かけるもの

フォンテン

第1話目玉焼き

目玉焼きには何をかけるのか。


幾度と無く繰り広げられてきたこの議題の答えが導き出されたことは一度もない。

醤油、胡椒、塩、ソース、味噌、酢、マヨネーズ、ケチャップ、オリーブオイル…。

今まで数々の候補が挙げられてきたが、「この調味料に決定!」と、

かける調味料を統一することは未だに成し遂げられていない。


そこで今回、各地から無作為に選出された人々によって、

目玉焼きには何をかけるのかを話し合い、選ばれたものが今後、

全国目玉焼き協会の現会長が亡くなる時まで目玉焼きにかけるものとして

統一されることになった。


  

A「というわけで皆さん、目玉焼きには何をかけますか?」


B「俺はやっぱり醤油だな。醤油は何にでも合う万能調味料だしさ、

  あれが一番目玉焼きの旨味を引き出すと思うんだ。

  シンプルイズベストってね。」


A「まぁ醤油派が一番多いみたいだし、当然出てくるよな。」


C「シンプルイズベストと言うなら塩でしょう。」


B「あん?ってことはお前は塩派なのか?」


C「勿論です。塩は食材の味を邪魔しません。それでいて、

  食材そのものの味をいい具合に引き出します。

  旨味だのなんだのということではなく、食材の味を楽しめるのです。」


A「ふむふむ、今度は塩派か。」


B「食材の味?んなもんはどうだっていいだろ。

  うまけりゃいいんだようまけりゃ!」


C「何も私は味だけで塩を選んだわけではありませんよ。

  見た目を損なわないという点でも塩が良いと言っているのです。」


B「見た目?んなもんはどうだっていいだろ。

  うまk」


C「同じ台詞しか言えないのですか低能。」


B「ちょ、テメ!台詞は最後まで言わせろや!

  もしかしたら最後の部分が違ったかもしれないだろ!?」


C「でも変えるつもりは無かったのでしょう?」


B「当たり前だ。」


A「遮ってもらって正解じゃねーか…。」


C「目玉焼きを日本の国旗と見なしてください。

  あなたは日の丸に向かって黒く汚く光る液体をぶっかけているのです。

  自分の住む国の象徴に向かって、黒く汚く光る液体をぶっかけているのです。

  零すと染みになって面倒な黒く汚k」


B「もう分かったから!醤油を黒く汚く光る液体って言うのやめてくんない!?

  Gを連想しちゃうから!ていうかそれを狙って言ってんだろ!?」


A「先ず目玉焼きを日の丸に例えることがおかしいと思うんだけど。」


D「日の丸ねぇ、そしたらかけるべきはケチャップだな。」


B&C「は?」


D「よく考えてみろ。焼き方にもよるだろうが、真ん中の丸は玉子の『黄』身だぞ?

  日の丸は赤くなきゃいけないのに、『黄』身だぞ?

  それなら赤くしてやらなきゃいけないよな?

  それが出来る調味料こそ、ケチャップじゃないか。」


A「あ、今度はケチャップ派か。」


B「ケチャップっておま、オムレツとかオムライスとかにかけるもんだろうが!

  神聖な目玉焼きの世界にまで入ってくんじゃねぇ!」


A「神聖なの?」


C「そうですよ、和食の代表格とも言える目玉焼きに、

  日本人の一割位しか漢字を知らないであろうトマトが原材料の

  調味料をかけるなど、和食への侮辱も甚だしいです。」


A「随分と安いんだな、和食。」


D「それじゃあ塩や醤油で日の丸を飾ることが出来るのか?」


B&C「ぐっ…。」


A「ぐっじゃねぇよ。そもそも目玉焼きは国旗じゃないからね?

  ていうか錦を飾ると混ざってない?意味全然違うし。」


D「ふむふむ、どうやらこの議論はここで終了のようだな。

  というわけで目玉焼きにはケチャ」


E「君たちは一つ勘違いをしている。」


B&C&D「!?」


E「先程から君たちは目玉焼きを日本の国旗とみなしているようだが、

  それは違うぞ!」


B&C&D「何だって!?」


A「そこでハモるなよ。」


E「何故なら目玉焼きは…外国でも食されているからだ!」


B&C&D「!!!!」


A「え?知らなかったの?」


B&C&D「知らなかった…。」


A「寧ろ何で食されていないと思っていたの?」


E「ま、そういうわけだから、かけるべき調味料は当然味噌だな。」


A「いやそれ日本の調味料だから。今の流れでそれはおかしいから。

  ともかく、味噌派ね。」


B「何だ、う○こをかけるアホか。

  突然変なことを言い出すかと思ったらそういうことか。」


C「目玉焼きにう○こなど、外道もいいところです。」


A「味噌の侮辱は和食の侮辱にも繋がるんだけどいいの?」


E「○んこ?お前ら、味噌を○んこって言ったな!?」


A「伏せ字をずらすなし。」


D「ていうか俺は言っていないし。」


E「ならお前らが毎日飲んでいるであろう、あの茶色い汁も○んこ汁だというのか?」


A「味噌汁に謝れ、言い方が汚い。」


B&C&D「味噌汁だと!?」


A「だから何故ハモる?」


E「どうやら知らなかったようだな!色々な具材をぶち込んで熱い汁にする

 ことが出来る、茶色くぐちょぐちょした発酵物の正体を!」


A「何で日本の代表的調味料をそこまで汚く言えるの?」


B「ま、まさか…。」


C「それこそが…。」


D「味噌なのか…。」


A「どうすればそれを知らない大人になることが出来るんだろう。」


F「君たちは調味料は食材をおいしくするものという概念に囚われ過ぎだ。」


BCDE「何!?」


A「あれ?これコントなの?」


F「確かに調味料は料理をおいしくするものではある。

  だが君たちが述べたものは全て、過剰摂取をすると命に関わる、

  実に危険な代物なのだよ!」


BCDE「何だって!?」


A「過剰摂取をしてもいいものはないからね。」


F「だが、私が勧める酢は摂取しても命に関わらない!

  どころか、身体の健康を促進する働きがあるのだ!」


A「過剰をとったよな?今。とにかく酢派ね。

  …単体かよ。」


B「あの罰ゲーム用の飲み物が、身体に良いだと…?」


C「あの消毒液に、健康を促進する効果があるだと…?」


E「俺のマジックリンが、俺のドクターになるだと?」


A「お前ら酢を何だと思ってんの?後E、お前訳分からんし汚い。」


F「それに酢は白身に近い色をしているから、

  見た目を害する心配もない。」


A「それ焼く前の話だから。」


F「となるとだ、目玉焼きには酢が一番ということになる。」


D「でも、味がなぁ。人を選ぶぞ?」


F「食らうより慣れろだ。統一をすれば問題なかろう。」


A「何の解決にもなってないんですが。それと勝手に言葉を作るな。」


G「解決策ならあるよ。それはマヨネーズにすることさ。」


F「何奴!?」


A「モニターです。マヨネーズ派のモニターです。」


G「酢は癖のある味だからね、好き嫌い分かれちゃうのは仕方ないよ。

  だけどマヨネーズは違う。子供から大人まで、

  どの世代にも必ず好きな人がいる調味料だからね。」


A「そりゃいるわ。一人は絶対にいるわ。」


B「た、確かに、唐揚げにマヨネーズをかけているやつがいるぞ…。」


C「刺し身、天ぷら、焼き魚…和食にマヨネーズをかけるやつもいる…。」


D「ケチャップとマヨネーズを混ぜる奴もいるし…、」


E「茶色の物体に白く臭いのある物体を混ぜることもあるな…。」


A「お前らが言っているのはマヨラーの横暴だから。」


F「それは偏見だ。」


G「今までマヨラーだとか美味をゴミにする魔呼マヨだとか

  色々言われてきたけど、とうとう僕達の時代が到来したわけだ。」


A「美味ゴミは初めて聞いたんだけど。」


G「それじゃあ目玉焼きには」


H「それでも僕は、オリーブオイル。」


B~G「何だとぅ!?」


A「オリーブオイル派ですか…。Hは偶然の一致だろうな。」


B~G「…。」


A「あれ?どうしたの?」


B「オリーブオイルには、勝てない。」


C「あれを出されてしまったら、私達はもう…。」


A「え?何で?」


D「というか、あの人は敵に回せない。」


A「人かよ!それにHは偶然の一致だっつーの!」


H「オリーブオイルは健康にいいからね。

  それに、料理にかけるだけじゃなくて使い道も沢山。

  万能調味料であるオリーブオイルこそ、目玉焼きには合うね。」


F「卵を焼くときに引く油もオリーブオイル。」


G「その後にかける調味料もオリーブオイル。」


E「程よい滑りが気持ちいいオリーブオイル。」


A「おい最後。」


H「満場一致、かな?これで決まりだね。」


I「くだらない議論で盛り上がっているところ悪いけど、

  一つ言わせてもらうわね。」


B~G「くだらないだと!?」


I「ええ、実にくだらないわ。だって、何をかければうまくなるかって

  話でしょ?それなら答えは一つじゃない。」


H「だからそれはオリーブオ」


I「お金よ!」


A「はいはいお金派ね。…お金!?」


I「調味料なんてなんだって良いの。チョコでも十分なのよ。

  お金をかければね!」


A「かけるってそういうこと!?ってかチョコて!」


B「そうか!金をかけて作った醤油ならうまいに決まっているしな!」


A「決まってないから。」


C「東京湾の海水から精製された塩より沖縄の海水から精製された

  塩のほうがうまいからな…。」


A「先ず東京湾の塩なんてないから。海水塩自体高いし。」


D「高級なトマトから作られたケチャップ…。」


A「さすがにそれはトマトの無駄遣い。」


E「安いお店より多少無理してでも高いお店の方が…。」


A「味噌の話だよね?夜の話じゃないよね?」


F「高い酢、高酢か…。」


A「クリニックっすか?」


G「高級なマヨネーズは好き嫌いが少なくなる…。」


A「嘘はイカンよ。」


H「オリーブオイル自体高い…。」


A「じゃあ無理すんなよ。」


A「ていうか、え?皆、金で納得しちゃってんの?」


I「ふふ、決まりね。目玉焼きにかけるべきはお金だって。」


A「いやあのね、これは何をかけるかっていうか、

  一番合うちょうm」


J「待ちなさい!」


I「!?な、何よ突然!びっくりしたじゃない!」


J「私はあなたの屁理屈みたいな意見に驚いているんですがね。」


A「だろうな。何をかけるかってそういう意味じゃ」


J「かけるものと言ったら手間に決まっています。」


A「こいつも大差なかった!取り敢えず、手間派か。」


J「手間をかけて作った料理に勝るものはありません。

  40代独身が自分の腹を満たすために適当に作った目玉焼きと、

  高級レストランのシェフが客を満足させるために手間をかけて作った

  目玉焼き、皆様をどちらを選ばれますか?」


B「断然、シェフの方だな。」


C「同じく。」


D「調味料無しでも食べられそうだしね。」


E「性別による。」


A「オイコラ。」


I「で、でも!高級レストランってことは、お金がかかるじゃない!

 だったらお金をかけ」


J「金も手間の内の一つです!」


I「ハッ!」


A「ハッ!じゃねぇよ。どう考えても暴論だろうが。

  ていうか高級レストランで目玉焼きなんか頼まねぇだろ。」


F「でもさ、手間をかけたものは美味しいよね。

  しかもそれは、誰かを喜ばせる為に作っているわけだし。」


G「喜ばせる相手が自分だったとしても、

  自分はまずい料理何か食べたくないからね。

  手間をかけてでも美味しく作りたくなるだろう。」


H「その手間をかけて作った料理にかけるオリーブオイル、最高だね。」


A「こいつは自分を曲げないな。」


I「くっ…それじゃあ…、」


J「決まりですな。かけるべきものは手間だと。」


K「そうかしら?今の話を聞く限りだと、かけているものは手間なんかじゃなく、

  もっと美しいものだと思うのだけれど?」


J「何ですと!?手間だって十分美しいじゃありませんか!」


K「そうね、手間をかけた料理は美しい。

  だけど、何故美しいのか分かる?」


B「美しいより美味しいだな、俺は。」


H「だからこそオリーブオイル。」


F「ちょっと黙ってようか。」


A「本来は美味しさが尊重されるべき議論なんだけどなぁ…。」


C「目玉焼きの議論と呼べない程脱線していますがね。」


J「何故か、ですと?」


K「答えは、愛情をかけているから。」


J「あ、愛情ですと?」


A「愛情ってかけるって言うっけ?

  まぁいいや、愛情派ね。」


K「愛情がなければ手間をかけるなんて真似はしない。

  つまり、手間をかけるという行為は愛情をかけていることと同じってことよ。」


J「で、ですが、愛が美しいとは限りませんよ!」


I「そうよ!お金より美しい物なんてないわよ!」


A「あんたの考えも大概だな。」


K「何を言っているのあなた達は。」


 「愛は美しい。何故なら、愛だから!」


A「理由になってねーよ!」


J「そ、そういうことでしたか!」


I「確かに、お金よりも美しいわね…。」


B~H「成る程。」


A「何で納得してるんだよ!

  お前ら少しは考えろよ!主張者に流され過ぎだろうが!」


E「いやでも、愛っていいじゃん。いや愛なんてなくても俺は女性が」


A「黙れ。」


K「ふふ、決まりね。目玉焼きにかけるべきものは、

  愛情だってい」


L「その考えは浅はかだ!」


K「な!?浅はかですって!?」


A「まだ続くのか、この流れ。」


L「愛にはもっとドロドロとして醜いものもある!

  ヤンデレとかメンヘラとか!」


A「その例えは大分偏っているがな。」


K「くっ…だったら、あなたは何をかけるべきだというの?」


L「愛などという曖昧なものではない、相手にちゃんと伝わるものだ。」


H「愛と曖昧…今ひとつ。」


F「順番を逆にして『曖昧な愛』だったらハマると思うな。」


A「空気読めないのは分かったから、せめて壊すのはやめようか。」


L「伝わるもの…それは、言葉だ!」


K「言葉…ですって!?」


A「言葉ってあの、目玉焼きに言葉をかけるの?」


L「その通りさ!」


A「それじゃあ言葉派か。

  って、料理に言葉をかけてどうすんだよ!何も変わらねぇよ!」


L「変わるさ、いや、変えてみせるんだ!

  愛情のこもった言葉で!」


K「!!

  まさかあなた、そのつもりで!?」


L「そうだ、愛という『きもち』と言葉という『かたち』、

  その2つが一つになることで、最高の調味料が生まれるんだ!」


B~K「!!!」


A「心打たれているところ水を差すようだけど、

  冷静に考えて、かかるのは唾だけだと思うんだが。」


L「決まりだ、目玉焼きかけるべきは言葉だってね!」


M「それは違うよ!」


L「な、何!?」


A「M…いや違う、別人だ。」


M「だって考えてもみてよ。

  愛情と言葉をかけるだけじゃあ、味は変わらないじゃないか。」


A「ド正論だな。」


K&L「そ、そんなことない(わ)!」


M「現実から目をそらしちゃ駄目だ。

  それに僕は何も、愛情と言葉をかけてはいけないって

  言っているわけじゃない。

  今まで出てきた調味料とか含めてね。

  ただ、それらは一番かけるべきものではないってことなんだよ。」


B「そ、それじゃあ、醤油よりも、」


C「塩よりも、」


D「ケチャップよりも、」


E「茶色くぐちょぐ」


A「今くらい味噌って言え。」


E「…味噌よりも、」


F「酢よりも、」


G「マヨネーズよりも、」


H「それでも僕はおr」


A「空気読め。目の前でオリーブオイル10リットル位トイレに流すぞ。」


H「…オリーブオイルよりも、」


I「お金よりも、」


J「手間よりも、」


K「愛情よりも、」


L「言葉よりも、かけるものって何なんだ!?」




M「時間、だよ。」




B~L「じ、時間!?」


A「時間派ね。何派に関してはもうツッコみたくないや。」


M「時間をかければ、全てできるんだよ。

  時間をかけて美味しい醤油、塩、ケチャップ、味噌、酢、マヨネーズ、

  オリーブオイルを見つけて、かけることもできる。

  時間と金をかけて、美味しい調味料をかけることができる。

  時間と手間をかけて、美味しい目玉焼きを作ることができる。

  時間と愛情をかけて、真心の込もった優しい目玉焼きを作ることが出来る。

  時間と言葉をかけて、作り手の情熱が料理から伝わる

  目玉焼きを作ることが出来る。つまり、




  時間をかけることこそが、最大の調味料なんだよ!」


B~L「!!!!!」


A「もう何でも良いや。」


M「…決まったみたいだね。」


F「文句のつけようがないしね。」


K「時間が愛を育むことだって、あるわよね。」


B「時間をかけなきゃ作れない調味料だってあるからな。」


C「ふ、もう何も言うことはあるまい。」


A「え~と、目玉焼きには何をかけるのか?

  結論は、時間ってことでいいの?」


B~M「はい!」


こうして、日本中の目玉焼き生活に関わる重要な会議は幕を閉じた。

この結果は直ぐに全国目玉焼き協会に届けられ、受理された。

翌日から目玉焼きには時間をかける生活を強要された国民だったが、

その翌日、全国目玉焼き協会現会長が病院で息を引き取ったため、

目玉焼きには時間をかける生活も幕を閉じた。


今日も何処かで、目玉焼き討論が繰り広げられていることだろう。



「皆さんは、目玉焼きには何を『かけ』ますか?」

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かけるもの フォンテン @Kri3

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