第29話 『吹雪の訪れ』


 「居たぞ…奴だ…」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』と『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は樹の幹に隠れて『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』の様子を窺う。


「あれは…一体何をしているのだ…?」


 『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』はただ立ち尽くしていた。

 まるで意識が飛んでしまったかの様に時折フラフラと身体が揺れている。

 しかし『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』には何となく既視感と言うか親近感があった。


「多分あれはね…ずぶ濡れになって調子がでないんじゃないかな…炎属性なだけに…私もさっき炎に囲まれた時そうだったし…」


「なるほど…熱に関係する属性ならではの不調と言う訳か…

 しかしこれはチャンスだ…今なら奴を倒す事が可能ではないのか…?」


「え~どうせなら逃げましょうよ…あなたは攻撃的過ぎるよ…」


 武闘派の『大地の戦乙女グラン・バルキリー』らしい発想だが、今の状況に関しては『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』の言い分もあながち間違ってはいない。


「話を聞いてくれ…今までの吾輩の言動と行動からそう誤解されても仕方ないと思っている…だが今回は吾輩の性格は関係ない…一刻も早くこの戦いを終わらせたいのだ…『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の為にも…]


大地の戦乙女グラン・バルキリー』の真剣な眼差し…それを見てしまってはいつもの様に茶化す気にはなれなかった。


「…なぜ…そこまで彼女の事を?」


「以前…吾輩と『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』、そしてその友人『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の三人で

地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』と初めて対峙した時、吾輩は各個撤退と言い捨て自分だけ先に戦場を離脱した事がある…」


 黙って聞き入る『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』。

 彼女が加入したのがつい昨日だ、この時の事情を知らないのは致し方の無い事…。


「そのせいで『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』が『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』を逃がす為に最後まで残りそのまま行方不明だ…当時の吾輩はそれは彼女らの実力不足が招いた結果だと思っていたが…最近ではそれは間違いだったと思うようになった…」


「じゃあ…」


「そうだ…これは罪滅ぼしだ…こんな戦い早く終わらせて吾輩は『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の…友達の捜索を手伝うつもりだ…」


「………」


 『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は思い出していた…

 以前自分がパーティーを組んでいた魔法少女を自分の実力不足のせいで大怪我を負わせてしまった事を…それ以来彼女は人に関わるのを極力避けて来たのだ。

 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』も自分と似た境遇だった…

 自分もこのままではいけない…自分も一歩踏み出したい…!!


「分かった…私も協力する…」


「恩に着る…!!」


 二人は力強い笑みをお互いに向け合った。


「『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』…まずは奴を拘束魔法で固めてくれ…後は吾輩の攻撃魔法でカタを付ける…」


「…了解…大気に漂いし冷たき者よ我が命に従い彼の者を凍りつかせ給え…『フリーズバインド』!!」


 前に突き出されたマジカルワンドの蒼い宝玉が真っ白に光り輝くキラキラ雪の結晶が宙を漂う。

 するとやや離れた所に立っている『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』の足元に魔法陣が浮かびそこから冷気が立ち昇る。


「………!!」


 呆けていたせいで『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』の回避行動が出遅れた。

 時すでに遅し、冷気は彼女の足元を凍り付かせ徐々に上に昇って来る。

 そして遂には彼女の全身を凍結させてしまったのだ。

 だがこの魔法が効率よく機能しているのは実は『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』が先に雨雲を呼び雨を降らせていた事も影響している。

 ずぶ濡れの服は凍結速度を速めるのに一役買ったのだ。


「いいぞ…!! 『レールキャノン』!!」


 次に『大地の戦乙女グラン・バルキリー』が唱える。

 口径が大きいのは元より砲身もとてつもなく長い巨大な砲塔が地面から姿を現す。

 標準は『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』にしっかり固定された。


「恨むなよ? 無差別に人々を襲ってきたお前が悪いんだ…」


 複雑な心境の二人…本来魔法少女同士が決闘デュエル以外で争ってはいけないのだから…。


(すべての罪は吾輩が背負う…)


「ファイア!!!」


大地の戦乙女グラン・バルキリー』の覚悟の一撃!!

巨大な砲弾が轟音と共に『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』を吹き飛ばした…。




「…ああ…何てもどかしいのでしょう…」


 木の根に嵌ってしまった馬車の車輪をしり目に『億万女帝ビリオネア・エンプレス』は分厚い本をめくる。

 男たちが必死に復旧作業に取り掛かっている最中だ。

 ツバサと連絡を取ってから『ブックオブシークレット』にはとんと追加情報が現れなかった。


「まあまあお嬢さん…昔から短気は損気と言うではないか…焦りなさるな…」


 低音でゆったりと話しかける御仁は大きな陸ガメのマスコットはカメキチである。 

 顔中皺だらけでいかにも長生きしているというのが見て取れる。

 救援隊が組まれた時、自ら同行を希望したので来てもらったのだ。


「わたくしはもっと情報を知りたいのですわ…あの『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』と言う魔法少女…まだ危険な何かがあるとわたくしのカンが告げていますもの!!」


「ふぁ~…若者はせっかちじゃの~…」


 大欠伸おおあくびをするカメキチ。


「そんなに知りたければ50年前にあの者と戦った本人に聞いたらどうじゃ?」


「はぁ…何をおっやるの? もうその時代の魔法少女はいらっしゃらないでしょうに…」


 カメキチの物言いに呆れる『億万女帝ビリオネア・エンプレス』。


「アレなんですよきっと…」


 疑惑の眼差しでダニエルが耳打ちする。


「ほれ…もうコールしておいたぞ…代わってくれんかの…」


 そしてカメキチはマジカルカードリーダーによく似た端末を取り出しこう言った。


「…誰にですの?」


 やっぱりアレですの?と『億万女帝ビリオネア・エンプレス』はダニエルの意見に同意し掛けたが…。


「『平和の創造者ピースメーカー』じゃよ…ワシは知り合いなんじゃ」


「何ですって!?」


 カメキチはとんでもない大物と知り合いであった…。

 『平和の創造者ピースメーカー』は伝説にまでなっている魔法少女なのだから。

 すぐさま端末をひったくって通話に出る『億万女帝ビリオネア・エンプレス』。


『カメキチさん…今日は何だい? もう南部せんべいが切れたかい…』


 『平和の創造者ピースメーカー』…だろうか…声の質からして初老の女性だと思われる…。

 話している内容がとても俗っぽいのが気になるが…。


「あの…すみません…急に連絡を差し上げて…初めまして、わたくしは『億万女帝ビリオネア・エンプレス』を名乗る魔法少女です」


 ガシャン!!


 大きな音の後、端末の奥で何やらカチャカチャ音が聞こえる…まるで慌てふためいている様だ。


『おほん…初めまして、私は『平和の創造者ピースメーカー』です…何の御用かしら…?』


 再び話し出したその人物の声は明らかに若い女性の物に変わった。

 非常に怪しかったが行き詰っている現在、藁にもすがる思いで事情を話し始めた。




『あら…『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』とはまた随分と懐かしい名前が出て来た物ですね…』


「はい、今現在もわたくしの友達の魔法少女が戦っていてとても危険な状態なのです…ですからお願いします!! 『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』をどのように倒したのかお教え願えませんでしょうか!!」


『…では単刀直入に結論から言うわ…彼女が頭に被っている仮面を破壊しなさい』


「仮面を破壊する…それが『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』を打ち倒す方法なのですね!?」


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の表情が和らぐ…。

 これをツバサたちに伝えられればこの戦いに終止符が打たれるはずだ。


『そうよ…私達の時は仲間の一人がうっかりその仮面を被った事で起きた事件だった…そして仮面を壊して奴を倒したのよ…あの仮面自体が『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』って事になるわね…』


「では早速みんなに伝えます!! ありがとうございました!!」


『あっ…ちょっと待ちなさい!!』


「はい?何でしょう…」


 意気揚々と通話を切ろうとした所を『平和の創造者ピースメーカー』に呼び止められ訝しむ『億万女帝ビリオネア・エンプレス』。


『ただ気を付けてほしい事があって…あんまり仮面以外の所に大ダメージを与えてしまうと彼女、炎の龍サマンドラに変身するから…じゃあしっかり伝えたからね?』


 ツーツーツー…。


 通話はここで切れてしまった。

 その後すぐに森全体を揺るがす振動が起き、とてつもなく大きな咆哮が響き渡った。


「…何ですって? そんな…」


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の見た森の先には天にも届きそうな程の巨大で真っ赤な龍がそびえ立っていた。




「どうなっている!! 何故あんなものが現れたんだ!?」


「こっちが聞きたいよ!! 私達…確かにアイツを倒したよね?」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』と『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は驚愕する…確かに『レールキャノン』の砲弾は『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』を粉砕した筈だった…

 それがどうだ…身の丈15mはある巨大な龍がそこには居るのだ。

 龍と言っても先に戦った事のある守銭奴ラゴンとは違い身体が細身で長いタイプ…しいて言うならば東洋系の龍である。

 しかも全身が炎に包まれており常に燃え盛っている。


「くっ…こうなったら徹底抗戦だ!! 『戦車隊タンクフォース』!! てーっ!!」


 ミニチュア戦車隊が炎の龍サラマンドラに一斉射撃をするも全く効いていない。

 身体に岩石の砲弾が触れた途端に焼失しているのだ。


「じゃあこれならどう!? 『ブリザード』!!」


 『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』の杖の先から猛吹雪が発生する…自身の名前にもなっている得意魔法だ。

 炎の龍サラマンドラを取り巻く様に全身を吹雪が包み込む。

 奴の身体の炎が消えていく…これは効いているのか…と思っていた矢先、再び炎が燃え盛り吹雪を蒸発させていった。


「…そんな…!!」


 唖然とする『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』。

 自分が最も得意としている魔法が打ち破られてしまった…。

 魔法属性の相性から言えば吹雪の魔法の方が上の筈なのだ。

 それを覆すと言う事はこの炎の龍はよほどの魔法力を有すると言う事になる。


 立ち尽くす『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』の方を向き身体をのけ反らせ胸を膨らます炎の龍サラマンドラ

 この体勢はドラゴン系のモンスターのステータスの一つ…ブレス攻撃の予備動作…!!


「…ああっ…」


 戦意を喪失した『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は足が震えて上手く動けない…。

 そこへ振り下ろされた炎の龍サラマンドラ口先、そこから放たれるファイアーブレスが的確に彼女を捉えていた。


「馬鹿っ!!逃げろっ!!」


 横から『大地の戦乙女グラン・バルキリー』が『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』に飛び付いて来た。

 そのまま二人でもつれて地面を転がる。

 間一髪…一瞬前まで『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』が立っていた場所が業火に焼き尽くされていた。


「あぐううっ…!!」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』が悲鳴を上げる。

 彼女のブーツが…両足が焼け焦げてしまっていた。

 どうやら『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』を庇った時にファイアーブレスの余波を受けてしまった様だ。


「どうして…!! 私なんかを助けるからこんな…!!」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』をギュッと抱きしめる『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』。


「…吾輩もやれば出来るじゃないか…ははっ…」


 力無く笑う『大地の戦乙女グラン・バルキリー』。


「マスターーー!!!」


 タカハシも心配そうだ。


「『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』…貴様は逃げろ…『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』達と合流して撤退するんだ…」


 逃げる事を勧めた『大地の戦乙女グラン・バルキリー』。

 いつも逃げるのが最優先の『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』のこと、すぐさま逃げ出すと思っていたのだが…帰って来た返事は意外な物だった。


「…逃げないよ…私は!! ここで戦って…勝ってみんなと一緒に帰るんだ!!」


 そっと『大地の戦乙女グラン・バルキリー』を仰向けに寝かせると

吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』はおもむろに立ち上がる。


「貴様…?」


 彼女の全身から真っ白な冷気が勢いよく立ち昇る…触れる物全てを瞬時に凍らせそうな勢いだ。


「出でよ!! 偉大なる氷の守護者、『アイスロックゴーレム』!!」


 大地が地震の様に揺れる…すると『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』の足元の大地が隆起を開始した。

 彼女を乗せたままどんどんと高さを増していく…そして炎の龍サラマンドラとほぼ同じ高さまで上がるとそこで上昇が止まった。

 土砂が全て剥がれ落ち現れた物は純白の巨人であった。

 氷で出来た大小の岩が組み合わさった武骨な身体…その頭上に彼女は乗っていた。


「私の友達を傷つけた報いを受けるがいい!! 行けアイスロックゴーレム!!」


 氷の巨人アイスロックゴーレムは地響きを轟かせ炎の龍サラマンドラに向かって行った。

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