見破られたトリック

 田柄は一瞬ひるんだが、目が慣れるにつれ体勢を立て直し、例の人工的な笑顔を私に向けた。

「あれ、由名時さんじゃないですか。どうしたんですか、こんなところで」

「君に依頼された調査の結果を報告しようと思ってね」

「つまり僕がここに来ることを知っていた……」

「鍵を現場に戻しに来たんだろ。君が殺して金を奪った、後藤亜実のマンションの部屋の鍵だよ」

 田柄は落ち窪んだ目を何度もパチパチさせていたが、やがて諦めたように再び笑顔を作って「さすが由名時さん、見立て通りの名探偵だ。僕がここで否定したところで、意味ないですよね。だってそれ以外に僕がわざわざこんなところに来る理由がない。僕はね、自分でも物わかりのいい方だと思ってるんですよ」

「立ち話は寒い。僕の車に来ないか」私は田柄を連れて車に戻り、田柄を助手席に座らせた。エンジンをかけて、ヒーターの温度を上げる。少しの沈黙の後、田柄が口を開いた。

「で、どうしてわかったんです?」

「スマホのケースだよ。君が僕のオフィスに来たとき、スマホを二回使ったね。最初は話の途中でバイブが鳴り、君は仕事の連絡だといって返信した。そして二回目は、後藤亜実とのメールのやり取りを見せてくれた時だ。最初の時には何でもなかった君のシルバーのスマホケースが、二回目は太陽光をまぶしく反射した。同じケースなのになぜだろうと、ずっと頭にひっかかっていた。その理由がわかったんだ。あの時君は、南向きの窓を右側にして、東を向いてソファに座っていた。だから、上着の右のポケットからスマホを出した時だけ、ケースの背面が日に当たってまぶしく光った。最初に使ったスマホは左のポケットから出された別のスマホだった。それはピンクと黒のケースを一時的に君のスマホと同じシルバーのケースに付け替えた、後藤亜実のスマホだったんだ。彼女のスマホは日本で一番シェアのある機種だ。スマホを商売にしている君が、同じ機種を持っていないわけがない。そうして君は午後二時にバイブが鳴るように仕込んだリマインダーでメールが着信したフリをし、彼女自身のスマホから海野さんにメールを送って、君のアリバイが証明できる時間まで彼女が生きているように見せかけた。僕の目の前でね。それから僕のオフィスを出たその足で、犯行後に奪っておいた鍵を使って彼女のマンションに入り、スマホを部屋に戻した。死体が水中にあったため死亡推定時刻に幅があり、彼女のメールが重要な決め手になっていたが、それは君の偽装だった。彼女は、君が僕のオフィスを訪ねる前の、木曜日の深夜にすでに殺されていたんだ」

 私はそこまで一気にしゃべると、ハンドルに両手を置いて一息ついた。「君が僕に依頼したのも、駅と彼女のマンションを結ぶ直線上に僕のオフィスがあったからだったんだね」

 田柄は大きな音を立てて拍手をしながら「由名時さん、ブラボー」と叫んだ。

「ホントにすごいや、由名時さん。じゃあ今度は僕が話しますね、由名時さんが知らない部分もあると思うんで。あの日、木曜日の夜、アプリの開発に行き詰った僕は気晴らしに下北沢に出たんです。そこで彼女と偶然再会した。もうご存知だと思いますが、僕が作っているアプリは表向きは進学相談SNSですが、実際は出会い系として高校生に利用されてます。援助交際の相手探しです。実は僕もテストマーケティングと称して、自分のアプリで女子高生と遊んだことがあるんです。彼女はその時のひとりでした。彼女も懐かしく思ったみたいで、これからどうかと誘ってきました。僕は気晴らしがしたかったこともあって、二つ返事でオーケーしました。彼女に教えられたとおりに顔が映らないようにマンションのエントランスをすり抜けて、彼女の部屋に入ると、ベッドサイドのテーブルの上に、無造作に紙袋が置かれていました。彼女はそれを指さして、中に一千万円入っている。父親が悪いことをして作った金なので、こっそり持ち出して困らせてやった、といいました。それを聞いて僕の気が変わりました。新しいアプリの開発がうまくいかず、公開が後ろ倒しになったおかげで、借金した開発費の返済が滞っていました。目の前の一千万円をなんとか自分のものにできないか、という悪の算段で頭がフル回転をはじめたのです。僕は彼女に提案しました。このお金を返せば、お父さんはまた悪いことを繰り返す。もうさせないために、このお金を湖にばらまいて、騒ぎを起こしてはどうだろう、と。その時、頭には、夏に別の女の子と遊んだことがある、多摩湖の小さな入り江が浮かんでいました。もちろん本気でそんなことをしようとは思ってなくて、行きの車中でなんとか言いくるめて、一時的にでもその一千万円を貸してもらおうなどと考えていたんです。ところが彼女は、湖にばらまくというそのアイディアをひどく気に入ってしまい、後に引けないままに多摩湖に着いてしまいました……」

 少し疲れたのか、田柄はそこで一度黙った。私はハンドルに置いた両手に頭をもたせて、下を向いたまま話の続きを待った。

「彼女は、もう少しで本当に一千万円を水面にばらまくところでした。僕は止めるのに夢中で、もみ合っているうちに、いつのまにか彼女の首を絞めつづけていました。気づいた時にはもう、彼女は息をしていませんでした。僕はようやく我に返りました。このままでは僕は強盗殺人犯です。どうにか逃れる方法はないものか……そうして思いついたのが、例の一千万円あげます、の一人芝居です。いいアイディアだと思いませんか。だって、突然投げ込まれた一千万円に困って探偵さんに相談し、しかも犯行時刻にアリバイがある人間を、誰が犯人だと思うでしょうか。僕は、はやる心を抑えながら彼女のスマホをバッグから取り出し、動画投稿サイトにコメントをアップし、それから自分のスマホと交互にメールのやり取りを偽装しました。もちろん彼女のスマホはロックされていましたが、メールアドレスに使われていた1127を打ってみると、一発で認証に成功しました。今考えれば、それはかなりのラッキーだったのかもしれません。いや、アンラッキーかな、ハハハ……あとは由名時さんもご存じのとおりです」

「鍵は、一千万円と一緒に貸金庫に預けて、そのままベトナムに飛んだんだね」

「その通りです。東京の街中でモノを捨てるのって、結構ハードル高いんですよね。ベトナムから戻ってから、ゆっくり処分するつもりでいました。こんなことなら、さっさと捨てちゃえばよかったな。もし僕がここに来なければ、バレませんでしたかね」

「日本の警察はとても優秀だ。捜査が進めば、君のトリックはすぐ見破られるよ」

「そうですよね、由名時さん。ハハ、そうですよね……」

 私はハンドルから頭を上げて、ぎこちなく笑う田柄の顔を見つめた。遥か遠くの街灯から届く淡い光が、頬を伝う幾筋かの涙を照らしていた。(終)


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