第22話 復活の女帝


 彼女はそこに立っていた…。


 以前と変わらず自信に満ち溢れた眼差し。

 豪奢で煌びやかなドレス。

 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』…黄金の魔法少女が戦場に舞い戻ったのだ。


「さあ~わたくしが来たからにはこんな害虫…速攻で駆除ですわ!!」


 左手の甲を口に当てながらアハハと笑う。


「…金ちゃん…!!金ちゃんが来てくれた…!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』が嬉し涙を手で擦りながら彼女の復帰を心の底から喜んだ。


「よう旦那!! 待たせたな!! ちょっと準備に時間が掛かってな…」


 ダニエルも以前のお調子者に戻っている。

 それはそうだ、『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の復活を一番喜んでいるのは他ならぬ彼なのだから。


「助かったぜ…さては一番おいしい所を持って行こうと出番を探っていたんだろ?」


「あれ? バレた?」


 ユッキーとダニエルはワハハとお互い冗談を言い合っている。


「再会を喜ぶのは後にしましょう…今はこのカイコ虫を倒す事に専念ですわ!!」


「分かったよ金ちゃん!!」




 約2時間前…。


「実は…もう一つ頼みたい事がありまして…」


「何だい?言ってみな」


 ユッキーは『森の守護者フォレスト・ガーディアン』の上級回復魔法『ライフディストリビュート』を目の当たりにしてある事を思い付いた。


「オレ達の仲間に戦闘で大ダメージを負って体に障害が残ってしまった魔法少女がいるんですが…あなたの回復魔法で治してもらう事は出来ませんか…?お願いします!!」


「う~ん…」


 ユッキーの懇願に対して少し考え込む『森の守護者フォレスト・ガーディアン』。


「…ダメ…ですか…?」


「ん…? いやダメと言う訳では無いんだ…確かにアタイの『ライフディストリビュート』は強力な回復魔法だけど、そう言う症状の相手にかけた事が無いんでね…上手くいくかどうか…」


 両掌を上に向け首をすくめて見せる。


「…そうですか…」


「だが…何事もやって見なけりゃ分かんないもんな…そんじゃあその子の所に案内してくれないか?」


「!! …ありがとうございます!!」


 こうしてユッキーの案内でゲートを潜り、一行は一路財前家の屋敷へ向かった。




「はぁ…」


 窓際に車椅子を寄せ自宅の庭を眺めるカオル子。

 ため息は何度吐いたか覚えていない。


「わたくしの身体…あれから10日も経つのに一向に良くなりませんわね…わたくしがこうしている間もツバサさんは一人でチヒロを探しているというのに…」


「お嬢…」


 彼女の主治医はカオル子はもう自分の足では歩けないとの診断を下している…しかし当のカオル子本人にはその事は伝えられていないのだ。

 事実を隠しているダニエルの心中も穏やかでは無かった。


「チョイと邪魔するよ!!」


 乱暴に部屋のドアが開けられ『森の守護者フォレスト・ガーディアン』とネギマルが部屋に躍り込んで来る。


「まあ!! 何ですのあなた達は!? って魔法少女…?」


 突然の魔法少女の乱入に驚くカオル子、特に『森の守護者フォレスト・ガーディアン』とは面識が無いので尚更だ。


「済まないお嬢さん…この人はオレが連れて来たんだ」


「旦那!!」


「あら…ユッキーさん…?ツバサさんは一緒じゃないのかしら?」


「…ツバサは少し疲れ気味だったから休ませてるよ…」


 実は先程ツバサが生死の境を彷徨っていたなんて口が裂けても言えない。

 いま休ませているのは事実だから少なくとも嘘は言ってないはず…


「アンタがその怪我人だな?悪いけどあんまり時間が無いんだ…ちゃっちゃと要件を済ませるよ!」


「あなたは一体…?」


「偉大なる生命の樹よ…その豊かなる生命力をこの者に分け与えた給え!『ライフディストリビュート』!!」


森の守護者フォレスト・ガーディアン』が魔法を唱えると部屋のフローリングから植物の蔦が現れ車椅子を伝いカオル子の全身を取り巻いた。そして蔦が薄っすらと光を放つ。


「なっ…何なんですの?これは~!?」


 突然の出来事に狼狽えるカオル子、顔は恐怖で引きつっている。

 身体が不自由な時にこれは堪った物ではないだろう。


「旦那!! これはどう言う事だ!?」


「…まあ落ち着けダニエル…彼女の回復魔法は強力だ、もしかしたらカオル子お嬢さんの半身麻痺も治せるんじゃないかと思ってな…

伸るか反るか…これは一種の賭けだ…」


「そうなのか…?」


物凄い剣幕でユッキーに食って掛かったダニエルであったが、その話を聞いて落ち着きを取り戻す。


「まあ…ちょっとせっかちなあねさんでな…ちゃんと説明してからやってくれれば良かったんだが…」


ユッキーも思わず苦笑い。

光が消え蔦はスルスルと引き下がっていき床へと消えて行った。


「もう…!! やるならやるで前もって行っていただけません事?!」


ガバッと車椅子から立ちあがり苦情を申し立てるカオル子。


「ああ…!! お嬢が…!! お嬢が立った…!!」


 ブワッとダニエルの目から涙が溢れだす。


「ええ…? …あら本当…」


 狐に抓まれた様な表情のカオル子、まるで他人事な反応で実感がまだ伴っていないようだ。


「よし!! 何とか上手く行ったみたいだな」


 一息吐く『森の守護者フォレスト・ガーディアン』、自分の肩に手を当て首をポキポキ鳴らしている


「うおおおん!! 良かった…本当に…本当に良かった…旦那…ありがとよ…」


「うんうん…良かったな…」


 抱き付いて来た号泣状態のダニエルの背中をポンポン叩いてやるユッキー。

 そしてそのままの状態でカオル子に話しかける。


「お嬢さん!病み上がりの所悪いんだがちょっと手を貸してもらえないか…チヒロ探しもそうなんだが、この『森の守護者フォレスト・ガーディアン』のカイコ虫退治を手伝う約束になってるんだ…当然ツバサも参加するよ」


「ええ勿論!受けた恩義には必ず報いますわ!ありがとう『森の守護者フォレスト・ガーディアン』さん、私は財前カオル子こと『億万女帝ビリオネア・エンプレス』、宜しくお願いしますわ!」


「おう!! アタイは守野もりのミドリ、『森の守護者フォレスト・ガーディアン』ってんだ宜しく頼むぜ!」


 二人はガッチリと握手を交わした。




「しかしこのカイコ虫とやらは厄介な相手の様ですわね…」


「ああ…どんなダメージも全回復しちまうみたいだ…何とかならないか?」


「少々お待ちになって…『ブックオブシークレット』!!」


 『森の守護者フォレスト・ガーディアン』の問いに対して『億万女帝ビリオネア・エンプレス』が効きなれない魔法を唱えると彼女の左手元にハードカバーの分厚い本が現れた。


 因みにこの魔法は最新刊の『週刊 魔法少女 第6号』に載っていた新しい物だ。


「何だいそれ…図鑑かい?」


「まあそんな感じですわね…『スカウト』!!」


 そして続けざまに別の魔法も使用する。


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』が右手に持つハンマーからサーチライト状の光が伸び地面に突っ伏しているカイコ虫に照射される。

 すると先程の本に何やら文字と図解が現れたではないか。

 『スカウト』は相手のステータスを読み取る魔法らしい。



 【カイコ虫】成虫…重カキン虫 飛行タイプ


 蚕蛾型の純白の体毛と青色の複眼を持つカキン虫で植物や作物を食い荒らす害虫である。

 飛行能力があるが決して速度は早くない。

 しかし普段は空の高い所を飛行するため飛行系魔法を持つ者か長射程の攻撃魔法を持つ者以外に攻撃を当てる事は難しい。


 ・固有能力…鱗粉散布 羽根を震わせ金色の鱗粉を掻き散らす。この鱗粉には麻痺の効果があり触れたり吸い込んだりすると全身が痺れ呼吸困難を引き起こす。


 ・特殊能力…時間遡及  「アノコロワ~ハッ!」の鳴き声の後に発動する。ダメージを受けた時に使用する事が多い。

 一見回復魔法と勘違いしがちだが、時間を遡り万全の体調の状態に戻っているだけなのである。


 ・攻略法…実は成虫になってしまったカイコ虫を倒すのはかなり厄介である。幸い寿命があまり長くないので絶命するまで放っておくのも一つの手ではある。


「そんな訳にいくか!!この辺の住人はみんな迷惑してるんだぞ!!」


 横から本を覗き込んだ『森の守護者フォレスト・ガーディアン』が文章を読んで憤慨する。


「落ち着いて…!! まだ続きがありますわ!!」


 …しかしそうもいかない場合は強力な攻撃を継続的に与え続ける事でカイコ虫が時間遡及を誤爆し幼虫にまで戻ってしまう事があるとの報告もあるが確認されていない。

 もし幼虫にまで戻す事が出来たなら倒す事は可能である。

 時間遡及は成虫にしか使えないからだ。


「なるほど…これに賭けるしかなさそうですわね…」


 パタッと本を閉じると消え入る様に本が消えていった。


「皆さん!! わたくしが『ジャックポット』でカイコ虫を地面に押さえ付けますからそこに一斉に攻撃魔法を集中して頂戴!!」


「分かったよ金ちゃん!!」


「おう!! 任しとけ!!」


 かくして『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の呼びかけで即席の作戦を実行する事になった。

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