第15話 野菜大王の誘惑

あさりと……しめじだっけ……

忘れた ダメだ紛らわしい

店員さんに聞いてみるか

いや、何を聞けばいいんだろう……


母からの頼みごとを断れない私は

閉じかけの目蓋まぶたをこじ開け

きなれた靴で近所の市場まで来ている

自転車を持たない私の選択肢は

当然のことながら歩きしかない


「おっちゃん、この白いのがしめじだよね」

「ハハハ 違う違う こっちがしめじでお嬢ちゃんが持ってるのはえのき いっぱいあるから2つとも買っていきなよ。キノコ類の品揃えでは大型スーパーにだって負けないからな ウチは」


マジか……

私には見分けがつかないというのに

なんという嫌がらせだ

いや むしろ私が学ぶべきなのか


「じゃあ とりあえずその2つ」

「まいど!今から朝食かい?」


ふと時計をみると針は10時を回っていた

そういえばまだ食べてないな……


「んー、たぶん朝 私まだ食べてないし」

「それじゃあ……」


糸を引く前置まえおきと会計を残したまま

八百屋のおっちゃんが店の奥へと引っ込んだ


周りを見回すと人がちらほら見える

午前中にこれだけ客がいるなら

ここがシャッター街になるのはまだまだ先のことだろう……


「はいよ お待たせ これもついでに貰ってってくれ」

「え、ありがとうございます……」


袋を覗くと三原色なトマトが入っていた

歪で随所ところどころがまだまだ熟れていなかったが光沢の見事なそれには何か食欲を惹かれるものがあった……


「食べられなかったら早めに冷蔵庫入れるといい、まだ緑っぽいけど常温だとすぐ熟れるからね」


八百屋で働くおやじの気前がいいのは

どうも全国一律らしい……


家路につく私は収まらない食欲と

母が作ってくれるだろう朝ごはんへの期待で

胸がいっぱいだった……

もちろんご飯は食べるぞ


ガチャリ


「ただいまーー」


「はい、おかえり御苦労さん」


買い物袋を母に渡して料理を待ちながら

朝、簡単に結んだ髪のばらつきを整えつつ

7時窓を掃除する

そうしよう……


今日も幸せな1日が始まった……






「リンーー あさりはどこーー?」



聞かなかったことにしよう

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