

可 奈「人が誰も歩いてないわね」

利 彦「これが観光客を脅かすための町ぐるみの仕掛けだったら凄えよな。観光課のスタッフが隠れてたりして…でも、あり得ねえか、そんなの」

可 奈「そうよ、どう見たって筋金入りの過疎よ。本当に人が住んでないのよ」

 二人は大笑いした。

利 彦「どれ、一応餌を撒いてみるか…」

可 奈「うまい具合に狐が現れてくれるかしら?」

 利彦はショルダーから袋を出し、中の吸殻やら包装ゴミを道端に撒き散らしながら歩いた。


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 三浦家の玄関から、前掛けに蚊取り線香をぶら下げたチエが飛び出して来た。手には箒と塵取を持っている。チエは早速掃除を始めた。

チ エ「ゴミっこ、撒がねで、種っこ蒔げ、このホジナシワラシどもが…」

 チエはゴミを拾って袋に入れた。利彦がその気配に気付いて振り返った。

利 彦「おい、狐じゃなく婆さんが出てきたぞ」

可 奈「実は狐かもよ。録画しよっと!」

 可奈はチエの清掃姿を撮り始めるとチエはなぜか瞬時に笑顔でピースした。可奈はピース姿にびっくりしてカメラから目を外し、チエをガン見した。チエは何事もなかったように元の無愛想な顔で掃除を続けていた。

可 奈「なによ、気色悪いババア!」

 再びカメラを構えて家を撮ろうとした加奈が、チエの足下の 『 坑道跡 』 の碑柱に気付いた。

可 奈「あったわ!」

利 彦「どこ!」

可 奈「ピースババアの足許…」

 チエは、急いで坂に消えて行く二人を睨み据えた。

チ エ「マドコの大将のばぢ当だれ…」

 坂のカーブを曲がった二人の前に妖狐・銀耳が現れた。

利 彦「本当に出た!」

可 奈「ホンモノ? 感動! 超リアル!」

 二人は大はしゃぎした。

銀 耳「マドコの大将の嫁入り行列の神聖な道路にゴミ投げだな…ゴミ投げだな、この!」

利彦・可奈「はい、投げました!」

銀 耳「身ぐるみ置いでげ。そしたら今日のところは許してやる」

利 彦「了解でス! あ、でもノートパソコンだけは駄目ですよ」

銀 耳「つべこべ言わねで身ぐるみ全部置いでげ!」

利 彦「無理、無理、無理! ノートパソコンは無理。だってこれ買ってからまだ一ヶ月」

可 奈「代わりに私が大サービス! 私、バイトでグラドルしてるの。たっぷり露出するから…」

 可奈は銀耳を挑発しながら脱ぎ始めた。そこにもう一匹の金耳が現れた。

金 耳「もたもたしてねで、さっさと脱げ、この欲求不満女!」

利 彦「欲求不満って! オジサン、おかしいんじゃね?」

金 耳「黙れ、変体!」

利 彦「変体って! 裸見て興奮してるあんたらこそ変体でしょ!」

金 耳「畑もろくすっぽ耕せねえブヨブヨな体のどごに興奮するか! どうせおまえも炊事洗濯は愚か、料理どごろが、片付けもでぎねえ豚以下の脳みそしかねえ役立たずだろ」

利 彦「おれの女にケチ付けんじゃねえよ! 黙って遊んでやってりゃ、いい気になりやがって! 言い過ぎだろ、結構当たってるけど!」

 金耳はいきなり利彦の鼻先にパンチを浴びせた。その反動で無様に仰け反る利彦を見て、可奈は大笑いした。

可 奈「受けるし…てか、交わせねえし」

利 彦「笑うなよ、おまえのために怒ったんじゃんえか!」

可 奈「めっちゃウケる! 鼻から血出てる!」

 手を叩いて大笑いする可奈の後ろで団体狐の拍手が起こった。いつの間にか狐の集団が大勢揃って二人を囲んでいた。

狐の集団「身ぐるみ置いでげ!」

可 奈「何これ~ッ!」

利 彦「おい、逃げよう!」

可 奈「どうやってよ~!」

 狐の集団の包囲がじりじり狭まってきた。

狐の集団「身ぐるみ置いでげ!」

 二人は完全に逃げ場を失った。窓コの大将の右手が上がった。狐の集団が窓コの大将に道を開けた。窓コの大将は床几に腰掛け、その隣りに妖艶なフィアンセ狐・新狐御前が寄り添った。二人に妖狐・満月が近づいて行った。

満 月「おい、じたばたするな。おまえたちは窓コの大将様の折角の婚礼の行列を汚したのだ。殺されたくなければ身ぐるみ脱いで詫びろ」

利 彦「や、やめろ、悪ふざけは! いくら観光名物だからってやり過ぎだろ!」

 いきなり妖狐・満月が抜刀し、利彦に斬り掛かったが、利彦に素早い動きでかわされた。返す刀で金耳は可奈に斬り掛かった。同じく素早い動きで可奈にもかわされた。

満 月「オレの刀をかわしたな…おまえら、何者!」

可 奈「こ…わ…い~ッ!」

満 月「おまえら何者だ!」

可 奈「全部、脱いじゃう~ッ!」

 可奈が衣類を一気に脱ぐと、突然、その姿は変化してゾクギ団・ピンクになった。続いて利彦もゾクギ団・黄に変化した。

満 月「・・・!」

ゾクギ・黄「おれ達は狐退治に来たのよ。この縄張りはそっくり頂くよ」

満 月「何故この土地を欲しがる!」

ゾクギ・黄「欲しいものを見つけたからだよ!」

満 月「欲しいもの? おまえらにやるものは何もない! こいつらをやれ!!」

 戦闘が始まった。ゾクギ団・黄、ピンクは圧倒的な強さで狐軍を攻めていった。

チ エ「窓コの大将さまが大変だ~ッ!」

 遠くから覗き見ていた老婆のチエが、どこかに向かって老人離れの俊足で県道を走った。


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 元の小様地区集会所。

長 老「遠く水無みずなしの茶屋で酒を呑み、土産にナンコ(馬肉)ツトをぶら下げて、ほろ酔い機嫌で帰った鉱夫たちも化かされているが、化かされた男どもの話は皆共通して『 酒コ飲ませて、踊りコ踊らせ、苦しぐなって反吐吐けば、きれいなおなごがぺろぺろ舐めでけで、え~気持ぢで寝できたでば 』って、羨ましい話だでばな。おしまい!」

 聞いていた一同が大喜びで拍手喝采したところに、息を切らしたチエが飛び込んで来た。

チ エ「窓コの大将さまが大変だ~ッ!」

丈 雄「どうした、婆っちゃ!」

チ エ「窓コの大将さまが変な格好に化げだ桃色ど黄色のバゲモノに!」

丈 雄「桃色と黄色のバゲモノ! それで窓コの大将はどうなったしか?」

チ エ「分がらね、恐ろしふて逃げで来た! もしかしたら他のきつね様だぢ諸共、殺さえでしまったえてねべが!」

チ エ「この村を守ってけでら窓コの大将さまが居ねぐなったら、この村は誰が守ってけるべがな…どうなってしまうべがな」

チエは号泣した。

丈 雄「婆っちゃ、血圧上がるがら泣がねでけれ。何とがするがら」

チ エ「何とがするったって何とする? 坊主はいつでも丸儲けだべ!」

チエはさらに激しく号泣した。

丈 雄「丸儲げしねえがら大丈夫だ婆っちゃ!」

チ エ「したら早ぐ何とがしてたもれ~」


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 小様集落・三浦家の軒下 『 坑道跡 』 の碑柱の前に、ゾクギ団・黄、ピンク来ていた。そこにゾクギ団・青と緑が、黒い戦闘集団を従えて現れた。


N「ゾクギ団が小様地区に現れた。阿仁三枚鉱山の坑道を辿り、地下基地にあるアニアイザー本部の襲撃ルートを確保するためだ」


ゾクギ・黄「家の中にはそれらしい箇所はない」

ゾクギ・青「するとこの家の周辺か…」

 ゾクギ団・青は黒い戦闘集団を指揮し、坑道入口の捜索を始めさせた。

ゾクギ・青「家の周りのはずだ、急げ!」


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 鎌沢丈雄がバイクで県道を急いだ。遠く遅れて、箒と塵取を持ったチエを先頭に、老人たちの群がのたのたと走っていた。


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三浦家周辺でゾクギ団戦闘員らが血眼で坑道入口を捜索していた。

戦闘員1「あったぞ!」

 ゾクギ団・青以下、黒い戦闘集団が駆け寄った。『危険・立入禁止』の立札に注連縄が掛かっていた。

ゾクギ・青「間違いない…よし、潜入する!」

 鎌沢のバイクが三浦家前の県道に差し掛かった。老爺がよろよろと飛び出して道路の真ん中に倒れたので鎌沢は急ブレーキを掛けた。老爺はそのまま軽いいびきを立て始めた。鎌沢はバイクを端に寄せて駆け寄った。

丈 雄「爺っちゃ! 爺っちゃ! 爺っちゃ!」

老 爺「爺っちゃ爺っちゃって、うるひな! まだ七十の若衆わげしゅ捉まえで!」

丈 雄「あ…よかった~、ちゅうぶ(脳卒中)がど思ったよ」

老 爺「んにゃんにゃまんじは極楽だものな」

丈 雄「ここは道路だべ。寝るえたら家さ帰らないと!」

老 爺「きれいなおなごっこがな…」、

丈 雄「おなごっこはえんども、車に引がれだら極楽もなんもねべ」

老 爺「きれいなおなごっこが、オレばぺろぺろぺろぺろ舐めでけでな。え~気持ちで寝でだんだ」

丈 雄「爺っちゃも狐に化かされだが?」

老 爺「起ごすなよ! え~どごだったのにな~…どれ、家さ帰るべ」

丈 雄「爺っちゃ、家さ送ってぐがら、バイクの後ろさ乗ってけれ!」

 老爺は立ち上がり、丈雄を無視して速足で三浦家の裏に回った。

丈 雄「爺っちゃ!」

 丈雄も裏に回ると、老爺はまたそこで倒れていた。

丈 雄「爺っちゃ、こったらどこさ寝でだらマムシに咬まれるべ」

 老爺の肩に手をかけると、丈雄の胸部に衝撃が走った。倒れた老爺の手にはゾクギガンが握られていた。何が起こったか把握できない丈雄の背中に鋭い激痛が走り、丈雄は膝から落ちて意識を失い倒れた。後ろにはゾクギソードを持ったゾクギ団・ピンクが立っていた。

ゾクギ・P「爺っちゃ、いつまで寝てんの?」

老 爺「案外、ちょろかったな」

 老爺がゾクギ団・黄の正体を現した。傍の樹木からはゾクギ団・緑が浮くように姿を現した。

ゾクギ・緑「無駄な時間を取られた。我々も潜入するぞ!」

 ゾクギ団・緑、黄、ピンクが坑道に入って行った。


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 真っ暗な坑道内の所々から土砂が崩れている。トンネルの奥から黒い戦闘集団が押し寄せて来た。


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 三浦家裏で異様な悲鳴が上がった。

チ エ「し、し、死んでる…和尚が…」

 腰を抜かしたチエの周りに、息の上がった老人たちがぱらぱらと駆け付けた。

チ エ「お、お、お、和尚~~~ッ! んにゃ、んにゃ! 腰抜がしてる場合でね!」


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 三浦家裏をクマゲラが飛んだ。丈雄の傷に右手がかざされている。京子と一緒に駆けつけた丈雄と双子の弟・六郎の手だ。六郎の背後に後光が射し、加羅陀仙からだせん地蔵尊の幻影が現れた。傷にかざした六郎の右手が光り出し、丈雄の傷口が見る見る消えていった。加羅陀仙地蔵尊の幻影が消えると、六郎の右手の輝きも治まった。丈雄は息を吹き返した。

六 郎「アンチャ!」

丈 雄「六郎…」

六 郎「大丈夫か?」

丈 雄「ああ…油断したよ…よぐここ分かったな」

六 郎「チエ婆っちゃがバイクで教えに来てけだ」

丈 雄「婆っちゃがバイクで!」

 見ると集会所から駆けつけたチエたち老人が、心配そうに集まっていた。

チ エ「奇跡っこ起ぎだ! 加羅陀仙さまの奇跡っこ起ぎだ! 和尚があの世がら帰ってきてけだ!」

 老人たちは丈雄の生還を喜んで拍手した。

丈 雄「みんな、ありがど!」

京 子「皆さん! どうやらゾクギ団がこの坑道跡に入ったらしいんで、これがらここが危険になります! 急いで避難して下さい!」

チ エ「なんも、おれだぢはこごで闘うえった!」

丈 雄「婆っちゃ、そうもえがねべ。頼むがら避難してけれ」

チ エ「んにゃ! これ以上、和尚に死んでもらったら困る! おれだぢが死んだら、弔うのは和尚しかえねべ!」

一 同「んだ、んだ!」

 鎌沢たちは困惑した。

丈 雄「仕方ね、このまま迎え撃つべし」

六 郎「んだな」

 三人は呪文を唱えた。

三 人「森吉の霊力よ、安の御滝おんたきに宿りて我が身清め給え…南無アブラウンケンソワカ、オンケンピラヤソワカ!」

鎌沢兄弟「本地合体!」

 変化して殺気立った二体を初めて見た老人たちの目が点になった。

チ エ「今、何起ごった? 確か、三人えだな…二人になったな…」

老人たち「んだ、んだ…」

 老人たちは止まったまま動けないで二体を凝視した。

チ エ「和尚だぢも狐っこが…?」


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 坑道奥でゾクギ団らの足が止まった。行き止まりの先で愛、陽昇、田島が待ち構えていた。

ゾクギ・青「きさまら!

愛  「 残念だったわね、行き止まりよ。

ゾクギ・青「ふふ…やはりここがアニアイザーの地下基地に続く坑道だったか…」

愛  「ここから私たちの基地に辿り着くのは無理よ」

田 島「過去に大規模な落盤があって、坑道は完全に塞がったんだ」

ゾクギ・青「じゃてめえらはなぜここに居る。信用できるか!」

陽 昇「じゃ、掘れよ! ほら、道具を貸してやる!」

 陽昇はゾクギ団らの足下にツルハシを放った。

ゾクギ・黄「その前にゴミから片付けねえとな」

 遅れて駆けつけたゾクギ団・黄が、ゾクギガンを乱射した。素早く抜いた陽昇の特殊ナガサ『タキオン・ギア』が攻撃を吸収して妖しく光った。

愛  「ツルハシはお嫌いのようね。じゃ、これでやってみる?」

 愛がダイナマイトの導火線に点火した。

ゾクギ・青「やめろ! 坑道が崩れるぞ!」

愛  「かもね…ところで、ドケーン将軍はどうしたの? なぜ来ないの?」

ゾクギ・青「・・・」

愛  「専門家なら来ないのは当然よね」

 愛、陽昇、田島らは、点火したダイナマイトをかざしてヅカヅカとゾクギ団に近付いていった。

ゾクギ・青「・・・!」

 ゾクギ団は距離を保って後退った。

愛  「どうして逃げるの? さあ、一緒に掘りましょうよ、一緒に埋まっちゃうかもしれないけど」

ゾクギ・青「早く火を消せ!」

陽 昇「阿仁合の花火を見たことがあるか? 何発も何発も上がるんだ。今日はこれしかないけど、一緒にスリルを体感しようぜ」

 陽昇が腰にぶら提げたダイナマイトの束を出して導火線に点火した。

ゾクギ・青「ひ、引け!」

 ゾクギ団が坑道出口に向かって駆け出した。

 坑道入口ではアイカワイルドとカヤクサンダーが待っていた。そして後方支援の老人たちが気持ちだけは戦闘体制で勢揃いしていた。

 坑道の奥から大勢の気配がした。

合体鎌沢「来たぞ!」

 坑道から飛び出して来たのは、窓コの大将、満月、金耳、銀耳、そして狐の団体だった。

大 将「みんな、聞いてくれ! 悪者は退治した! みんなご苦労だった!」

 老人たちは歓声を上げた。

京 子「大将! なして秋田弁で話さねった? 急に都会人になっちゃったの?」

声  「ほんとにそんだな!」

 ホンモノの窓コの大将が妖狐・満月ら軍団を率いて現れた。

大 将「さっきはやってけだな! オレを騙る礼儀知らずめ! 今度はそうはえがねど! オレの縄張りで好き放題だば許さね!」

 老人たちはまた歓声を上げた。坑道から田島たちが現れた。

大 将「(アニアイザーに) おめらは手っこ出すな!」

 突然、愛の持ってるダイナマイトが発火するや花火となって大空で炸裂すると驚いたニセモノの窓コの大将は、ゾクギ団・青の正体を現した。

ゾクギ・青「花火?」

愛  「平和的に解決しようと思ってね」

田 島「オレは花火って言ったはずだよ」

 偽狐の団体がゾクギ団の正体を現した。

ゾクギ・青「狐どもめ! 絶滅種にしてやる!」

大 将「ものども、大掃除!」

 双方入り乱れての戦闘が始まった。チエが村の住民の先頭に立って叫んだ。

チ エ「窓コの大将、がんばれーッ!」

老人たち「がんばれーッ!」

チ エ「この村ば守ってけれーッ!」

老人たち「守ってけれーッ!」

田 島「どうやらオレたちの出番はないようだな」

愛  「土地は住んでいる人が守るのが一番よね」

田 島「そういうことだな。ボランティアなどの存在は、時に外来種の役割を果たしてしまうこともある。厳寒の地の人間に依存心が芽生えることは、実はとても危険なことなんだ」

 老人たちはチエの家を背に陣取った。

チ エ「山も田圃も絶対に売らねどーッ!」

老人たち「絶対に売らねどーッ!」

チ エ「誰も売らねどーッ!」

老人たち「売らねどーッ!」

チ エ「石を持でーッ!」

 老人たちがそれぞれに石を拾った。

チ エ「構えーッ!」

 老人たちが石を構えた。

チ エ「ぶん投げれーッ!」

 老人たちは不揃いのタイミングながら全力で石を投げた。アイカワイルドは素早くその石に念を送った。緩い弧を描いていた石が、凶弾と化してゾクギ団を襲った。

チ エ「おめだぢ、凄い力だな! もっかい(もう一回)、石を持でーッ!」

 石を拾う老人たちを襲おうとする黒い戦闘員が、アニアイドルの手から放たれた操り妖力で次々と樹木や地面に叩き付けられた。

チ エ「構えーッ!」

 老人たちが石を構えた。

チ エ「ぶん投げれーッ!」

ゾクギ・青「いまいましいババアたちめ!」

チ エ「そごの青いの! いまいましいババアってしゃべたな!」

ゾクギ・青「聞こえたか…」

チ エ「聞こえたがってしゃべったな! ああ、聞こえだ、聞こえだ! オレの耳は地獄耳だ!」

ゾクギ・青「引けーッ!」

 形勢不利と見て、ゾクギ団は引き上げていく。

大 将「逃がすんじゃねえーッ!」

新 狐「何をやってんだが…早く片付けて帰りましょ」

 大将のフィアンセ・新狐御前が変化し、凶暴なバケモノの姿を現した。ゾクギ団は行く手を阻まれた。

新 狐「この土地を穢したらダメよ」

 新狐御前はゾクギ団を次々と惨殺していった。

大 将「…おなご怒らひだら…だめだよ」


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 戦闘は終わった。惨殺されたはずのゾクギ団は、悪鬼の魔力が解けた。桜庭土建の雇用募集に乗って行方不明になっていた地元民たちだ。


×     ×     ×     ×     ×     ×


 夕陽の小様地区で窓コの大将が、変化を解いたアニアイザーたちにお辞儀をしていた。

大 将「こんな騒ぎになるどは思ってねがったもんで、まごとに申し訳ないごとで。これがらは悪さをしねえで峠の奥で暮らすように致します」

丈 雄「それは残念なごとだな」

大 将「え?」

丈 雄「窓コの大将のお陰で観光客が増えたというのに、ただの噂だということになると、またただのつまらん村になってしまうな」。

六 郎「そうそう。大将がこの村を守ってくれなくなったら、この村は近々あのゾクギ団の縄張りになってしまうかもしれねな」

京 子「困ったわね」

田 島「では、我々は引き上げるか」

 田島たちは、上空の『白い鷹号』からのワープシェルターに乗り込んだ。丈雄と六郎は残った。

 小様地区の陽が落ち始めた。

大 将「あんだはあれに乗らんのが?」

丈 雄「私はバイクで来たもんで…大将を見送ったら帰ります」

大 将「んだが…」

 窓コの大将が狐の集団に右手を上げた。狐の集団は一斉に行列を組んでゆっくりと峠に向かって去っていった。鎌沢兄弟と老人たちは遠く狐火を見送った。

丈 雄「六郎、そろそろ火点けるが?」

 六郎は田島の置いていった花火の束に点火した。空高く連続して上る光の玉が夜空に大輪の輝きを炸裂させた。


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 狐火の行列が停まった。

大 将「洒落だごどを…」

新 狐「あだし…尼さんになろうがしら…」

大 将「惚れっぽい女だ。煩悩だらけのおまえに尼さんが勤まるか!」

新 狐「おっほっほっほっほっ、ごほっごほっ!」


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 バイクのマフラーが排ガスを噴く。丈雄は六郎を後ろに乗せて帰途に就いていた。


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 ひんやりとした風を誘って流れる小様川。早朝の三浦家で家回りを掃除していたチエが 『 坑道跡 』 の碑柱を丁寧に拭き、優しくバケツを被せて元どおりに戻した。

チ エ「観光客さま…ゴミ入れにさねで、土地の歴史の宝探しば楽しんでたもれ」

 チエの表情が朝日に映えて観音様のように見えた。


N「北秋田市の歴史に土足で踏み込み、町や村を次々と物色するゾクギ団。この豊かな土地を過疎から無人の土地に塗り替えようとする彼らに、煩悩の隙を与えてはならない」




( 第10話 「山寺の怪」 につづく )

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