第19話

 昼下がり、俺は身支度を終えてヤールの隣に立っていた。そのヤールはというと、また膨らんだ荷物袋を背負っている。どうやらあの後、売った金をそのまま使って色々なものを買い込んできたらしい。なんとなくいい匂いもするし、おそらく商品以外もあの袋には入っていそうだ。


 今、俺たちは村の門の前にいた。もう何度目か数えるのはやめたが、丸一日の間で何度もくぐった門だ。そこで二人何もせず突っ立っているのは、村を出ようとしたタイミングで昨日のオヤジに呼び止められたからだ。

「ねえクオン、何か心当たりあるかい?」

 いい加減ただ待つのに飽きてきたのか、ヤールが俺に聞いてくる。もちろん、俺にだって心当たりは……ないわけでもないか。

「そういえば、迷子になってたオヤジの子供を森から連れ戻してきたりはしたな。もしかするとそれのお礼っていう可能性はある」

「あー、それだね。じゃあ待つしかないかー」

 そう言ってヤールが背負った荷物を降ろそうとした時、いくつかある家の一つのドアが勢いよく開け放たれ、中からどやどやと人が湧き出てきた。その先頭にいるのは例のオヤジとその娘のナヤだった。


「いやぁ、お二人ともお待たせして申し訳ねえ! ちょいと仕上げに手間取っちまったみたいで」

「よけいなことはいわなくていいのっ!」

 弁解しようとするオヤジを、ナヤがぴしゃりと叱りつける。いつものことなのか、オヤジはははぁと言って黙り込んだ。

 ナヤは一歩前に出るなり、クオンの顔をまっすぐに見てにこりと笑った。見れば後ろ手に何か隠し持っている。

「あのね、その、おにいちゃんのふくボロボロになってたから、わたしとママでつくってあげたの!」

 そう言って差し出されたのは、浅葱色の服のようだった。広げてみると、それは見覚えのある形をしていた。

「あー、そのあれだ。化け物が出る前は東からの旅人も多くてな。似たような服が残ってたから、せっかくだからって母ちゃんが仕立て直してな」

「もう! わたしもてつだったんだからね!」

「あ、ああ、母ちゃんとナヤでだったな。その、受け取ってくんねえか?」

 オヤジの少し不安そうな目と、ナヤの輝くような目を順に見て、ついでに俺は隣のヤールを見た。ヤールはいつも通りの人の良さそうな顔で笑っている。

「村の人の好意を受け取るのも夜狩人の仕事だと、俺は思ってるよ」

 ならばと、俺は二人に向かって頷いた。

「ああ、ありがたく受け取らせてもらう」

 途端に二人の顔がぱっとほころぶ。

「やったー!」

「おう、よかったなナヤ!」

 二人の顔を眺めながら、俺はようやく一つの夜狩人の仕事が終わったのだなと感じた。


 

「いつまでもボロボロのふくきてちゃだめだからねー!」

 門をくぐった俺たちの背に、ナヤの元気な声が飛んでくる。俺はそれに応えて振り返り片手を挙げる。見れば、村中の人々が門まで詰めかけているようだった。そして少し視線を横に動かすと、周りの柵に取り付いて作業している何人かもこちらに手を振っていた。結局、今度の工事は外側へ向けて尖らせた杭を並べるというのに収まったらしい。


 ふと、戦っているのは俺たちだけじゃないんだなと、クオンは思った。

 村人たちは、これからも化け物に負けないような大きな柵を作っていくだろうし、その中に暮らす人達だって、この化け物だらけの世界に負けないように生きていくのだ。

 そして半歩先を歩くヤールを見る。化け物を倒しながら行商人をこなすヤールは、きっとそういった人達が日々を戦うために一人奮闘しているのだ。そんな素振りは欠片も見せないけれど。


 そうしてヤールを眺めていたクオンの鼻腔を、何やら食欲をそそる匂いがくすぐった。

「なあ、ヤール。その袋からなんか甘そうな匂いがするんだが……」

「ああ、ちゃんと二人分あるから安心しなよ。もう少し進んだら食べるかい?」

 そう言ってヤールは振り返り、笑みを浮かべる。

「そうさせてもらう。……よく考えたら今日はまだ何も食べてないしな」

 クオンもそう言って笑い返す。

「おや、そいつは大変だ。次におかみさんの手料理が食えるのは半年くらい先になるぜ?」

「そうか……まあ半年後の楽しみに取っておくさ」


 二人は和やかに話しながら森の中へと歩いて行き、やがて木立の中に消えた。後には獣道と、昼下がりの太陽、そして甘い残り香だけが漂っていた。

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化け物道中宵遊び 逃ゲ水 @nige-mizu

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