第15話 『大地の戦乙女』


「『リプレイスメント』!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』が魔法を唱えるとその姿は一瞬にして消え去り、代わりに『億万女帝ビリオネア・エンプレス』が現れる。

 しかし『億万女帝ビリオネア・エンプレス』は気を失っておりそのままその場に倒れ伏した。


「カオル子さん!!…これは酷い怪我だ…」


「お…お嬢~!!」


 『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』とダニエルはその姿を見て驚愕する。

 守銭奴ラゴンに飲み込まれた際、他の金塊などと一緒に圧迫されたのだろう、無数の擦り傷、打撲の跡、そして手足が在らぬ方向に折れ曲がっていたのだ。


「早く回復しなくちゃ…!!『ヒール』!!」


 地面に横たわる『億万女帝ビリオネア・エンプレス』を覆う様に水のドームが現れ柔らかな光を発する。

 通常のヒールではここまで大きな怪我は治療出来ない…これは事前に『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』がかけて行った『ブースト』の効果に他ならない。当然回復効果も増強されている。

 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の傷は見る見る癒されて行った。


「…はぁはぁ…ここは…?わたくしは生きているのですか…?」


「カオル子さん…!!良かった無事で…!!本当にもう駄目かと思った…」


「お嬢~!!良かった…生きてる!!」


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』が意識を取り戻した。

 思わず涙ぐむ『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』。

 しかし何とか声を絞り出しているといった感じでまだ完治していない…

それだけ重症だったと言う事だ。

 直後『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の懐から何かが転げ落ちる。

 それはプレミアムガチャで彼女が手に入れた『黄金の林檎』だった。

 地面に当たった瞬間真っ二つに割れ消えてなくなってしまった。


「きっとこのリンゴがお守りの効果を発揮してこの子は命を取り留めたんだな…」


 ユッキーはそう分析した。『黄金の林檎』は持ち主の命を一回だけ救う効果があった様だ。


「…わたくしは確かあの魔物に飲み込まれたはず…」


「ツバサちゃんが『リプレイスメント』を使ってカオル子さんを助け出してくれたんだよ!!」


「…『リプレイスメント』…あの入れ替え魔法?…一体何とわたくしを入れ替えたと言うの?!…まさか…!!つぅ…」


「………」


 無理に上体を起こそうとして激痛に見舞われる。

億万女帝ビリオネア・エンプレス』は嫌な予感がした。

そしてそのまさかが現実だった事を『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の表情から読み取る事となる。


「…今ツバサちゃんは守銭奴ラゴンのお腹の中に居るよ…」


 唇を噛みしめる『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション


「そんな…そんな事って!!ツバサさん…!!」


 身体の自由が利かない『億万女帝ビリオネア・エンプレス』は叫ぶ事しか出来なかった。




「うわ…真っ暗…」


 『リプレイスメント』の魔法によって『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の代わりに守銭奴ラゴンの腹の中にいる『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は暗闇にの中に居た。

 しかし身体を圧迫されるでもなく普通に二本足で立てている。

 腕も広げたみたが特に問題なく動かせる、この場所はちょっとした空洞の様だった。

 ただし足元は何か硬く細かい物が敷き詰められているらしく歩くとカチャカチャと鳴り、空洞全体がゴウンゴウンと低音で唸っていた。


「あ…そうだ…明かり明かりっと…」


 マジカルステッキのカードリーダー部分を操作し『ライト』の項目をタッチ、するとステッキの先端が


『ライトオン!!』


の電子音声と共に光が灯る。


「…わあああ!!!何これ何これ!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の目に飛び込んで来た光景は目を見張る物であった。


 照らされた空洞内は全体が金塊やコインで埋め尽くされ天井も壁も全てが金色だった。

 例えるなら物語に出て来る海賊や山賊の宝物の貯蔵庫と言った所か。


「守銭奴ラゴンが食べた金がここに貯まっていると言う事は…ここは胃袋…?」


 守銭奴ラゴンを現実世界の動物と同様の身体構造であると仮定するならば胃や腸などの消化機関である可能性が高い。


「…何か脱出の手がかりになりそうな物は…」


 光の灯ったステッキを左右に傾け周りを観察しながらこの金色空洞を奥へと進む事にした。

 暫く進むと前方から薄ぼんやりとオレンジ色の光が滲んでいるのが見える。

 先に進むにつれ心なしか空洞内の温度が高くなっている様な気がする。

 いや、確実に温度が上がっている…

 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の全身から滝の様に汗がしたたり落ちる。


「…はぁはぁ…何なのこの暑さは…」


 オレンジの光は益々強くなる。

 そしてこの空洞の出口と思しき僅かに開けた場所に辿り着くとそこは断崖になっており、下を見下ろすとオレンジ色のマグマの様に粘度の高そうな液体がグツグツと煮えたぎっている。

 さながら鉄工所の溶鉱炉である。


「暑さの原因はこれね…」


 額から滲む汗を手の甲で拭う。

 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は恐らくはここが守銭奴ラゴンの『消化器官』なのだと理解した。

 摂取した金を熱で溶かし身体に吸収しているのだろう。


「ちょっと待って…もしかしたらここに入って来たのは逆にラッキーだったんじゃないかしら…」


果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の頭の中にある案がひらめいた。




 グロロロロロロ………


 一方、外では守銭奴ラゴンが匂いを嗅ぐ仕草を開始していた。

 『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』は知っている…

 奴がこの行動を取るのは金目の物を嗅覚によって補足するため…

 昨日の戦闘の経験上、『億万女帝ビリオネア・エンプレス』を狙って来ることは明らかだ。

 しかしある程度回復したと言っても満足に動くことすら出来ない彼女を自分一人では守り切れない…そこで彼はある決断をした。


「ダニエルくん!!」


「おっ!どうしたい姫さん?」


 『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』が自分に話しかけてきたのが意外だった。


「認めたくないけどこの作戦は失敗だ…だから君はカオル子さんを連れて先に人間界に戻ってくれないか?」


「えっ…それって…」


「そっ…そんな事出来ませんわ!!まだツバサさんがアイツの腹の中に居るんですのよ?!わたくしも最後まで戦います!!」


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』がこう言うのも予想済み…

 『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』は大きく息を吸い吐くと同時に大声でこう言い放つ。


「そんな状態で君に何が出来るんだい!?ハッキリ言って足手まといなんだよ!!いい加減気づけよ!!」


「なっ…何ですって…!!」


 信じられないと言った表情の『億万女帝ビリオネア・エンプレス』。

 私達は仲直りしたんじゃなかったの?と…見る見る悲し気な顔になっていく。


「オイオイ!!それはいくら何でも言い過ぎじゃ…!!」


 そう言いかけたダニエルであったが『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の表情を見て全てを悟った。


「…分かった…お嬢、人間界に戻りましょう…」


「!!…ダニエルまで何を言ってますの?!」


 ダニエルは二つの世界を繋ぐゲートを召喚、『億万女帝ビリオネア・エンプレス』はゲートに強い力で吸い込まれ始める。

 これは強制送還用の仕様でマスコットの独自の判断で使用が認められている術式だ。


「いやっ!!こんな事って!!チヒロ~~~~!!!」


 悲痛な叫びと共に『億万女帝ビリオネア・エンプレス』が完全に吸い込まれるとゲートは閉じ、消滅した。


「ごめん…カオル子さん…帰ったら謝るからね…」


「…チヒロ…」


 ピグは寂し気な『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の背中をただ見つめるしかなかった。


「それで…これからどうするんだい…ツバサさんを助ける策はあるのかい?」


「うわっ!!何でダニエル殿がいるんですブヒ」


 ダニエルは『億万女帝ビリオネア・エンプレス』と一緒に人間界に戻ったのではなかったのか…


「そりゃあんた、作戦に参加した者として最後まで見届ける義務があるだろ…それにお嬢に結末を報告しなきゃなんないしな!」


 首元の蝶ネクタイをいじりながら気取って見せるダニエル。


 さっきはカオル子を危険な目に会わせたくない一心で強制的に帰らせた『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』ではあったが

実際にはツバサ救出の具体的な作戦は全く思い付いてはいなかった。


 だがここで守銭奴ラゴンの行動に変化が訪れる。

 ここにはもう金目の匂いが無いと判断したのだろう、背中の翼をはためかせ飛ぶための予備動作を開始したのだ。

 恐らく次の餌場を求めて移動しようというのだろう。


「…どうしよう…ツバサちゃんが…」


 このまま飛び去られてしまってはもうツバサを助ける事は出来なくなってしまう…『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』が絶望しかけた時…


 グエエエエエエ!!!


 僅かに守銭奴ラゴンが空中に浮いたタイミングで何処からともなく岩石が飛んで来て奴の翼に当たったのだ!!

 堪らず地面に降り立つが痛みで悶えている。

 身体は金に覆われ強固だが翼はあまり強くないのかもしれない。


「誰!?」


 『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』が岩石が飛んできたと思しき方角を見るとそこには見慣れない少女が腕を組んで仁王立ちしていた。

 そして守銭奴ラゴンめがけ指をさす。


「我こそは『大地の戦乙女グラン・バルキリー』!!

トカゲの化け物目め!!この吾輩の『大地の軍勢グラン・フォース』の力、しっかと見よ!!」


 切れ長の瞳には自信が満ち溢れており。

 右手に自分の背丈の倍はあろうかと言う長い柄の旗を持ち、銀色のプレートアーマーと真っ青なマントに身を包んだ少女は堂々と名乗りを上げる。

 しかも足元には小人の様な兵隊とそれが乗る戦車や騎馬隊が無数に展開している。


「…まさか…僕たちを助けに来てくれたのか…?」


 絶望しかけていた彼らにひと筋の光明がさした。

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