第1話

「だから、おめえみてぇなガキの夜狩人なんざ聞いたことねえっつってんだろ! どっから来たか知らねえが、とっとと失せやがれ!」

 真っ赤な鼻のオヤジが唾を散らしながら怒鳴る。俺もいい加減イラついていて怒鳴り返す。

「俺だって昨日化け物殺して来たんだ! そうじゃなきゃ一人で来れるわけないだろ!」

 しかし、オヤジは耳を貸さない。もう俺を追い返す気のようだ。

「んなこたぁ知らねえよ! どうせ夜狩人さんに引っ付いて来たんだろ! いいから帰れ! この村にてめえの場所はねえ!」

 ひどい言い様だ。やはり俺をただのガキとしか見てないらしい。

 無理やりにでも納得させるしかない。そう考えて俺は右手を左の袖に突っ込みながら叫んだ。

「んじゃあ俺の力見せてや…」

「おーい、ヤールさんが来たぞー!」

 しかし、叫び終わる前に人垣の向こうから大声が聞こえた。その声を聞くや否や、周りの村人達が声のした方に向き直った。目の前のオヤジも俺なんか忘れたかのようにそちらへ顔を向ける。

 一体何事かとその視線を追うと、旅人のような格好の男が立っていた。まだ若い男だろう。これと言って見た目に特徴はない。

 何者なのか。それはすぐに分かった。

「ああ、ヤールさんありがとうございます! 実はこないだからまた新しいやつが……」

「お疲れじゃないですか? ちゃんと一番いいベッド空けてますよ……」

「前は本当にありがとうございました。おかげさまでうちの子供も元気で……」

 人々がわあっと取り巻き、口々にいろんなことを喋りつつ、人の塊が宿屋へとゆっくり移動していく。噂には聞いていたが、あれほどなのか……

「おい、本物の夜狩人のヤールさんが来たんだ。化け物殺しが本当でもおめえに仕事はねえぜ。諦めて金払いな」

 赤鼻のオヤジがぐいっと顔を近づけて囁いた。くさい。

 しかし、これは困ったことになった。このオヤジの言う通り、このままでは俺に仕事はない。いや、この夜狩人に恩を売ればまだ……

「おー、そうだ。そこの坊主はなんなんだー?」

 男にしては少し高い、そして人の良さそうな声が、人の壁を割って聞こえてきた。その言葉に、周りの村人達は急に静かになり、視線が赤鼻のオヤジに注がれた。オヤジはたまらず頭を掻きながら答える。

「あ、いえ、なんか夜狩人を……」

「おい、夜狩人! 俺に化け物退治を手伝わせてくれ!!」

 オヤジの声を掻き消すつもりで、俺は叫んだ。これが通れば当分は安泰だ。一か八か、俺はそのチャンスに賭けた。

 その夜狩人は、キョトンとした顔で俺を見つめていた。俺はその目を見つめ返す。頼む、せめて力を試すだけでも……。

「……うん、いいよー。付いておいで。あ、おかみさん料理二人分ね」

 そして俺の全力の願いは、あっさりと叶えられた。


 荷物袋をどさっと置き、壁のフックにマントを引っ掛け、夜狩人はベッドに飛び込んだ。マットレスがその体重をぼふんと受け止め、その上で夜狩人は大の字に伸びていた。

「あぁー、幸せー」

 ……うん、ものすごく幸せそうだ。俺の存在を忘れてそうなくらい幸せそうだ。

 俺は明らかに忘れられていると思い、軽く咳払いをした。すると、のそのそと体を起こし、照れ隠しの様に頭を掻きつつベッドに座り込んだ。

「あー…えっと、とりあえず座りなよ」

 そう言って、青年の夜狩人は壁際の椅子を指差した。俺は椅子の横に袋を置き、その上に被っていた帽子を乗せ、腰から外した剣を壁に立てかけ、そして椅子に座った。夜狩人もベッドの縁に座り、正面から俺を見据えた。

「俺はヤールって言うんだ。よろしく」

「クオン、だ。よろしく頼む」

 そう言うと、ヤールはクオンクオン……と何度か呟いた。

「じゃあ、クオン。君の力を教えて貰おうかな。っとその前に、化け物と戦ったことはあるかい?」

 そう言い、ヤールは茶色の瞳で俺の目を見つめた。宝石を思わせるような綺麗な瞳だ。

 そのまま数秒間見つめ合っていたことに気付いた後、俺は慌てて答えた。

「あ、ああ、昨日も一体殺したんだ。一人でやったんだぜ」

「そう、なら大丈夫だね。俺は弟子とかは取れないけど、協力者なら歓迎するよ」

 笑ってそう言うと、ヤールは右手を差し出してきた。少し考えてから、握手を求められているのが分かった。この握手というのは俺の故郷にはない風習で、まだなんとなく馴染めないのだ。

「これが俺の契約だ。握ってくれ」

 しかし、馴染めないだの何だの言っている場合ではない。これを握れば当分の生活は保証されたも同じ。四方に神経を張り巡らせたまま眠り、食べられそうなものを片っ端から拾う生活ともお別れなのだ。

 俺は意を決して手を伸ばし、ヤールの大きな手を恐る恐る握った。

 手のひらの皮の硬さとその内側の丈夫そうな筋骨の感触を感じていられたのは、ほんの一瞬だった。俺がヤールの手を握った直後、ヤールの長い五本の指はがっしりと俺の手を握り込み、ブンブンと上下に思い切り振った。

「ちょ、うわあぁ」

 情けない声を上げながら、俺は慌てて引っ張られるように立ち上がった。だが、ヤールはなおも腕を振った。その顔はひどく嬉しそうに笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る