ある日の昼休みのことでした。

須々木正(Random Walk)

ある日の昼休みのことでした。


 日々ほとんど同じリズムで繰り返される学校生活が、それでも輝きを保ち続ける理由はどこにあるのか?

 それは、xやらyやらzやら、時にはa、b、c ……さらにはギリシャ文字やら謎の記号やらがさんざん踊り狂った挙句、いつの間にかしたり顔の教師の書いた答えが黒板に出現する数学の時間ではあるはずもなく。

 はたまた、結局は何のオチもつかないことの分かりきった、外国人とのコミュニケーションが無駄に大好きな学生のお話を、際限なく解読させられ続ける英語の時間であるはずもなく。

 さらには、寝たいときに寝る自由を剥奪され、心身の鍛練をうたいつつも、どんどん消耗し疲弊し、それから後の授業にまで多大な影響を及ぼす体育の授業であるはずもない。

 学生生活がだいたい毎日どうにか輝いている理由。それは、こういった多くの困難、苦痛をこれでもかと与えられ続けた後に訪れる、至福のひととき。荒涼とした砂漠に突如現れるオアシスのようなこの時間。耐え抜いた後だからこそ、余計にこの解放感がたまらない。

 そう、昼休みのおかげなのだ!

「分かったか!? 昼休みの素晴らしさが!」

「あー、分かった分かった」

「ヨウスケの場合、昼休みって言うか、弁当が楽しみなんじゃない?」

 なぜか熱弁をはじめたヨウスケ、その右隣のユウヤ、前の席のサヤミの三人は、弁当箱を鞄から出す。

「弁当か。それは確かに否定できないな。この弁当箱の中に何が待ち受けるのか……そのドキドキワクワク感たるや、開ける瞬間はいつだってドラマティック!」

「ヨウスケもサヤミも、姉ちゃんがつくってくれるんだっけ。スゲーな毎日」

「自分の分をつくるついでだよ。あと、毎日じゃないから。私も時々自分でつくるから」

「たまにだろ?」

「一ヶ月に一回くらい……」

「ヨウスケんところの姉貴は毎日だよな」

「まあな。料理好きの姉に今だけは感謝感謝だ」

 ヨウスケは弁当箱に感謝の波動を送り込む。これで至高の弁当は完成するのだ!

「いや、来るときには完成しているだろ」

「まあでも、感謝は大事よね」

「さて、本日の弁当はなーんだ! オープン・ザ・フタ!」

 えー、ただいま、ふたのロックは解除されました。わずかな隙間から漂う匂い……なんだかちょっと酸味のきいた……これは柑橘系の薫りでしょうか。最近急に暑くなってきたから、こういう爽やか系がますますありがたみを増しますね。さて、いよいよふたは完全にどけられ、本日の弁当が全貌を現します。今日はどのようなドラマティックな出会いが待ち受けているのでしょうか。さあさあ、みなさんご注目~!

「ナ……!」

 あの爽やかフルーティー・スメルの正体……。

「果物オンリー弁当……だと」

 ざ、斬新過ぎて、意味分かんねえ……。

 リンゴ、イチゴ、ブドウ、ミカン、サクランボ、パイナップル……えとせとら。

「アハハハハ! ヨウスケのお姉ちゃんサイコー!!」

「前から思っていたけど、お前の姉ちゃん、時々すごいことするよな……」

「確かにおっしゃる通り……」

 しかし、この衝撃は未だかつてないレベル。

 デザートとして添えるのであれば理解はできる。

 しかしこれは、事故では済まされない次元……これを弁当と呼べと言うのか!?

「アハハハハハハハハハハハハハハ!」

「いや、笑い過ぎだから」

 サヤミのバカ笑いが教室に響き渡り、ヨウスケの弁当はクラスメイトの視線を一身に集める。

「なんだか、弁当箱も普段と違うから、不思議だったんだよな」

「確かに、男子学生の弁当箱にしてはちょっとカワイイな」

「ヒーーー! おかしくて涙出てきた」

「ま、まあ落ち着けサヤミ……ままままずは落ち着くんだ」

「お前の方が動揺しているぞ」

 ヨウスケは未だに現実を受け入れることができない。

「あ!」

「どうしたサヤミ?」

「笑い過ぎて壊れたか」

「いやいや、違う違う。なんでヨウスケの弁当箱の中身がすべてフルーツなのか分かった!」

「なんだと!!」

「たぶんだけど。でも、きっとそうだ」

「詳しく聞かせてもらおうか」

「いや、あのね……うちの姉ちゃん、昨日の夜、ヨウスケのお姉ちゃんと電話してたんだよ」

「あ、あれ、サヤミの姉ちゃんと喋ってたのか」

「で、ダイエットがどうとか、身体に良いとかそんなことを言ってた気がする。めっちゃ熱弁してたよ」

「つまり、うちの姉は、サヤミの姉になにやら吹き込まれ、ダイエットだか健康だか知らんが、フルーツの素晴らしさに心奪われ、冷静な判断力を失い、俺の弁当箱にフルーツだけをひたすら詰め込みまくったということか!?」

「そこそこ説得力あるじゃん。ヨウスケの姉ちゃんなら十分あり得る」

 なるほど……なるほど、なるほどね。だから、弁当箱の中身はフルーツ100%なわけか。

 しかし姉よ……ジュースの果汁100%と、弁当箱占有率100%はまったく意味が違うのだ。

「ていうか……すべての元凶はお前の姉貴かァァァァァ!!!」

「アハハハ! グッジョブ私の姉! 良いじゃん。それだけ食べれば血液サラサラになるよ?」

「俺には米や肉が必要なんだよコラ!!」

「まあでも今日はあきらめろ。今日のお前の弁当はフルーツ100%だ」

 直視できない現実……。

「別にフルーツ嫌いじゃないでしょ?」

「むしろ好きな方だ。でも、バナナがオヤツに含まれないように、フルーツ全般弁当には含まれないんだよ! つまり! 今日の俺は弁当がない状態。これを悲劇と言わずして何と言おうか!!」

 そのとき、教室後方より、ヨウスケの名を呼ぶ声が響き渡る。

「ヨウスケ君~。お姉ちゃん来たよ~」

 犯人は犯行現場に戻るという。

 というとアレか。

 俺に突き付けたこのフルーツ弁当の顛末が気になったということか。

 だがしかし!

「ここであったが百年目! 姉とは言え容赦はしない。返り討ちにしてくれるわ!!」

 ヨウスケは勇んで呼ばれた方に行く。ユウヤとサヤミも面白そうなのでついていく。他にも何人か集まってくる。

 すると、そこには申し訳なさそうな顔をした姉の姿が。

「己の過ちに気がついたか……」

「そうそう、間違えちゃった」

 はい?

「だから、弁当箱入れ替わっちゃってたのよ。まだ食べてないよね。はい、アンタのはこっち」

「あ、そういうこと」

 少し小ぶりな重箱のような弁当箱を渡される。これぞ、育ち盛りの男子生徒にふさわしい重量感。

「ていうか見れば気付くでしょフツー」

 確かに。自分で思っていた以上に動揺していたのかもしれない。

「あーあ、つまんない展開」

「何を期待していたんだサヤミ……」

 落ち着きを取り戻した教室。ヨウスケたち三人も席につき、ようやくちゃんと食べる状態になる。ヨウスケの前には、正しい主のもとに辿り着いた弁当箱。

「さてさて、改めまして……本日の弁当はなーんだ! オープン・ザ・フタ!」

 えー、ただいま、改めて、ふたのロックは解除されました。改めて、わずかな隙間から漂う匂い……なんだかちょっと改めて酸味のきいた……これは柑橘系の薫りでしょうか、改めて。最近急に暑くなってきたから、こういう爽やか系がますますありがたみを増しますね……改めて。さて、いよいよふたは完全にどけられ、本日の弁当が全貌を現します。今日はどのようなドラマティックな出会いが待ち受けているのでしょうか。さあさあ、改めて、みなさんご注目~!

「ナ……!!!! またオマエかアアアアア!!!!」

 そこには、再びのザ・フルーツ・オンリー・弁当(ワイド版)。

「ハンギャァァァァァァァァァァ!!!」

 サヤミの奇声のような笑い声。もはや人のものとは思えぬ。

 そして、いま何が起こっているのか、さっぱり分からねえ……。

「ユウヤ……これはどういうことなのだろう?」

「ヨウスケ……おそらくこれは、ボリュームの問題。お前の姉は、大小二つのフルーツ弁当を用意していたんだ」

「確かに俺は、育ち盛りの男子生徒。弁当には断固ボリュームを求めたい。だがしかし! 今回ばかりは量の問題じゃねえよ!!」

「アッハッハッハ! ホント、ヨウスケのお姉ちゃんサイコー!!」

「もうこれ以上どうすることもできないだろ。まあ食え」

「そうだ! 食―え食―え!」

「サヤミもさっさと食べないと昼休み終わるぞ」

「そうだそうだ、私も食べないと。もう、誰かさんのせいで笑い疲れたよ」

「いや、俺のせいではない」

 サヤミは、また笑いがこみ上げてきそうで、それを必死に抑えながら自分の弁当を開けると、その場には本日三度目のフルーティー・スメルが漂った。




(おわり)


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