第6話人殺し

「テーブルクロスはないの?あったほうが明るくなっていいじゃん」


今度から、この岸辺駅の喫茶室で働く事になった 由香里ちゃん。

エプロン姿はかわいいけど、奥田神父さんに 物怖じしない強気の女子高生だ。


神父さんが、しまってあったテーブルクロスを出してきた。

「ここは、一時お休み所で、長くいる事は出来ません。

ここに来る人には、安らいでいってほしいですが、あまり気に行って、ここに執着を

もたれても、困るんですけど・・。

あなたもですよ。由香里さん。時が来たら、川を渡って下さいね」


とブツブツいいながらも、テーブルクロスを広げるのを 手伝っていた。


「さてと、後は。外の花を数本、とって飾れば、様になる」

え?由香里ちゃん待って、と僕が止める前に、彼女は外の草原に出て行く。

草原の花、咲き終わった花がないんだ。

咲いてるか蕾かどちらかしかない。

さすが、彼岸というか・・摘むと、何かありそう、呪われるとか。


僕も草原にでると、由香里ちゃんが、神父に怒られてた。

「教えなかった僕も悪いですが、ここの花は特別なんです。

つんではいけません。使命のある花も多いのです」

「そんな神父さんだって、蕾を二つ、つんだじゃない。」

「これは、これから来るお客さんに、絶対必要なものですから」


由香里ちゃん、花を取る前でよかった。

ふくれっ面の由香里ちゃんに 僕はなぐさめた。

「ほら、ここの花って特別だったろ?由香里ちゃん、名前のわかる花、ここにある?」

そういえば、と、あたりを見回し、”ないわ、花には詳しいはずなんだけど”と首をふった。

「何か失敗してからじゃ遅いから、花を飾るのは諦める。な」

由香里ちゃんは、彼女なりに、精一杯やってるんだ。でも、ここの”ルール”が

よくわからないから。


電車がついたので、僕らはあわてて喫茶室に もどった。

僕が紅茶入れ係、由香里ちゃんが出す係り。

今回は、年配の方ばかりで、由香里ちゃんは、あるおじいちゃんの話を

聞いていた。ホームレスで路上死したおじいちゃんだった。

悲惨は最期なんだろうけど、あっけらかんと、話してる。


「空が屋根、地面が床。オラの家は大きいんだ。寒いのには、まいったけどな。

家族はだれもいねぇ。結婚も出来んかった。思い残すことはないぞ。オラはオラなりに

精一杯生きてきたからな。」


おじいちゃんの話は、そのほかのいろんな話がおもしろかったらしく、

由香里ちゃんは、興味深そうに、時には驚いた顔で聞いてた。


「どんどん、社会は弱者に厳しくなってます。冬は暖をとるために昼は図書館、

夜はコンビニ回り、なんて生活は由香里ちゃんには、想像できないでしょう」

神父さんがため息まじりに、話してくれた。


横をみると、いつもは乗客を降ろすと消えてる電車が、まだ1両

残ってる。なんだろ。


喫茶室のお客さんがすべて出て行ったあと、その客は入って来た。

残っていた電車も消えたので、これが最後のお客さんだ。

ごく普通の中年男性に見えた。中肉中背、顔は穏やかそうに見える。

でも、目が違う。僕はあの目が怖い。なぜだろうと、思いながら紅茶を入れた。


由香里ちゃんが、川を渡る人の見送りに出たので、僕がその男性に

紅茶を出した。その男と目があった途端、僕は電気が走ったように、体が固まった。


思い出した。僕は、中学・高校と同じグループからイジメにあい。時に高2の時、

集団で暴行された。さすがに学校もこのグループを見過ごすわけにはいかなくなった。

僕の他にも被害者が数名いて警察に被害届を出したとか。

集団暴行した3人は少年院行。後ろで見ていた男子生徒が一人いた。


でも、僕に暴行した3人より、黙って後ろで、僕の苦しむ様を

楽しそうにみていた男がいて、その男の目が怖かった。

名前は忘れてしまったけど、あの目だけは忘れない。

あの時も、見ただけで、寒気が走ったんだ。


僕は震えながら、紅茶をだし、カップが震えてカタカタなった。


中年男は余裕の表情で、紅茶を優雅に飲んでいる。

「ありがとう。人心地ついたよ。まあ、死んでしまってるけどね」

ニッコリ笑う。僕はその顔を見て確認したい気持ちを抑え、

さっと戻ろうとした。


「おや。君は僕の事知ってるのかな。さっきも震えてたね。

そうそう、こう見えても、僕は人を二人殺して、死刑になったんだよ」


思わず振り向いてしまったが、人の好さそうな笑顔の中年男性の周りは

僕には 暗く見えた。そして、目だけが光ってるような。


(この人に、かかわらずにいよう)黒歴史だけど、僕が過去を思い出せたのは

その中年男のおかげだけど。でも本能が”近づくな危険”と警告をならしてる。


神父さんが、喫茶室に入ってきて僕はホっとした。

あの目が怖いのは、僕だけなのかな。

「お客様に、プレゼントが届いております。どうぞ」

蕾2輪を渡してる。さっきつんでいたのだ。

「へ~。まだ蕾だね」その中年男性が蕾を枝を持つと、赤く大きな花が開いた。


「・・それは、あなたが殺した母娘の”恨みの心”です。

あなたが犯した罪・殺人の過程が、あなたの中で再生されます。母娘の視点からですが」


神父さん、死刑囚を前に怖くないのだろうか。

僕は、逃げ出したくなるくらい恐ろしかったんだけど。


「あの母娘には、本当に申し訳な事をしたと反省してます」

いっけん、しおらしげだけど、目が笑ってる。

中年男性は、花をつかむと、しばらく沈黙してたが、あの怖い笑顔を浮かべ

最後には、こらえきれずに、大声で笑い出した。

「この二人を殺した時は、最高の気分だったよ。」

「あなたは、この母娘がどれほど怖い思いをしたか、恨みに思ってるか

これでわかりましたね」

「ああ、そうなるよう、僕がいろいろ仕組んだからね。無言電話、いやがらせの贈り物、

文字通りのストーカー。脅迫文も書いたよ。ふふふ。二人とも、最初は冗談とおもってたらしいけど、最後は、警察に相談したそうだ。まあ、僕はそこでは捕まらなかった。

そしてウサギを2匹 狩った。

どこから足がついたんだか、警察に捕まってしまったけど、

裁判では僕が恋に身をやつしたストーカー役。

本当は娘に恋も何もしてないけど。心神耗弱をねらってたんだ。

残念。裁判で負けて、死刑。ゲームオーバーになってしまった」


さっきの反省の言葉は、やっぱり真っ赤なウソだった。

殺された母娘の恐怖の心を 味わって、より楽し気に笑ってる。

自分が死刑になっても、反省も後悔の念のかけらもなさそうだ。


「そうですか、この花で、少しはあなたのお役に立てればと思ったのですが。残念です。

ここは、あの世でありません。この世とあの世の境目・彼岸です。

左側を見て下さい。川か湖がみえますか?」

「いや、川も湖もないね。山しかないね」

神父さんは、やっぱりと ため息をついた。

「その山が、あなたの行くところです。こちらの出口からどうぞ。」


赤い花は、いつの間にか消えていた。

使命のある花って、こういう事だったんだ。


「あの山へ行って、僕は何をすればいいんだい。どうせ地獄なんでしょ」

「ええ、あそこは”地獄”というべき所でしょう。私は詳しくは知りません。

あなたにとって、とても苦しい思いをさせる場所が、地獄です。

人それぞれ、地獄もそれぞれ ってとこでしょうか」


男は まだニヤニヤしてる。地獄が怖くないのか

「しかるべき時がきたなら、あなたはここに戻ってこれるかでしょう。

そうしたら、川を渡ってください」

神父さんは、必要最低限の事しか言わなかった。

「途中まで案内しましょう」と、草原を10mばかり進んだ所で、唐突に男の姿が消えた。

神父さんが、なぜか悲しそうな顔をして戻って来た。


「私の力では無理でした」

「ここに戻ってこれない場合、どうなるの?」

「さあ、本人が希望して戻ってこないって場合もあるかもしれません」

神父さん、悲しそうな顔。あんな奴、地獄へ行って当たり前じゃないか。

「そう言うものじゃありません。人間らしい気持ちを持つことが出来なかった

可哀想な人ともいえます。なんとか、後悔させて悔い改めさせたかったのですが・・」


本当に可哀想なのは、殺された人のほうだけど 僕は口までその事が出かかったけど、

神父さんの意気消沈ぶりがひどいので、声をかけづらかったから。

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