第7話

 自分の体が風を切る音の中に、ふと何か別の物が混じった……ような気がした。

 クオンはとりあえず足を止めて周囲に感覚を向ける。上がった息が少々邪魔だが、その音は少しずつ聞こえてきた。断続的に聞こえるそれは、泣き声?


 バサバサバサと周囲の鳥達が一斉に飛び立ち、いくつもの影が足元を、頭上を、通り越していく。

 もう日も傾いて夜になるのも後何分かといった状況だが、果たしてそんな時間に村の外に人がいるのか?クオンは自問するが、答えは分からない。とりあえず、この目で確認するしかない。音だけを頼りに、クオンは歩いてそこへ向かった。

「確か、ここら辺から聞こえたはずだが……あっ」

 小さく呟きながら歩いていたクオンの視線の先に、木の根元にうずくまる子供が見えた。同時に子供も顔を上げ、こちらを見上げてきた。まだ六歳くらいだろうか、涙でぐしゃぐしゃな顔をした幼い女の子だった。

「あ……」

 クオンの口から思わず声が漏れた。

 おかしな話だが、クオンは本当にそこに人がいるとは思っていなかった。勿論、人の泣き声らしき音を頼りに探し出したのだから人がいるのは当たり前なのだが、似たような音を立てる獣か鳥か、あるいは化け物でもいるのではないかと、直前までクオンは本気で思っていた。

「……?」

 急に固まるクオンを首を傾げながら見つめるのは動物でも化け物でもなく、人。それも小さな女の子。その落差がクオンを呆然とさせていた。

 とはいえ、いつまでも惚けている訳にはいかない。

「えっと……どうして泣いていたの、かな?」

 クオンは故郷の村にいた頃から、あまり年下の子供と接する機会が無く、話すのは大抵大人が相手だった。だから一人で大人に混じって旅をする分には苦労しなかったが、子供とうまく話す方法は全くと言っていいほど知らない。取り敢えず笑顔を作りながら語調を柔らかくして話しかけたが、これでいいのかどうかも怪しい。

 だが、クオンの配慮が功を奏したのか、女の子は怯える風もなく逆に訊いてきた。

「……おにぃちゃんだれ?」

 まあ当然といえば当然の疑問だ。だが、何と答えるべきか分からずクオンは瞬間口を噤んだ。

 夜狩人。そう言ってしまえば話は早いだろう。子供だって夜狩人の事は知っているはずだし、村を守る英雄である夜狩人にならこの子もためらいなく心を開いてくれるに違いない。だが、何故か今はそう名乗る事が出来なかった。

「俺は……旅人さ。名前はクオンっていうんだ」

 代わりに口から出たのは使い慣れた旅人という言葉。嘘偽りは無いが、それを名乗ってどうするのだという所は正直ある。

 だが幸運にもと言うべきか、少女はそんな細かい所まで意識が及ばなかったらしい。

「私はナヤ! よろしくね!」

 子供らしい快活な声で幼女——ナヤは名乗った。頬に涙の跡が付いているのが何かの間違いかのように明るい表情だった。

「よろしく、ナヤ。それで、君はなんで泣いていたの?」

 だが、クオンがもう一度そう聞くと、ナヤはハッと思い出した顔をしたかと思うと、可愛らしい顔をくしゃっと歪ませた。

「あ、あのね、羊が、子羊がぁ……いなくなっちゃったのぉ……」

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