第5話 アフターハートブレイク 風のオネエ妖怪

僕は慣れない靴で走った。ピンクのハイヒール。 僕は逃げ出したのだ。

バカみたい。こんな格好して。

最初からわかってるじゃない。こうなることなんて。

わかっていても、涙は後から後から溢れてくる。

「いたっ!」

僕はついに足を挫いて転んでしまった。

「大丈夫か?」

息を切らせて追いかけてきた翼が手を差し伸べていた。

僕は慌てて涙をぬぐったけどバレバレだった。

「なんで泣いてるんだよ。いったいどうしたんだ?」

「ご、ごめん、なんでもない・・・・。」

「何でもないわけないだろう。何があった?」

翼が立てない僕に寄り添い肩を貸してくれた。

「や、優しくしないで・・・。僕、諦めきれなくなるから。」

また涙が出てきた。

「え?何のこと?」

「僕・・・・・翼のこと・・・・好きだった・・・。」

僕は自分でもびっくりした。このタイミングでの告白。ホント、僕ってカッコ悪い。

「あの溺れた時、助けに来てくれたときから、ずっと・・・好きだった。」

僕は泣きじゃくっていた。

「でも、翼は、日向子のことが好きだって。わかってたのに。 諦められなくて・・・。」

「はぁ?何で諦めるの?」

僕は翼の言っていることが理解できずに戸惑った。

「でも、さっき・・・・翼は言った。日向子が好きだって。花火の間もずっと、日向子のこと見つめてたし。」

翼は溜息をついた。

「俺がいつ、日向子を好きだって言ったよ。」

「言ったじゃん!」

僕は八つ当たりとも取れるように、大声で叫んでいた。

すると、翼は僕の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

「ほんっと、みなみは天然だよなあ。まあ、そういう所も含めて、俺は好きなんだけどな。」

僕は耳を疑った。僕のことを、好きだと言った。でも、日向子にも同じことを言った。

「あの状況をよく思い出してみ?俺たちは何を食ってた?」

「お団子・・・・」

「実はあの前に、日向子とお団子の種類がなんで みたらしとあんこしか無かったかって話をしてたんだ。なんで”きなこ”が無いのかを論議してたんだ。俺はみたらしだんごを一口食べたその口で やっぱさ、俺、”きなこ”が好きだなって言ったんだ。」

僕は自分の早とちりに、見る見る赤面した。

「ひなこ」ではなく、翼は「きなこ」と言ったのだ。

そして、それに日向子が同意しただけなのだ。

僕は本当にバカだ。勝手に一人で空回りしてる。

「で?みなみは、俺のこと、諦めるの?俺、振られちゃうのかな?」

僕は頭をブンブンと横に振った。

「あのBBQの日、みなみが溺れた時、日向がまず助けに飛び込んだだろ?俺、あいつが泳げないの知ってた。だから、友達を救うべきか,みなみを救うべきか、一瞬悩んだんだ。でも、俺は、大切な人を助けた。やっぱ、友達より、一番大切な人を救いたかった。日向には悪いけどな。」

翼は頭を掻きながら照れくさそうに言った。 僕は顔がくしゃくしゃになった。 翼の胸に飛び込んだのだ。

「バカ、泣くなよ。俺のTシャツ、ぐっしょぐしょだよー。」

翼が笑った。そして、翼の顔が僕の顔に近づいてきた。 僕は翼にキスされた。

ファーストキスが翼なんて。 二人の顔が離れると、遠くから日向と日向子が ちょっと驚いた顔で見ていた。

「見せ付けてくれるなあ、お二人さん。」

日向が真っ白な歯を見せていたずらっぽく笑った。

最高の夏だ。


川原の側の雑木林から、不穏な空気が流れていた。

「あー、協力していて言うのもなんだけど、なーんか人の恋路がうまく行くのって癪だわあ。ちょっとうまく行きすぎじゃない?あの二人。」

オネエ妖怪は事の成り行きを見ていて、ハンカチを噛んで悔しがっている。

するとオネエ妖怪の顔に、上から何か柔らかい物がファサっと触れた。オネエ妖怪は上を見上げると、「キャーーー!」と悲鳴を上げた。

貞子が木の上から膝でぶら下がってユラユラ髪の毛が揺れていたのだ。

「バカ!脅かさないでよ!心臓止まるかと思ったわよ!何?妖怪でも驚くのかって?当たり前じゃない!そんな風に不意打ちされたら、誰でも驚くわよ!」

オネエは唾を飛ばした。まあ良かったわ。これで私のイライラも解消したことだし。やっぱり然るべきして進展すべきものが、うまく進まないのってイライラしちゃうじゃない?

私は初めっから、わかってたもん。あの二人は両思いだって。 恋のキューピッドがオネエ妖怪だなんて、あの翼って子は知らないのよねえ。オネエはクスクスと笑った。

数日後、僕は学校帰りの夕暮れ、いつもの道を通った。ここ最近、あのオネエ妖怪に出会ってない。もう、どこか違う場所に移動してしまったのだろうか。 僕はオネエ妖怪にお礼が言いたかった。

僕に告白する勇気をくれた、オネエ妖怪に。もうこの道にはいないんだ。すると、遠くのほうから男性の悲鳴が聞こえてきた。

あ、きっとオネエ妖怪だ。 僕は声のする方向に走って行った。 道路わきのコンビニの駐車場にそいつは立っていた。

「あら、リア充が来たわ、怖い怖い。」

そう言って、オネエ妖怪はおどけた。

「いろいろ、ありがとう。」

僕はオネエ妖怪にお礼を言った。

「よしてよ、私はただ、アンタたちが両思いなのに進展しないからイライラしてたから、そうしただけよ。」

「場所、変えたんだ。」

「まあね。でも、ちょっとここはやり辛いわあ。何でコンビニってこう、灯りが煌々としてるのかしら。やっぱ薄暗いほうが襲いやすいわね。そろそろ、この街も噂が広まっちゃったし。 旅に出ないとね。」

「え、どこか行っちゃうの?」

「何よ、最初は気味悪がってたじゃない。厄介払いが出来て清々するでしょ?」

僕は何故か涙ぐんでしまった。

「バ、バカねえ。なんで泣くのよ。」

そう言うオネエ妖怪も、少し目が潤んだ。

「オネエ妖怪はね、風よ。風のように、いろんな街を渡り歩いて生きていくのよ。風はどこにでも吹くでしょ?いつかまた、この街にもオネエの風が吹くかもしれないわ。」

そう言うと涙を隠すためにオネエ妖怪はそっぽを向いた。

「きっと、またいつか、会えるよね。」

僕はもう泣かなかった。

「いつかね。」

オネエ妖怪も微笑んだ。

そして、オネエ妖怪は暗闇に、風のように消えてしまったのだ。


そこのイケメンのあなた。いつか貴方の背後に、生暖かい風が吹いたらきっとそれは、オネエ妖怪の仕業だから。


首筋に何かを感じても、許してちょうだい。

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僕っ子とオネエ妖怪 よもつひらさか @yomo2_hirasaka

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