第30話 そして最後は塵になる

 『古いサントラ』

 翌日、私は部屋のなかにある私が購入したものを積み立てられたダンボール箱から引っ張り出して、自分探しをした。異国の街や海の中、鬱蒼した森のなかに身を任せ、自分の声を聴く。インドに行って、サック一つで歩き回る。これも良いが、もっと簡単で明確な自分探しなら部屋にいたまま出来る。改めて好きなものを探すだけでいい、一人で。すると不思議な事に私は私の嘘と本当の区別がはっきりしてくる気がした。いや、気がしたではない。これは明らかに起きた事実だった。


 そして、それを文字にし、文章に綴った。『古いサントラ』と名付けたその物語は、誰の目にも留まらず、畑先輩のみが私の失態を読み込んで、処分した。今度は外にいるときだったので原稿用紙は焼き芋に変わった。実に甘美な味だった。


 その翌日も。その翌日も。


 『濡れたタオル』

 部室に持っていく。畑先輩が目を通したあと、原稿用紙で部室の窓をピカピカに磨いた。代わりに私の作品は失われた。


 『妖騎士マジェッタ』

 部室に持っていく。畑先輩が目を通すとどこから持ってきたかわからない。日本刀を取り出して、原稿用紙を宙にくくりつけ、文字通り一刀両断。半分残っていたそれを取り外すと、畑先輩はそれをちり箱にそっと捨てた。


 『天地天命 追い鰹』

 今日も部室に持っていくと、畑先輩が読む。電子レンジに入れられ、出てきたときには灰になっていた。インクの焼ける、香ばしくもむせ返るような、匂いがした。


 『切支丹とぼっちの冬』

 部室に持っていく。畑先輩が一言「これが欲しかったんだよ」と言って、私の原稿用紙をパタパタと扇代わりに使用する。空気抵抗のあまりの激しさに原稿用紙には数え切れない折り目がついた。


 『それでも恋する蝸牛かたつむり

 持っていく、畑先輩が読む、苦虫を噛み潰したように私に微笑みなから窓の外に放り捨てる。その日は豪雨で原稿がパサパサと窓に向かって放物線を描くその頂点、途中で私はそれを救うのを諦めた。滲んだ原稿を眺め、更に創作意欲が湧いてきた。


 『金平糖は密室に必要か?』

 持っていく、読む、原稿は畑先輩の手によって、一度電書化され、データの入ったUSBを購買部で販売する運びをこぎ着け、交渉成立直前でUSBの中身を確認しなおすと全く知らない作品に入れ替わっていた。著者名は畑 悠一。困惑した私は畑先輩を屋上に追い詰めて、柵の向こうまで押し出すことを試みる。先輩の首に手をかけたところで私は気がついた。これは夢だ。


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