第6話

 タッ、タッ、タッ、と一定のペースで地面を蹴りながら、クオンは軽やかに木立の隙間を駆け抜けていた。正面には立ち並ぶ木々が、走る足元には降り積もった落ち葉に切り株や倒木が不規則に現れるが、クオンは視野を広く保ったままそれらを捉えて避け、危なげなく、そして一定の速度で走り続けていく。

 時は夕方。クオンは体を慣らすついでに村周辺の地形を把握する為、近くの森を駆け回っていた。時折、遠くで獣のような気配は感じられるものの、わざわざ人間にちょっかいを掛けて来るものはいないようだった。一応、初めは襲ってくる獣がいた時のためにいつでも剣を抜けるよう身構えていたのだが、どうやら人を襲うほど飢えているということもないらしく、今は迂闊に近寄り過ぎないことだけを気を付けて走っている。


 クオンが今行っているのは、視野を広く保ち、判断を素早く下し、合わせて体を素早く動かし、それを連続して行う、というかつて教わった鍛錬の一つであった。養われるのはどれも戦いにおいて重要な要素であり、なおかつ一人でできて道具も不要という便利な鍛錬だ。

 この鍛錬を続ければ、いずれは森の中でも開けた平地と変わらない速度で走れるようになる、とクオンの師は言っていたが、十年近くこれを続けているクオンもまだまだその境地には達していない。それに、この後には化け物狩りという大きな仕事が待ち構えているので、今はギリギリまで自分を追い込んで怪我をするわけにもいかない。

「平常心、平常心」

 そうおまじないのように唱えながら尚も走り続けるクオンの頭を、躱しきれなかった枝がパシンと引っ叩いた。

「……平常心」

 それでもクオンは足を止めない。



 遡ること数時間、宿屋で豪華な昼食を摂り終えたクオンとヤールに村の大人達が話したのは、予想通り化け物についての話だった。

 この村では基本的な防御は柵に任せて、しつこく柵にまとわりつく化け物だけを松明や火矢で追い払ってきた。そして夜狩人には村を拡張する時や化け物の数が増え過ぎた時に働いてもらっていたのだという。

 ところが、つい最近現れた化け物はその生命線とも言える柵から頭一つ突き抜けた大きさだったという。その姿は目が四つで狼のような大きな口には牙がずらりと並び、六本の足からは木を軽くへし折る大きな爪がそれぞれ生えていて……と、まあ要するに化け物と呼ぶに値する格好なのだとか。しかもそれが柵を超えるほど大きいとなれば怯えても無理はない。だがこの村の男達は、勇敢にもその化け物を松明と火矢でここ数日間追い払い続けているという。とはいえ、もし天の気紛れで一日でも雨が降ろうものなら、あるいはその化け物がもう一体現れようものなら、そこで一巻の終わり。早く夜狩人に来てもらいたいと思っていた所に丁度やってきたのがヤールだったのだそうだ。

 当然、これからはどうにかしてーー尖らせた杭を並べるか、堀を作るか、あるいは柵を厚くするか、案は分かれているらしいがーー巨大な化け物にも対処できるようにするとのことだが、とりあえず今は夜狩人の手でその巨大な化け物を狩ってほしいという話だった。

 ちなみに、その巨大な化け物は平原側から来るとのことだったので、今のクオンの村周辺の地形を確認するという行動は一見無駄にも思える。だが、その化け物が今晩も変わらず平原側から来る保証はないし、化け物もその一体きりという訳でもないのだ。

 話を持ってきた村人も、無理のない範囲でいいがと前置きした上で、「狩れるだけ狩り尽くして欲しい」と言ってきた。となれば、村の全方位を確認しておいた方がいい。そう考えての行動だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る