第27話 偵察だけって言ったよね?


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』はユッキーとファンタージョンの首都、ミレニアンの街の入り口に立っていた。


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』と『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』と自分との三人で偵察任務に赴くための待ち合わせ場所がここなのだ。

 ミレニアンは城塞都市で街の外周を全て高層の城壁が覆っている。

 彼女がいる場所は南側の出入り口であり、北側と合わせて二カ所しか街に入れる場所は無い…よってカキン虫の侵入を陸路から許した事は無い。

 ただ昨日の『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』襲撃の様に空から敵に侵入されると対応が難しいと言う弱点はあるが…。

 ちなみにユッキー達がよく行くスナック『ワンチャンス』もこの街にある。


「お二方…中々現れないでありんすな…」


「…そうだね…」


 もう約束の時間はとっくに過ぎている…言い出しっぺの『大地の戦乙女グラン・バルキリー』すら現れないとはどう言う事だろう。


「あっ!! そうだ…」


 何か思い出したのかコスチュームの左ポケットに手を突っ込む…取り出されたのは黒に赤いラインの小さな布、『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』のマントの切れ端だった。


「…それをどうするでありんす?」


「ちょっと試したい事があって…」


 その布の切れ端を地面に置き魔法を唱える。


「『アナライズ』!!」


 布切れが宙に浮き光が包む…何やら文字の様な物が縦横無尽に周りを回っている。

 するとどうだろう、光の中の布切れが形と色を変え始めたのだ。

 やがて白地に細いラインが平行に数本入った生地に姿を変えた。


「…これは…ユッキー…どういうこと?」


「…う~ん…多分なんだけどこの縞々がこの布の本当の姿だと思うでありんす… 『アナライズ』の魔法が布を元に戻したんでありましょうな…」


 『アナライズ』は生物や物質の状態を鑑定する魔法だ、本質を突き止めた事で布切れを本来の姿に戻したのだろう。


「あっ!! 何か文字が出て来たよ!!」


 縞々布の上、空中に『燃える強打者バーニング・スラッガー』の文字が表示された。


「…『燃える強打者バーニング・スラッガー』!? …まさかこれって…!!」


「そうでありんす!! 『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』の正体に違いないでありんす!!」


 俄然盛り上がる二人、期せずして魔法少女協会マギカソサエティの調査を待たずに『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』が偽物だと判明したと同時に正体まで突き止めてしまったのだから。


「金ちゃんに連絡するね!!」


 言うが早いかマジカルカードリーダーを操作し通話モードにする『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』通話相手はカオル子だ。

 以前はメールのやり取りしか出来なかったマジカルカードリーダーだったが闘技場の襲撃を件を受け、魔法少女同士のより綿密な連携が大事と言う事で昨日から実装されたのだ。


「あっ…金ちゃん?凄い情報を掴んだよ!!うん、それでちょっと調べてもらいたい事が…」




「済まぬ…遅れた…」


「ひいい…」


「あっ…せんちゃんにブリブリさん!! 遅い遅い!!」


 丁度通話が終わったタイミングで『大地の戦乙女グラン・バルキリー』と『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』とそれぞれのマスコットが現れた。

 またしても『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は『大地の戦乙女グラン・バルキリー』に首根っこを掴まれており後ろ向きに引きずられた格好で登場だ。


「コイツと来たら何処かに逃げようとしていたんだ…昨日の内にリアルの所在を掴んでおいて良かったよ…」


 改心したと言っても『大地の戦乙女グラン・バルキリー』の相変わらずの強引な情報収集癖は変わらない様だ。


「…元々私は…この件に…乗り気じゃ…なかったんですよ~

 偵察だけで…危なくないって言うから…来ましたけど…」


 『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』の恨めしそうな声。


「…そうなんだ…」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は苦笑いするしかなかった。


「お初に…では無いですが自己紹介がまだでしたのでご挨拶致します

 オイラは『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』のマスコット、ペンタスと申します、以後お見知りおきを…」


 彼は『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』のパートナーマスコット、ペンギンのペンタスだ。

 赤い羽根の付いた登山帽を被っている。

 実は昨日の会議の場にも居たのだが色々バタついていたために今のタイミングで自己紹介となったのだ。


「よろしくねペンタスさん!! 私は『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』って言います」


 二人は握手をする。

 ペンタスは1m程身長があるのでそこまで体を屈めずとも手(羽根?)を掴む事が出来た。


「ところで戦ちゃんさっき凄い事が分かったよ!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は先程の件を『大地の戦乙女グラン・バルキリー』達に話した。


「…やはりあの『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』は偽物であったか…

 しかし偽物があんな強力な魔法を使いこなせるだろうか…?」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』は腕を組み首を捻る。


「それは今、金ちゃんに調べてもらってるんだ…何か分かったら連絡くれるって」


「…そうか…」


「ところでこれからどうするの?」


「ん? ああ…実は昨日『森の守護者フォレスト・ガーディアン』からこれを預かっていてな…」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』は懐から小さな巾着袋を取り出すと『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の掌に載せた。


「…これは?」


 早速袋を開けると何やら種が入っていた、アーモンドの様な形と大きさの種…それが三粒。


「その種と貴様の『サーチ』の魔法を組み合わせればかなり広範囲の捜索が可能になるだろうとアイツは言ってたよ…」


「…ミドリさん…」


 『森の守護者フォレスト・ガーディアン』はさすがにまだ動ける様な状態では無い。

 それだけ脇腹の傷は深かった。

 きっと彼女の事だ、無理にでもこの偵察に参加しようとしてネギマルに怒られていたに違いない…さぞ無念であったろう…。

 だからこそこの種を託してくれたのだ。


「よ~し…やってみる!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の両の拳に力が入る。




 まずは自分達がいる南門から始める事にした。

 城壁から少し離れた所で地面に穴を掘り種を埋め土を被せる。


「『サーチ』!!」


 魔法を唱え種を埋めた場所に手を着く、すると地面に根を這う様な青白い光の網の目が放射状に広がっていく…。


「………」


 まるで自分の指先が複数に別れてどこまでも伸びていく感覚…。

 恐らく根の先端は50km位先に届いただろうか…。


「どうだった?」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』の問いに対し『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は力なく首を横に振った。


「そうか…では次の場所へ行こう」


 今度は城壁の北西方面。

 先程と同じ手順で魔法を実行するがまたしても手掛かりは無かった…。


「…これが最後の種…」


 そう呟きながら地面に種を埋める。

 これが駄目なら自分たちの足でくまなく調査するしかなくなる…。

 しかしそうなると莫大な時間と労力が掛かってしまう。

 最後は城壁の北東…。


「今度こそお願い…!!『サーチ』!!」


 願いを込めて地面に左手を置く『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。

 全神経を左手に集中…


「………」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』と『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』が不安気にその様を見守る。


「…つぅ!!」


 いきなり焼き鏝やきごてを手に押し付けられたと言うか…伸ばした根が焼き切られた様な感覚…それと同時に『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』のイメージが『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の脳裏に浮かんだ。


「居た!! ここから真っすぐ20km先の洞窟に彼女は居る…!!」


「…何本当か!? でかしたぞ『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』!!」


「…はぁ…」


 盛り上がる二人に対して心底嫌そうなため息を吐く『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』。


「…でも『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』の居場所は分かったし…今日はこれで解散よね…?」


 期待に満ちた目の彼女。

 しかし現実は甘くなかった…。


「何を言ってる…これから現地に足を運ぶぞ?」


「………そっ…そんな~!! 20kmも歩くんですか~!?」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』の一言に地面に四つん這いになり落ち込む『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』。

 彼女の周りにはどす黒いオーラが漂っている。


「大丈夫!! いい魔法があるよ!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は自慢気にステッキ片手に魔法の準備を始めた。


「空の旅は是非当社をご利用ください『エターナルエアライン』!!」


 ちょっぴり怪しげな呪文を唱えると三人とマスコット三匹の身体が一瞬だけ光かり徐々に空中に浮き始めたのだ。


「うわわあ~!!浮いてる…私…浮いてる…ひいい…!!」


「これは…?」


 ふたりは突然の事に動揺を隠せない、『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』に至ってはパニックを起こしかけている…『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』や一部の飛行魔法持ちの魔法少女以外は空を飛ぶ事など未体験だからだ。


「うふふ…凄いでしょう?私だけじゃなくてみんなを飛べるようにする魔法なの!!」


 遂には地上から20mほど離れた空中で所で停止する。


「それじゃあ行くよ!!発進!!」


ドシューーーーーン!!!


 そして一気に急加速!!目的の洞窟に向かって一直線!!

 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』以外のみんなは風圧で顔が引きつる。


「これは…想像以上だっ…!!息が出来ん…」


 さすがの『大地の戦乙女グラン・バルキリー』も弱音を吐く。


「いいいいやああああ~~~!!!!」


 『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は悲鳴を上げっぱなし。


「アチキも元々飛べるとは言えこのスピードで飛ぶ事は無いでありんすからな~」


「うむ…滅多に出来ぬ体験だ…」


「オイラなんて一応鳥類だけど飛べない鳥ペンギンだからね~夢だったんだよ飛ぶのが」


 マスコット達は一様に余裕がある様だ。


「とうちゃ~~~~く!!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』はY字の態勢でに着陸。

 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』もよろけながらも何とか着地。

 『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は思い切りつんのめりうつ伏せに突っ伏した。


 何と20kmを物の数分で移動して来てしまった。


「…確かに有効な移動手段であったが…次からはご免被る…」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』の顔色がよろしくない…。

 『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』も地面に腹這いになったまま激しく頷いていた。


「え~? 気持ち良かったけどな~」


 不満げな『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。

 他の者にとってはいろんな面で負担が大きかった様だ。


「…ちょっと…休憩しましょ~」


 このままではまともに動けない、一同は暫し休憩を取る事にした。




「様子はどうだ?」


「…入り口付近には居ないみたい…」


 休憩を挟んだ後、一同は樹木や草に隠れて『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』が潜伏していると思われる洞窟の様子を窺う。


「本当に…居るんですか~?」


 あからさまになげやりな態度の『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』。


「もう帰りましょうよ~」


「実際ここに居るかどうかの裏付けが必要だ…それまでは帰還できん…」


「うむぅ~ってあれ…?」


 不満たらたらの『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』であったが何か違和感を覚えた。

 自分の立っている地面が妙に暖かく感じる…。


「ねえ…何だかこの場所…暖かくない?」


「そう? 私は感じないけど…」


吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は温度変化に敏感だ。

 これは氷属性のアビリティなのだが…彼女はこの時もっとこの事を強く主張するべきだったのだ。


「少しつついてみるか…」


大地の戦乙女グラン・バルキリー』がフラッグを構えようとしたその時、一同が居る地面が急激に隆起し始めたのだ。


「何っ!?」


 それはそのまま膨張を続け遂には破裂してしまった。

 いや正しくは地中で爆発が起こったのだ。

 立ち昇る火柱!!


「きゃああああ!!!」


「くっ!!」


「ひいい…!!」


 吹き飛ばされ転がり回る三人と三匹。

 慌てて体制を立て直し火柱の方向に向き直ると、何とその中に人影が見える…。

 炎を裂いて現れたのは『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』だった。


「でっ…出た~~~!!!」


 恐れ慄き尻もちを付く『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』。


「チィ…!! 我々の事に気付いていたのか…!!」


「どうしよう…戦ちゃん…」


「こうなったら戦うしかないだろう!!」


「…分かった!!」


 ゴクリ…極度の緊張の中、唾を飲み込み喉が鳴る…。

 まさかこんな形で『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』と戦う羽目になるとは…こちらの戦力が少なすぎる…。


「ええ~~!?偵察だけじゃ無かったの~!??」


 『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』の絶望の叫びが辺りにこだました…。

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