第14話 大誤算


「様子はどう?」


「うん、まだ眠ってるみたい…」


 ツバサたち三人は岩山に隠れて守銭奴ラゴンの様子を窺っていた。


「じゃあ始めるよ…ブースト」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』はなるべく小声で魔法を唱えた。

 物音で守銭奴ラゴンを起こさない為だ。

 彼女は自身と『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』、『億万女帝ビリオネア・エンプレス』に魔法効果が三倍になる補助魔法『ブースト』をかけたのだ。


 三人の身体を縁取る様にオレンジ色の光が灯る。


「おお…何だか体の奥から力が漲ってくる感じがするよ」


「では次はわたくしと『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の出番ですわね」


 二人はアイコンタクトを取ると物音を立てない様に守銭奴ラゴンの十数メートル離れた所まで移動する。


 今回の『守銭奴ラゴン大討伐作戦』の大まかな概要はこうだ。


 まず『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』が守銭奴ラゴンの少し離れた所に『アクアマイン』で作った魔導爆弾を設置、そのままだと守銭奴ラゴンに警戒されるので爆弾の周りを『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の『ギフトフォーユー』で作り出した金塊で覆いつくす。

 そして目覚めた守銭奴ラゴンが金塊に食い付き爆弾ごと飲み込むだろうから腹に 入った瞬間に爆弾を起爆させ体内からダメージを与える。

 その後動きの鈍った守銭奴ラゴンに向けて全員の攻撃魔法を叩き込む。


 …と言った流れだ。


「出でよ『アクアマイン』」


 『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』がマジカルスタッフを前方に掲げ唱える。

 すると大き目のビーチボール大の、液体が充満した透明の球体が現れた。

 『アクアマイン』は言うなれば水爆弾だ。

 小型の球体に魔力で凝縮した水が封じ込められており起爆すると膨大な量の水が弾けだすのだ。

 その球体をそっと地面に下ろす。アクアマインは基本的に彼の任意起爆なのだが、大きな衝撃を与えるとその場で爆発する恐れがあるからだ。

 中には小さな気泡がたくさん漂っておりキラキラと輝きとても綺麗だ。


「はい、次お願い」


「ええ、行きますわよ『ギフトフォーユー』」


 今度は『億万女帝ビリオネア・エンプレス』が魔法を唱える。

 空中から金の延べ棒が現れ、まるで煉瓦を積む様に次々と並べられ

 ちょっとした小屋的なオブジェクトが出来上がる。


「ここまではいい調子…でもここからが本番ね」


 先程の岩山に残った『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』がマスコット三匹と心配そうに状況を見守る。

 何故ならここからは守銭奴ラゴンの動向も作戦の成否に大きく関わって来るからだ。


「さあ早く岩山まで戻りますわよ」


「うん」


 一仕事終えて退却するために二人は守銭奴ラゴンに背を向けて小走りする。


「あっ…!!二人とも急いで戻って!!…守銭奴ラゴンが…!!」


「「えっ!?」」


 何と守銭奴ラゴンが動いていた。

 あまりにも急な活動開始。

 非常にゆっくりだが口先を天に向ける様に身体を大きく反り返らせている。


グロロロロ…


「いけない!!チヒロ逃げなさい!!ゴールドラッシュ!!」


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』は前方を走っている『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の背中目がけてゴールドラッシュラッシュを発射した。

 弾き飛ばされる『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション


「カオル子さん…何を…!!」


 あっという間に『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』のいる岩山付近まで転がって来た。


 その直後、守銭奴ラゴンは勢いよく頭を前方に振り下ろすと同時に口を開き、そこから高速に大量のコインを放出したのだ。

 怪特撮映画で怪獣が火炎を吐くが如く、しいて言うならゴールドブレスとでも言った所か。


「きゃあああっ!!!!」


 吐き出されたコインの直撃を受け地面に倒れ込む『億万女帝ビリオネア・エンプレス』。


 守銭奴ラゴンは尚もゴールドブレスを吐き続ける、その場は見る見る金色に変わっていき『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の姿は完全に埋め尽くされてしまった。


「カオル子さ~~ん!!」


「金ちゃん!!」


 慌てて飛び出す『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』と『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』。

 まさか守銭奴ラゴンにこんな攻撃方法が有ったとは…。

 昨日の作戦会議で盛り上がっていた自分たちが愚かしく思えた。

 しかし落胆している暇は無い…一刻も早く『億万女帝ビリオネア・エンプレス』を助けなくては。


「あっ!!待ってお姫ちゃん…守銭奴ラゴンが…」


「なぜ止めるの?!……何あれ…」


 何と守銭奴ラゴンは自らが吐き出した大量のコインと先程二人が設置した金塊トラップをまるでVTRを逆再生しているかのように吸い込み始めたのだ。

 その中には『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の姿もあった。



 ゴクリ…



 全てを飲み干し、直前まで金一色だった辺り一面がただの岩肌が露出する地面に戻っていた。


「…そんな…カオル子さん…」


 放心状態になり立ち尽くす『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』、瞳からは精気が失われていた。


「ツバサ!!チヒロ!!作戦は失敗だ!!一旦体制を立て直そう!!」


 ユッキーがツバサたちに呼びかける。


「分かったよ!!ほらお姫ちゃんも…」


「…あ…ああ…」


 『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』はショックのあまり周りの声が聞こえていないらしい。


「お姫ちゃん!!」


 パアアアン!!!


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は思い切り『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の左の頬を平手で打っていた。


「…痛い…ツバサちゃん…?」


 目の前には涙目の『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の顔があった。

 打たれた事よりそちらの方が衝撃だった。


「しっかりして!!今は逃げる事を考えなきゃ!!きっと金ちゃんは助けられるから…うううっ…」


 我慢できなくなって泣き出してしまう『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。

 カオル子が飲み込まれてショックを受けたのはツバサも同じなのに…

チヒロは自分が恥ずかしくなった。


「…ごめん…ツバサちゃん…すぐに逃げよう!!『逃げ水』」


 早速入手したての『逃げ水』の魔法を使ってみる。

 まるでツルツルの氷の板の上をすべる様にあっという間に二人はユッキーたちの待つ岩山まで移動したではないか。


「なるほど…この魔法は使える…さっきこの魔法を使っていればカオル子さんは…」


 身を守る手段が多い事はひいては仲間を守る事に繋がる。

 ギュッと拳を握りしめてパニックに陥りやすい自分自身の情けなさを反省する『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』であった。




「…あああ…お嬢がやられてしまうなんて…」


 頭を抱えて地面に四つん這いになるダニエル。


「落ち込んでる暇は無いぞダニエル!!大丈夫だ…カオル子は生きてる!!」


「何を根拠にそんな事が言い切れるんだ旦那!!」


 勢いよくユッキーの胸ぐらに掴みかかるダニエル。


「マスコットのくせに忘れたのか?お前がここに居る事がその証明だ」


「…あっ!」


 何かを思い出したのかダニエルの腕がユッキーから離れる。


「ねえ…それどう言う事?」


「…この際だからツバサたちにも教えておいた方がいいか…俺達マスコットと魔法少女の関係性を」


 ユッキーは腕を組んで少しだけ考えすぐに語り始めた。


「もし…もしもだが…魔法少女が命を落としたらマスコットはどうなると思う?」


「えっ…?そんな事考えた事も無かった…」


「そうだろうな…消えちまうのさ…きれいさっぱり…魔法少女とマスコットは一蓮托生だからな」


「!!…そんな!!」


 衝撃を受ける『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』…

 血の気が引き顔色が真っ青になる。


「でも安心してくれ、マスコットが先に死んでも魔法少女は死なない…ただ魔法は使えなくなるけどな…だがまた別のマスコットと契約が可能だ」


「………」


「だからダニエルが消えていないって事はお嬢様は無事って事だ…だけど救出は急いだ方がいい…でなければ」


「でも…どうしたらいいんだよ…僕たちにはカオル子さんを救うすべが…」


「…あるよ…」


「えっ?ツバサちゃん?」


 『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』は耳を疑った。

 あの強力で狂暴な守銭奴ラゴンを相手にカオル子を救う手段が『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』にはあると言うのか。


「『リプレイスメント』を使うよ…」


 『リプレイスメント』は対象物二つを瞬時に入れ替える魔法だ。

 前に『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』をアリジゴクカキン虫から救った時に使用した事があった。


「確かに『リプレイスメント』なら可能かもしれない…でもカオル子さんと何を入れ替えるの?」


「私が金ちゃんと入れ替わる…」


「それは無茶だよ!!それじゃカオル子さんは助かるかも知れないけど今度はツバサちゃんが…」


「そうだ!!そんな事は認められない!!」


 『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』もユッキーも猛反発、

その場にいる全員が思ったそれは無謀な作戦だと…しかし


「大丈夫…私に考えがあるんだ」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は微笑すら浮かべていたのだ。


「ツバサちゃん…」


「ツバサ…分かった…お前さんに任せるよ」


 チヒロもユッキーもその自信に満ち溢れた表情に気圧されてしまった。


「うん、じゃあお姫ちゃんは戻って来た金ちゃんにヒールを掛けてあげてね」


「それは良いけど…気を付けてねツバサちゃん」


「うん!行って来るよ!!」


 そして『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は『リプレイスメント』を唱えるべくカオル子の姿を頭の中に思い浮かべるため意識を集中させた。


「ツバサ…」


 ユッキーはツバサのこの勇敢な姿に以前本で見た『平和の創造主ピースメーカー』の肖像が重なって見えた。

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