3真城式訪問術その弌

誰も起きていない館の通路。

ジョンさんの扉のない部屋で思い返す。


 朝のことだ。憂鬱な朝にベッドから体を起こすとクマのぷーすけが冷えピタを貼っていた。

起き抜けで軽くメルヒェンだった私は、「お揃いだー。」なんて笑ってぷーすけをかかえてアンティークな化粧台の鏡に写りこんだ。

あれ?と、違和感に気付く 。冴えない頭が冴えていく。


 私のおでこに冷えピタがないのだ。

あれ?なんで?私のおでこにあるはずの冷えピタをぷーすけがしているの?

ぷーすけが独りでに動いた?あれかな、昔に流行った一人かくれんぼで動いたのかな。

でも、ぷーすけに包丁を突き刺した覚えはないし、いや、そうじゃなくて。

オカルトだ。カルトだ。カルト的人気を誇る映画「処刑人」だ。

頭のなかが混乱している。落ち着こう。


 とりあえず、ぷーすけから冷えピタを私のおでこに貼れば元通りだ。問題ない。

ぷーすけのおでこから冷えピタを剥がす。ぷーすけのもふもふな毛が付いているし固まっていてカピカピだ。


 やっぱり、ゴミ箱に冷えピタを捨てた。

もう一度寝よう。そして、起きてからもう一度考えよう。


 ベッドに潜る。しかし、2、30分経ってもモヤモヤが消えずに眠れない。

まさか、ぷーすけが動いて音もたてずに私から冷えピタを取り自分のおでこに貼るとは。


「あ!」

と、思わず声をあげてしまった。

そうだ、ジョンさんが忍び込んで来るんだった。でも、夜に起こされた覚えもないし何ともない。

・・・冷えピタ以外は。

ああジョンさんかー、と納得すると静かに眠りについた。


 そして、夜。つまり「なう。」

朝に軽くパニクらせてくれたお礼をしようとジョンさんの部屋にやって来た。

扉がないんだ。ジョンさんの近くに行ってナイフを当てるなんて朝飯前だ。


 足音を殺してジョンさんの部屋の中へ入っていく。

古びてはいるが定期的に手入れをしている館の床は音を鳴らさず、まさに無音の状態だ。


 遂にはジョンさんのベッド前までやってきた。

細くしていた息をも完全に殺してゆっくりと枕元へ行く。

ジョンさんの寝顔を見る。寝ている。そりゃ寝ているから寝顔だもんね。


 なんだ、思ったより簡単じゃないか。

ジョンさんが夜に私の部屋に入ってくるのも容易だったはずだ。

ナイフを寝ているジョンさんの首元に―――。


「はい、残念。」


 ビックリして飛び上がるところだった。殺していた息を通常通りに戻す。

見ればジョンさんは起きていて、布団から伸びているナイフを握った手がいつの間にか私の心臓に向けられていた。


「ジョンさん、ずっと起きているのはズルいですよー。」


 ジョンさんの部屋の中で悪態をついて床に座る。

ジョンさんはなにか言いたげな顔をして悩んで言葉を選ぶように、


「いや、寝ていたけど真城ちゃんに起こされたんだよ。」


「そんなわけないです。私はちゃんと足音も息も殺して、そりゃもう透明人間のように忍び込みましたよ?」


「確かにそうかもしれない。普通の人間なら気付かないレベルだったね。」


「じゃあ、ジョンさんはなんで起きたんですかー?」


うーん、とまた考え込むジョンさん。


「寝ている時と、起きている時と、違いはなんだと思う?」


「そりゃ、寝ている時は寝ているんですから。そりゃもうグッスリですよ。」


「でも、仮に寝ている真城ちゃんの横で俺が髭ダンスでも踊っていれば起きるだろ?」


「そりゃそうですよ。うるさいし。」


「うーん、もっと仮に俺が音をたてずに髭ダンスを踊っていたらどう?」


「うーん、起きるような、寝ているような。」


「断言するね。真城ちゃんなら起きるよ。」


「断言ですか・・・なんで、です?」


「違和感だよ。人は寝ていても違和感を感じる。」


 うーむ、ジョンさんが難しいことを言い始めたような気がする。


「違和感ですか。例えばなんですか?」


「まず、匂いかな。動けばそれだけ匂いを周りに撒き散らすからね。」


「ジョンさんの匂いは慣れてますからそれじゃあ起きないと思います。」


「慣れているって?」


 おっと、失言の予感だ。なんとか取り繕わねば。


「ジョンさんと一緒に仕事している事が多いのでジョンさんの匂いには慣れたんです。」


「うーむ、なるほど。でも、そんなに近寄ってもないのにそんなに臭うかな・・・」


ジョンさんがポロシャツの肩の方を匂う。


「そこはあまり匂いませんよ。」


「うん?そう、なら良いけど。」


 脱線した話を戻そうとするジョンさん。助かった。


「まぁ、俺の場合は真城ちゃんの匂いが微かにしたから目が覚めたんだよ。」


「むー。女の子に匂いの話をするのは無粋です。お風呂も毎日入れる訳じゃないですから。」


「違う違う。真城ちゃんの体臭とかじゃなくて香水の匂いだよ。」


 ああ、思い当たる節がある。

私の部屋を出る前にそういや、〇日間お風呂に入ってないし香水を付けていこうと振りかけたのだ。


「むー、やっぱり女の子に香水をするな、は無理な話です。」


「いつもするなとは言ってないさ。潜入するときはあまりにも目立ちすぎる。」


うん、確かに。と思う一方で

いや、それでも・・・と思う私である。


「それと最後に空間把握かな。」


「くうかんはあく?空間を把握するんですか。普通の人間にできるのですか?」


「できるし、真城ちゃんも本能的に使っているよ。ようは、後ろから目線を感じるのは、無意識に拾っている目に写る反射に後ろの人と目があっているとか、耳で聞こえる微かな反響音が変わる・・・肌を撫でる空気が変わる・・・気付くのは生き物としての本能だよ。」


「それにしても、ジョンさんは敏感すぎる気がします。ハードモードです。」


「まぁ、確かにそうかもしれない。でも、この空間把握にも限界はもちろんある。特に寝ていれば耳と鼻しか利かないし鈍感になる。」


「ようするに、どうすれば・・・?」


「まぁ、明日の夜が最終日だから答えを教えるけど、実践できるかは真城ちゃん次第だからね。」

「ようはさ、違和感を感じさせなければ良いんだよ。」


「でーすーかーらー、どうやるんですか化け物じみたジョンさんに気付かずに済むんですか?」


「もう、真城ちゃんが答えを出しているよ。」


ん?と首を傾げるが眠いこともあいまって思い出せない。


「はい、今夜はここまで。おやすみなさい。」


疑問を抱いたまま追い出される。答えは寝て起きれば出るかな・・・。

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